200話 エトワールの過去(3)
シシリアとの交際がはじまったエトワールであったが、二人の間で何かが劇的に変化するということはなかった。
基本的には友だちのように相変わらず仲の良い二人。
ただ、そこには確かに相手を思いやる愛しさは存在した。
そして、今日は念願の初デート。
休日で学校もないということで、エトワールたちは二人でカフェにやってきていた。
◇◇◇
気品の良い紅茶の香りが辺りを包む。
ここは城下町で一番おしゃれと言われているカフェ『マリエッタ』。
落ち着いた雰囲気で観葉植物に囲まれてながらコーヒーや紅茶を飲めるのが、このカフェの特徴である。
そんな大人たちに人気のデートスポットで二人は対面に座り、紅茶を飲みながら会話をしているのであった。
「そういえば、どうしてシシリアはうちの学校に通おうと思ったんだ?」
エトワールがシシリアに尋ねる。
今まで外部から入学していたシシリアの事情には踏み込まないようにしていたエトワールだったが、関係を深めたことで知っておこうと思ったのだ。
もしも、家庭の事情などでなにかあるのなら彼氏である自分にできることはないのかと。
すると、シシリアは少し悩んでから答えた。
「うーん。ひと言で説明するのは難しいな……。最初はお父さんとお母さんが学校の存在を教えてくれたんだよね。魔法の才能があれば入学できるって」
「それで自分を変えようと思ったんだ。もしも、わたしが魔導師にでもなれたら家族みんなの生活もガラッと変わるかも! って思ったんだよね」
シシリアは明るく自分の事を話す。
自分やクラスメイトたちと比べたら、シシリアは家庭の経済環境に恵まれてこなかった。
だが、それでもポジティブに明るく生きている。
それがエトワールにはとても輝いて見えているのかもしれない。
「そっか……。シシリアならきっと魔導師になれるよ。おれが保証する!」
エトワールはそんなシシリアを勇気付けるために応援する。
ただ、エトワールのこの言葉は義理やお世辞ではなく、本心からシシリアならその夢を叶えられると思っているからこそ出た言葉なのであった。
シシリアはAクラスに入学できるほど、魔法の才能に長けていた。
エトワールはそんな彼女を心から尊敬もしていたのだった。
「ふふっ、ありがとう」
シシリアの可愛らしい笑顔。
それが自分のためだけた向けられていると思うと、エトワールは心から溢れてくる喜びの感情を抑えきれないでいた。
そんなエトワールに今度はシシリアが尋ねる。
「そういうエトはどうして王国まで来たの? やっぱ、共和国より王国の方が魔術学校のレベルが高いからとか?」
首を傾げて質問するシシリア。
彼女からしたら、どうしてエトワールがカルア魔術学校に来てくれたのか知りたかったのかもしれない。
そして、エトワールは彼女に語り出す。
「おれは領主候補だったから小さい頃から様々な稽古を付けてもらってたんだ。そこで、王国出身の先生たちがみんな王国は良いところだっていうから留学してみた感じかな」
「まぁ、想像より周りのレベルも教師のレベルも低くて、最初はガッカリしちゃったんだけどね……。どうして、おれの先生たちはみんな王国を薦めてきたんだろうって……」
エトワールは素直な感情をシシリアに話す。
王国の人間であるシシリアの前ではあるが、エトワールは王国にガッカリとした事を告げたのであった。
それに対して、シシリアは特に何も言うことはなかった。
それはシシリア自身もカルア魔術学校が大陸随一の魔術学校とはいえ、エトワールの才能が収まりきるとは思っていなかったからだ。
しかし、エトワールのこの発言に口を挟む者がいた。
それはエトワールたちが座る席のすぐ後ろ。
一人で紅茶を嗜んでいる男からの言葉だった。
「ちょっと君、高等部一年のエトワールくんだよね?」
「はい……。でも、どうしておれの名前を?」
エトワールは突如真後ろから話しかけられて驚いてしまう。
しかも、知らない男からなのだからなおさらだ。
すると、男は話を続ける。
「まぁ、君は有名人だからね! 僕くらいになると、そのくらいの情報は知っていて当たり前なのさ」
キザな話し方でペラペラと話す青髪の男。
どうやら、制服を見る限り同じカルア魔術学校の高等部の生徒みたいだ。
だけど、こんなやつ一度も見たことがない。
エトワールは男を警戒しながら見つめていた。
すると、キザな男は頬を緩めてエトワールに話しかける。
「それより、君の先生たちはガッカリしているだろうね。せっかく王国にやってきたのに、全然その意図が伝わっていなかったみたいだ……」
まるでエトワールをバカにするかのような言い方。
男はエトワールを煽るようにそう語り出したのであった。
「はぁ……? それ、どういう意味ですか?」
先輩かもしれないので一応言葉には気をつけるエトワール。
しかし、彼は少しだけイラッとした。
魔法や武術だけでなく、あらゆる学問でもズバ抜けた成績を収めている天才の自分をバカにする発言。
エトワールは男に不快感を持つ。
すると、男はエトワールの瞳や表情に注目しながら話を進める。
「君は将来、領主となって領民たちを導くリーダーなるんだろ? だから、君の先生たちは王国の政治を見て来いって言いたかったんじゃないかな」
突然口を挟んできた知らない男からの言葉。
しかし、エトワールはどこか腑に落ちる部分があった。
確かに自分の先生たちは王国の素晴らしさを語ってくれた。
そして、王国に一度行ってみると良いと話していた。
だが、一度も王国にあるカルア魔術学校に通えなんて言われてこなかった。
それはきっと、先生たちもわかっていたからではないのだろうか。
おれが共和国の学校に通おうが、王国の学校に通おうが、どちらにしてもその教育に満足できないことを……。
だとしたら、この男の言う通り先生たちはおれに王国の政治を学んで欲しかったということなのだろうか……?
確かに、おれは将来上に立つ者なのだし理にはかなっているな……。
エトワールは男の言葉に妙に納得してしまう。
だが、それがなんとも悔しかった。
エトワールは幼少期から同年代の人間にあらゆることで負けたことがない。
それが今日初めて、こんな見ず知らずの男に自分の見えていなかったことをハッキリと突きつけられるなど、悔しくてたまらなかった。
そして、エトワールは無理やり男に反抗しようとする。
「でも、別にこの王国のリーダーである国王陛下なんて大したことないじゃないですか! 国王陛下は何か偉業を成し遂げたんですか?」
王国の城下町にあるカフェ。
国王のお膝元とも呼べるこんな場所で無礼な発言をしてしまうエトワール。
周りの者たちも一斉にエトワールを見つめる。
これには彼もやってしまったと後悔するのであった。
そして、そんなエトワールに男はニヤリと笑って話を続ける。
「そこにいる君の彼女、庶民出身の彼女のような人材でも魔術学校に入学できる仕組みを作ったのは誰だと思う?」
シシリアを指差して話す男。
どうやら、先ほどまでの二人の会話も聞かれていたわうだ。
「まぁ、そりゃ大臣でしょ。王国中の魔術学校の運営に関わる大臣様がやってくれたんだ。リーダーである国王陛下は関係ないですよ!」
そんな男に対し、エトワールは強気に発言する。
ここにいる周りの者たちは不快に思うかもしれないが、自分は何も間違ったことは言っていない。
エトワールはそう確信していた。
すると、この言葉に男は腹をかかえて笑ってしまうのだった。
「ハハハッ、その程度しか見えていないから君は今まで何も見えてこなかったんだろうね」
突然ゲラゲラと笑い出す目の前の男。
先輩なのかもしれないが、エトワールも段々と我慢ができなくなってくる。
すると、男は突然真剣な顔つきになって話出す。
「国王陛下が従えている大臣たちが仕事を完璧にこなす。これは十分国王陛下の偉業と言ってもいいんじゃないのかな?」
エトワールは何を言ってるのだと考える。
それは明らかに大臣の偉業だろうと。
その功績をどうして国王陛下が横取りしようとするのか、エトワールには理解できなかった。
ただ、その考えは男の続きの言葉で簡単に覆ることとなる。
「一つだけ教えてあげよう。国王陛下は現在、少しでも良い王国を作ろうと日々励んでいる。そのためならば、自分が英雄のようになれなくても良いとすら考えられている」
「彼はカルア魔術学校を首席で卒業するほど本当は優秀な人間なんだ。だけど、自分一人では理想の王国を作れないと知っているからこそ、仲間たちに協力してもらいながら試行錯誤している」
「君はそんな国王陛下を何もしていないとバカにできるほど何かを成し遂げられるのかい……?」
まるで現在の国王を間近で見てきたかのような言葉。
そんな彼の言葉にエトワールは吸い寄せられていく。
そして、男はエトワールの心に問いかける。
「君は将来、自分一人何でもできるリーダーになりたいかい? それとも——」
「ただ単に、君は周りからチヤホヤされたいから領主を目指しているのかい?」
この言葉に、エトワールは何か胸が苦しめられるような感覚に襲われる。
「まぁ、どちらにしても君が本当の意味で民たちのことを考えていない領主ということには変わらないんけどね〜」
エトワールは改めて考えさせられる。
自分は今まで間違っていたのではないかと。
根本的に考えが甘過ぎたのではないかと。
共和国にいた時から現在に至るまで、学べば学ぶほど彼の目の前には新たな壁が立ちはだかってきた。
終わりの見えない、ゴールの見えないその先に何があるのかもわからず、エトワールは学び続けてきた。
だけど、この男の話を聞いて一つだけわかったことがある。
それは、明らかに自分なんかより王国のリーダーである国王の方が優れているということだ。
自分一人の体では、どれだけ頑張ろうが共和国を導くリーダーにはなれないだろう。
一人でやれることには限界が存在する。
そんな中で、優秀な仲間たちがいる王国の国王陛下は結果として、自分よりも多くの民を救うことができるだろう。
もしかしたら、かつての先生たちはそれを知って欲しくて王国を薦めてくれたのかもしれない。
エトワールの中で、考え方が少しずつ変化しはじめてきた。
そして男に対する敵対心は薄れ、尊敬の念さえ生まれはじめる。
「あの! 名前を教えてくれませんか!? 貴方の名前を!!」
エトワールは目の前にいる男に名前を尋ねる。
自分では気付けなかった視点を見つけてくれた男の名を、彼は知りたかったのだ。
すると、男はニッコリと笑って席を立ちカフェから出て行こうとする。
「僕なんて、名乗るほどの者じゃないよ。ただ、いつか僕も大臣まで登り詰めるつもりさ。その時に、共和国の領主と王国の大臣という形でまた会おう」
男はキザなセリフを残して、エトワールのもとから離れていった。
かっこいいな……。
エトワールは密かにそう思う。
すると、男がカフェから出ていこうとしたタイミングで一人の女性が入店してくる。
彼女は大人びた雰囲気を醸し出す、色気のある女性だった。
すると、突然キザな男は女性に話しかけるのであった。
「おや、ハリウェル家の御令嬢様ではないですか! こんな所で奇遇ですね。社交界で会ったとき以来でしょうか? よかったら、僕と一緒にコーヒーでも一杯どうでしょう!」
なんと、男は入店してきたばかりと女性をナンパしはじめたのだった。
これにはエトワールも側から見ていて困惑する。
「あら、アスラくんじゃない。もしかして、また私がここに来るのを待っていたの?」
「まさかまさか、偶然ですよ、偶然! いや、もしかしたら運命が僕たちを引き合わせてくれたのかもしれませんね!」
どうやら、あのキザな男はアスラという名の王国貴族のようだ。
ただ、二人の会話的にアスラという男は色々と問題がありそうだな……。
「やはり僕たちは運命に導かれているんです! どうでしょう、交際を前提に一杯紅茶でもどうですか?」
アスラはペラペラとひたすら一方的に女性に語りかけている。
「僕には二人の未来が見えています。幸せに暮らす僕たちの間には女の子が一人いるんです。そして、三人で手を繋いで夕日をバックに歩くんです。女の子の名前はアルマっていってね……」
エトワールはこれ以上見ていられなくなって目を背ける。
エトワールの前に現れたアスラという男。
彼は変わり者ではあるが、それでもエトワールは一応尊敬しておこうと決めるのだった。
いつか自分が領主となった時、大臣となった彼とより良い王国と共和国を築こうと心に誓って……。
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