198話 エトワールの過去(1)

  エウレス共和国の南部に位置するベルデン領。

  そこはテスラ領と並び、南部における二大領地の一つとして栄え発展してきた。


  特に、ベルデン領とテスラ領の領主たちは近い血筋であることもあり派閥を組んでいた。

  それにより資源や技術、人材の行き来が盛んであったということも二つの領地が発展してきた大きな要因であろう。


  そんな共和国の中でも広大であり、栄えているベルデンには一人の優秀な時期領主候補がいた。


  彼の名はエトワール=ベルデン——。


  後にその名を共和国中に知らしめるほどの天才少年であった。

  そんな天才少年エトワールは剣術の稽古中、とある疑問を持った。


  「じぃ、剣術なんて何の役に立つんだ? おれは魔法が使えるんだし、こんな事を学ぶ必要あるのか?」


  まだ幼きエトワールの剣の指南役である老人に問いかける。


  彼は別に剣術が嫌いなわけでも苦手なわけでもない。

  ただ、純粋に自分のやっていることが無意味に感じたのだ。


  彼の剣術を指導するのはカルア王国の元近衛騎士団長。

  エトワールの才能に早くから気づいていた現領主である彼の父親は、持てるだけの人脈と金を費やして息子に教育を施していたのだった。


  そして、元近衛騎士団長はエトワールの質問に答える。


  「一つは敵を知ると言うことです。敵の使う戦術を自身もわかっていれば戦いを有利に進めることができます」


  彼の師は静かに答える。

  だが、その答えではエトワールは満足できなかった。


  「でもさ、おれは魔法だってすごいんだぜ? 剣しか使えない敵なんて遠くからドーンっと一発喰らわせれば余裕だよ?」


  エトワールは剣を持たぬ方の手で水のボールを作り出し、指南役に見せつけて答える。


  すると、彼は続けてこう答えた。


  「では、エトワール坊ちゃんは魔力が切れたらどうやって戦うおつもりなのですか? それに、派手に魔法が使えない狭い場所などで戦うことになった時はどうされるのです?」


  冷静沈着に答える指南役の老人にエトワールはたじろいてしまう。


  「えっ……? そっ、それは……」


  エトワールは上手く答えることができない。


  もしも、そんな場面に出くわしたら逃げるしかない。

  だが、そんな簡単に逃げ出すなんて自分のプライドが許さない。


  自分は七英雄であられる御二人の血を引く者。

  そんな簡単に目の前の敵から逃げるなんて末代まで残る恥である。


  そんな風にして、何も答えない彼に老人は言葉をかける。


  「確かに、坊ちゃんの魔法の才能は重々承知しております。しかし、貴方様はベルデン領だけでなく共和国全体を背負ってゆかれる存在なのです」


  そうだ。

  エトワールはまだ10歳になったばかりなのに早くから周囲に期待されている。


  ベルデン領はもちろん、ゆくゆくや共和国を引っ張っていくリーダーになる存在であるのだと。


  「英雄騎士ライアン様と賢者フレイミー様の血を引く坊ちゃんは、賢者と呼ばれるほどの魔法が使える魔法剣士になった方が国民たちも喜ばれるのではないですか?」


  将来、自分は共和国の象徴的な存在となる。


  英雄騎士と賢者の血を引く英雄の末裔として、剣も扱えるということは国民たちへの大きなアピールになるのではないのだろうか。

  エトワールはそう考えた。


  「そうだな、じぃの言う通りだぜ! おれは領民はもちろん、国民たちを救える人になりたいんだ。剣術だってやってやるよ!」


  こうして、エトワールは父親を含めた一族の期待通りの少年へと成長してゆく。


  立派な領主になるために、頼れるリーダーになるためにエトワールは様々な事を学び、成長していった。



  そんなエトワールに学問や政治、武術を教える者たちの中には王国出身の者たちも多くいた。

  彼らは決まってエトワールに王国の魅力を語ってくれたのだった。


  「王国は素晴らしいところですよ。是非、領主になられる前に一度出向いてみてはいかがですか?」


  それは一人や二人ではなく、会う指導者全員が話していたこと。


  王国は暮らしやすい。

  王国は素晴らしい。

  王国は魅力的なところだ。


  まるで、こいつら全員洗脳されているんじゃないかと疑うほど、彼らは王国について語ってくれた。



  それほど王国について興味のなかったエトワールではあったが、自分の尊敬する指導者たちの言葉と伝説の精霊ハリスの存在から少しずつ興味を持つようになる。


  いずれ自分は共和国の代表として王国と良好な関係を築いていかなければならないのだ。


  将来ベルデン領の領主になれば必然的にカルア王国の国王のもとへ挨拶しに行くことにはなる。

  その時に自分の目で王国を見る機会というのはあるだろう。


  だが、指導者である彼らが話す『一度、王国に行ってみると良い』というのは領主として出向くということではない。


  一人の人間として王国を旅して、その生活や文化に触れて欲しいというものだろう。


  そして、そこから次期領主となる自分に何かを学んで欲しいということのはずだ。



  彼らのおかげで新たな考えも生まれたことにより、エトワールは12歳を迎えるタイミングで王国へ留学することを決める。

 

  そして、エトワールは無事に入学試験をパスしてフォルステリア大陸最高峰といわれるカルア中等魔術学校への入学を果たしたのであった。




  ◇◇◇




  カルア中等魔術学校に入学したエトワールではあったが、彼はその現状にガッカリとする。

  エトワールにとって、カルア魔術学校はあまりにもレベルが低すぎたのであった。


  エトワールは同年代の子どもたちがどれほど賢く、どれほど魔法が使えるということをあまり知らなかった。


  だが、フォルステリア大陸最高峰と謳われるくらいなのだから、さぞかし自分より優れた人間たちで溢れていると思っていたのだ。


  それなのに入学してみたらいきなりエトワールは主席確実と言われるほど、周りとの実力に開きがあったのだ。


  これにはエトワールも驚きを隠せない。



  屋敷で自分を指導してくれた恩人たちは王国はすごいところだと話していた。

  それなのに、これは何の冗談なんだ……?


  周りの生徒たちの実力はもちろん、魔術学校の教師たちに関しても屋敷で指導してくれていた者たちの方がレベルが高い。


  どうして、自分はこんな低レベルな場所に身を置かなければならないんだ……。


  こうして、エトワールは入学時から他とは隔絶した才能により、飛び級をして上級生と授業を受けることになる。

  そして、卒業に三年かかる中等部を二年で卒業したのであった。


  もちろん、上級生たちに混じってもエトワールの実力というものは霞まなかった。

  堂々の主席で卒業をし、彼は高等部への早期入学を果たす。



  そして、彼は運命の人に出会うことになる——。



  それは高等部の入学式当日。

  当たり前のようにAクラスの教室に入り、一人席につくエトワール。


  退屈な学校行事に飽き飽きとし、早く授業をやって欲しいと思いながら席で先生が来るのを待つ。


  すると、彼の隣に見たことのない美少女がやってきたのであった。



  「はじめまして、わたしはシシリア。よかったら隣に座ってもいい……?」



  綺麗な白い髪に色白の肌。

  まるで妖精であるかのような美少女がエトワールに声をかけてきたのであった。

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