190話 隠された罠

  向かい合う二人の悪魔。


  薄暗く、じめじめとした地下空間。

  松明たいまつの淡いともしびだけが漆黒の悪魔と赤髪の悪魔を照らしている。


  彼らは互いに魔剣を手に持ち、いつでも攻撃できる態勢を整えて会話をしていた。


  「やはり、わざとだったのですね。貴女ほどの悪魔がそう易々やすやすと見逃してくれるはずがありませんからね」


  カシアスは赤髪の女悪魔に向けてそう語る。


  彼は先ほどから色々と疑問に思うことが続いていた。

  ここまでに至る様々な出来事。

  怪しいと思うことが何度も連続していた。


  「あら、それは褒めてくれてるのかしら? 私としては力で無理やり解決しようとする脳筋タイプのカシアス様は一生気づかないと思っていたんだけどね〜。いったい、どこで気づいたの?」


  赤髪の悪魔はカシアスをおちょくるように煽る。


  だが、カシアスは特に怒ったような感情はあらわにせず、冷静に答えた。


  「まず、先ほど私たちの前に現れたヨハンという男。彼の行動に疑問を持ったのです」


  悪魔に思考支配を受け、操り人形のようにされていたヨハン。

  カシアスはあの時のヨハンに思うことがあったと話す。


  「彼は転移魔法で逃げられたくないから三人の人質を取ったと話していましたがあれは嘘ですよね」


  はっきりと赤髪の悪魔に向けて発言するカシアス。

  彼女はそれを微笑みながら聞いていた。


  「私の実力を知る貴女たちなら、私が五人以上まとめて転移させられることくらいわかっているはずです」


  「そもそも、どうして人間を使ってまであんな無意味なことをやったのでしょうか? 人質を使って交渉したいのなら、最初から貴女が人質を連れてあの場にやってくればいいだけでの話です。そうすれば、人質を簡単に奪われることもありませんからね」


  「そこで私は考えました。人質を多めに取っということは、重要なのは人数ではなく人質たちを分散させることであったのだと」


  カシアスは戦力を持たないヨハンが人質を連れて交渉するということに疑問を持っていた。

  普通の人間相手ならともかく、転移魔法さえも使えるカシアスを前にすれば簡単に人質を取られてしまうはわかりきっていること。

  実際に、カシアスは容易に人質となっていたサラの祖父母を助け出せた。


  だからこそ、逆にカシアスは怪しんだ。

  どうして自分のことをよく知っているはずのユリウス勢力がこんな無意味なことをしてきたのかと。


  そして、彼は人質は分散させることに意味があったのだと気づく。


  「ヨハンを利用したのには二つの可能性がある考えました。一つは、あの場所で激しい戦闘が勃発して死なれては困る者がいたということ」


  「しかし、これは最初からその人物を遠ざけておけば済む話です。この屋敷は貴女たちの支配下にあるのですし、ヨハンを利用するなり、思考誘導するなりすれば簡単に解決することですので可能性としては低いでしょう」


  ユリウス勢力はアベルやカシアスの命を狙ってきていると考えられる。

  それならば上位悪魔を直接ぶつけてきてもいいはずだ。


  しかし、それをしなかったということはあの場に死なれてはいけない人物がいたということ。

  それはヴァレンシアかもしれないし、騎士や魔導師かもしれない。


  だが、それならば最初からカシアスたちが屋敷に到着した時点や応接間に案内している過程で襲撃してくればいい。

  わざわざ無駄に終わるとわかりきったヨハンの人質交渉の意味を考えると……。


  「つまり、もう一つの可能性。貴女たちは私とアベル様を無理やりにでも引き離したかった。そういうことですよね?」


  カシアスのこの言葉に赤髪の悪魔がニヤリと笑う。


  「こうすればヨハンの行動にも納得できます。そして、老夫婦である人質を傷つけてたこと、ヨハンが気絶してあの場から不安要素を取り払ったところをみると……」


  自身の考えを語るカシアス。

  そんな彼に向けて、拍手が送られる。



  パンッ! パンッ! パンッ!



  「いや〜、驚いたわ。まさか、そこまでバレていたなんてね……」


  赤髪の悪魔がカシアスに向けて拍手を送っていたのだ。

  彼女は不敵に笑い、彼の英知を讃える。


  「貴方、本当に、気に入らない存在を力でねじ伏せてきた《銀氷の死神》と同一人物なのかしら? 私には別人としか思えないんだけど」


  赤髪の悪魔はカシアスをじっくりと眺めてそう語る。


  「思慮深く物事を考えて知ろうする。それをヴェルデバラン様から学んだだけのことです。私の本質は変わっていませんよ」


  カシアスの瞳が赤髪の悪魔を捉え、ギロリとにらみつける。


  それに対し、思わず彼女は一瞬だけ震えてしまった。


  「あ〜、こわいこわい」


  赤髪の悪魔の口から思わず言葉が漏れる。

  だが、それによって彼女の戦意が消えているようではなかった。


  カシアスは考える。

  今、アベルが置かれているであろう状況を……。


  カシアスの考えは間違っていなかった。

  赤髪の悪魔もそれを認めた。


  セアラたちが待つあの応接間。

  ヨハンも気を失ったということであの場は安全地帯になったように思えた。

  抵抗する騎士たちはアベルとカシアスで制圧したからだ。


  だが、おそらくこれが罠なのであろう。


  傷つけられたセアラの祖父。

  ケガをした老人を連れてその場を離れようとは思わないはずだ。

  しかも、その場が敵のいない安全地帯ならなおさらだ。


  これがあの祖父母が人質として利用された理由。

  セアラをあの場に固定させ、アベルやカシアスから引き離すということ。


  おそらく、アベルがメルを連れて帰った先には黒幕が待っているはずだ。

  この状況を作りあげた本当の敵であるあの者が……。



  カシアスもいち早くアベルたちの所へと向かいたいがそれは不可能であろう。


  目の前の彼女がそうはさせてくれない。

  無理やりにも転移してアベルの所へと向かえば、彼女も付いてきて壮絶な戦場となりうるだろう。


  アベルやセアラはともかく、周りの者たち全員をかばいながら戦うというのは賢くない。


  ここは目の前の悪魔との一対一の勝負をすぐに終わらせ、アベルたちの救援に向かう方が良い。

  カシアスはそう考えた。


  そんな彼に赤髪の悪魔が問いかける。


  「それにしてもあんたのその話し方は何? 気持ち悪いわよ。体の色も黒く染めちゃって……。昔みたいに素で話しなさいよ」


  どうやら、昔のカシアスを知っているだけに今の彼を受け入れられない赤髪の悪魔。

  カシアスの話し方を気持ち悪いと表現する。


  それに対し、カシアスは苦笑いする。


  「気持ち悪いですか……。しかし、ディアラ。親しい間柄ならいざ知らず、あいにく私は貴女と素で話そうとは思いませんので変えるつもりはありませんよ」


  カシアスは敵である彼女、ディアラにそう告げた。


  すると、ディアラもどこか納得したような表情を見せる。


  「それもそうね……。私たちは敵同士なんだから、それでも構わないわね!!」



  こうして、再び悪魔たちの戦闘が繰り広げられることになった。

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