189話 本当の人質

  「こうなることなんて想定済みだよ。本当の人質をわざわざここに連れてくるわけがないじゃないか……」



  ヨハンさんが一つのかんざしを取り出す。

  そして、その簪をおれに向けて放り投げた。


  放物線を描いて宙を舞う金色のそれを、おれは片手でキャッチする。

  改めて見ると、花形の装飾が付けられている綺麗な簪だ。


  簪を見たサラの表情がくもる。

  まるで、信じたくない事実を知ってしまったかのように……。


  そして、サラの口から彼女が考えている最悪の事態が語られる。


  「ねぇ……。それって、メルがティアさんからもらったやつに似てない……?」


  サラの言葉でおれはハッとする。


  確か、ティアさんが旅立つときにメルは簪をもらっていた。

  詳しい特徴を覚えているわけではないが、言われてみればこれはメルが手に持っていた簪と類似しているようにも思える。



  まさか、人質って……。



  おれもサラと同様に最悪の事態を考えてしまう。


  そして、そんなおれらの疑問に対し、十傑の悪魔に操られているヨハンさんが答える。


  「そうだよ、メルという少女を人質として捕らえている。場所は地下の武具収納室。そこに君らを待つ悪魔がいるんだ」


  メルを人質に捕らえているというヨハンさん。

  さらにそこには悪魔が待ち構えていると言う。


  だが、地下にあるというその部屋の場所がわからない。

  早くメルを助けないといけないのに……。


  「転移魔法で逃げるとして、一般的に連れていけるのは四人まで。つまり、そこの悪魔がアベルとセアラを連れて逃げられないようにするには最低でも人質が三人は必要だってことだ。こちらはそこまで対策してるんだよ、クックックッ……」


  どうやら、カシアスが悪魔であるということはバレている。


  まぁ、十傑に操られているんだ。

  それは仕方ないだろう。


  だが、こいつらにバレていないことが一つだけある……。



  それは、おれも転移魔法が使えるということだ!!



  人質であるらサラのおじいちゃん、おばあちゃん、そしてメル。

  この三人とサラはカシアスに任せて逃げてもらおう。


  転移魔法がまだ未熟なおれは一人で逃げるのだ。


  ヨハンさんは先ほどおれが転移魔法を使うのを見ていないし、バレなかったのだろう。


  ここに十傑がいるというのなら、交戦は絶対に避けなければならない。

  ダリオスと絡んでいたユリアンの時のように場所が大森林とかならいざ知らず、こんな所で十傑とやり合ったら被害がデカすぎる。


  まずは人質を解放して逃す。

  それから、人気ひとけのない場所に十傑を誘き出して戦う。

 

  これがこの場で取るべき策だ。


  「それでは、私の役目はおわったようだ……」


  ヨハンさんは突然、糸が切れたように体の軸が不安定となり、その場に崩れ落ちた。

  そして、まるで電池がなくなった機械人形のように動かなくなる。


  「気を失ったみたいですね。命はあるようなので安心していいでしょう」


  カシアスが倒れたヨハンさんを見てつぶやく。


  よかった……。

  とりあえず、ヨハンさんは無事のようだ。


  ならば、一刻も早くメルを助けに行かないと!!


  「カシアス! メルの場所はわかるか!?」


  昔、冒険者ギルドでカレンさんが捕らえられていたとき、アイシスが彼女の微量の魔力を感じ取って場所を突き止めてくれた。


  メルが体内に持つ魔力なんて大したことないかもしれないが、それでもカシアスなら見つけ出してくれるかもしれない。


  おれは僅かな希望を持ってカシアスに問いかけた。



  しかし……。



  「あの少女が持つ魔力を見つけるのは私には不可能ですね……」


  カシアスの口からはそれが不可能だという事が告げられる。


  クソッ……。

  わかってはいたが、だったらおれたちはどうしたらいいんだ。


  そんな風に悩み、考えるおれ。

  だが、カシアスの言葉には続きがあった。


  「しかし、彼女の一緒にいるという悪魔の魔力なら先ほどから感じ取っています。アベル様も感じ取れると思いますよ」


  冷静に淡々と語るカシアス。


  そうか!

  メルの魔力がわからないなら、側にいる悪魔がいる所へ向かっていけばいいのか!


  けど、おれはさっきからそんな魔力なんてまったく感じていな……。



  ぶるりっ



  カシアスに答えようとしたとき、おれの体が突然震えた。

  鳥肌がたち、死の恐怖すら感じる。


  突然、強大な魔力が出現しておれの体にそれが流れ込んできたのだ。


  これはおれの経験上、魔王クラスのヤバいやつらが発する魔力だ。


  これは危険過ぎる……。


  「彼女がどのような形で捕らえられているかわかりませんし、罠である可能性も高いでしょう……」


  カシアスがこれは罠である可能性も示唆する。


  そうだよ。

  本当にメルが捕らえられているとは限らない。


  簪だってメルのモノじゃないかもしれないし、本物だとしてもメル本人がそこにいるとは限らない。


  強大な魔力の出現によって、メルの持つ魔力を捉えることはできなくなっている。

  メルがそこにいるという確証はない。


  これはおれたちを誘い出す罠である可能性も高いのだ。


  しかし……。


  「お手隙ですが、アベル様には御同行をお願いしたいです。私が時間を作って悪魔から御守りするので、その間に人質を連れて転移で逃げて欲しいのです。お願いできますか?」


  罠である可能性が高いにも関わらず、カシアスはメルの事も案じて救出に向かってくれるようだ。


  カシアスからしたらメルの生死なんてどっちでもいいはずだ。

  しかし、おれのために向かってくれるのだろう。


  本当に、感謝してもしきれないな。


  「もちろんだ! 助かるぜ、カシアス!!」


  おれはカシアスのお願いに答える。


  カシアスといえど、十傑クラスの悪魔相手に人間の子どもをかばいながら戦うのは不可能なのだろう。


  悪魔から攻撃を受けたとしたらカシアスがその場で戦い、おれはメルを連れて逃げる。

  これはおれも協力しなくてはいけない事だ!


  「ここは私に任せて! メルのこと、頼んだわよ」


  サラがおれの背中を押す。

  彼女はここに残り、祖父母の治療と保護に専念するようだ。


  本当は一刻も早くこの場から逃げ出して欲しいが、年老いた二人を連れて遠くに逃げるのは不可能だろう。


  サラの顔にも不安の色がうかがえる。

  おそらく、彼女もまた同様に強大な魔力の出現を感じたのだろう。


  何とかして、みんなでここを脱出しないとな。


  よし、まずはメルだ!


  「それでは、向かいましょうか」


  カシアスがおれに触れて転移魔法を発動する。

  今回は別々ではなく、一緒に転移するようだ。

 

  転移した先に何が待ち受けているのかわからないが、それでもやるしかない。



  待っててくれよ、メル!



  こうして、おれとカシアスは強大な魔力を放っている悪魔のもとへと向かうのであった。




  ◇◇◇




  転移したのは薄暗く湿った部屋。

  そこにおれとカシアスは立ち尽くしていた。



  壁には、ローレン家に仕えている騎士たちが使うであろう武具や防具がかけられて保管されている。


  先ほど襲ってきた十人ちょい騎士たちで全てというわけではないのだろう。

  壁一面にそれらが立てかけられていたり、飾られていた。


  そして、照明はなく10メートルくらいの間隔に置かれている松明たいまつ


  その僅かな明かりだけが室内を照らしていた。


  その明かりに照らされ、転移したおれたちの目の前に立ち塞がるのは一人の女性。

  いや、悪魔だった……!



  「ようこそ、待っていたわよ二人とも。仲良く登場ってところかしらね〜」



  おれたちを迎え入れてくれるのはカールのかかった赤髪ロングヘアーにスタイルの良い女性の悪魔。


  先ほどのような膨大な魔力を解き放っているわけではなく、彼女は静かにおれたちを迎え入れる。

  今から戦いなんて絶対に起こらないような雰囲気で……。


  おれたちは悪魔と向かい合っている。


  すると、カシアスから念話が届く。


  『アベル様……聞こえますか?』


  『あぁ、聞こえているぞ。どうした?』


  おれはすかさず返答する。


  この状況はよくわからないが、色々と疑問はある。

  とにかく、まずはメルを見つけ出さないといけない。


  この悪魔を刺激しないようにどうにかしてメルを探し出さないと……。


  すると、カシアスからまさかの情報が入る。


  『落ち着いて聞いてください。メルは私たちの背後にいます』


  おれの中で喜びの感情が広がっていく。


  ナイスだ、カシアス!


  これで、後はメルを回収するだけ。


  だが、一応落ち着いて聞かないとだな。

  カシアスの話は最後までしっかりと聞いておこう。


  『彼女は壁にもたれかかっており、眠っているようです。死んではいないので安心してください』


  どうやら、メルはおれたちの後ろの壁にもたれかかっているようだ。


  ふっ、ラッキーだせ。

  あの悪魔の背後とかにいたら、救出するのは大変そうだったからな。


  そして、さらにカシアスからの念話は続く。


  『この場に敵は一人だけです。目の前の彼女しかいません。ですので、アベル様は転移魔法を二度使って少女と一緒にお逃げください。その間、あの悪魔の攻撃は私がなんとかします』


  なるほどな。

  どうやら、敵はあの悪魔一人だけのようだ。


  まず、一回目の転移でメルを回収する。

  そして、二回目の転移でサラたちの場所まで戻ればいいんだな!


  この間、カシアスがおれの事を守ってくれるらしい。


  よし、完璧な作戦だ!!


  「あら、どうしちゃった? 二人とも黙っちゃって……。もしかして、二人だけで会話してるのかな〜?」


  女の悪魔はおれたちを怪しみ、一歩踏み出した。


  ヤバい!!

  こっちに向かって歩いてきた!?


  それを見たカシアスから念話でメッセージが届く。



  『さぁ! 今です!!』



  カシアスも女の悪魔を見て不安になったのか、強めの口調で声をかける。


  おれはその瞬間に転移魔法を発動して背後にいるメルのもとへと転移した。


  すやすやと息を立てて気持ちよさそうに眠る彼女。

  この場の危機なんてまるでわからず、メルは壁に寄りかかって寝ていた。


  その瞬間、高い金属音のようなモノが鳴り響く。



  ギィィィィーーーーン!!



  とっさに音の出た方を振り向いてしまったおれ。

  そこには魔剣をぶつけ合うカシアスと女の悪魔がいた。


  「あら、逃がさないわよ……?」


  おれは女の悪魔と目があってしまう。


  それは獲物を狩る肉食獣なワイルドな眼光。

  おれは思わずびびってしまう。


  「アベル様! はやく!!」


  まだ逃げ出していないおれを見て思わず叫ぶカシアス。


  そこでおれは自分の置かれている状況を思い出して、メルを抱えて転移魔法を発動する。



  おれとメルが光に包まれる。



  カシアス……お前も早く来いよな。

  まずはみんなで逃げないとなんだ。



  そして、おれはサラたちのいる部屋へと転移したのであったのだ。




  ◇◇◇




  「あらら〜、逃げられちゃったわね」


  アベルが人質を連れて逃げ出した。

  これを見ていた女の悪魔はそうつぶやく。


  そんな彼女の言葉に、カシアスは疑問を覚えた。


  「本気でそう思っているのですか? 私には、ここまで貴女たちの作戦の思うままに動かされているように感じているのですが……」


  そんな事をつぶやくカシアスに、彼女はニヤリと笑ってこう答えた。


  「あら……やっぱ貴方って賢いのね」


  「そうよ。逃げられたんじゃなくて、逃したのよ……」




 ◇◇◇




  サラたちが待つ応接間にメルを連れて帰ってきたおれ。


  そんなおれは思わず言葉を漏らしてしまう。



  「どうして……」



  想定外の人物がそこにいたことに驚きを隠せない。


  この人がここにいるなんて説明がつかないじゃないか。


  そして、おれはその人物に向けて声をかけた。



  「どうして……。どうして、エトワールさんがここにいるんですか」



  そこにはサラと向かい合って対立しているエトワールさんの姿があった。

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