181話 ティアとの別れ

  今夜はティアの送別会。

  10年以上、エトワール・ハウスで過ごした彼女の門出を多くの人で祝っていた。


  そんな送別会にアベルやサラも参加していたが、彼らのお供である二人の悪魔の姿は見当たらなかった。



  そして、ティアの送別会が順調に進行している頃、誰もいないハウスの裏庭に二人の男女が現れる。


  暗くなったこの時間、灯りのないこの場に来るものなど普段なら誰一人いない。

  送別会の参加者だって、表門から入って窓から明かりが漏れる会場へ向かうだろう。


  ここにやってきたのはアベルたちの護衛をしているはずの二人の悪魔だったのである。


  「どうでしたか、アレの方は……?」


  カシアスは魔力感知でアイシスがやってきた事を確かめると声をかける。


  いくら悪魔といえ、この暗闇の中では目の前にやって来たのが誰なのかはわからない。

  魔力感知に優れているカシアスにだからこそできたことだった。


  もちろん、周囲には他に誰もいない事も魔力感知でわかっている。


  すると、カシアスのもとへやってきたアイシスが質問に答える。


  「はい……。カシアス様のおっしゃる通り、あそこの地下室には特殊な結界が張られていました。あれは普通の者には入れない結界でしょう……」


  カシアスの言葉を聞いて答えるアイシス。


  彼女もまた、魔力感知で自身の主がいることを確かめて答える。


  「でも、貴女なら無事に侵入できたのでしょう……? それもやつらに気づかれることもなく」


  カシアスが確認の意味を込めて尋ねる。

  この時、カシアスが笑っていることに気づく者はいなかった。


  「はい……。おそらく、やつらに気づかれるようなことはなかったと思います」


  彼女の答えに満足するカシアス。


  「それで、あそこには何があったのですか……?」


  地下室に無事に侵入したと語るアイシスに彼は尋ねる。

  常人では入れぬ結界を作ってまで、やつはそこに何を置いていたのかと。


  「あの地下室にあったものは——」


  アイシスは地下室で見てきたモノを話す。

  そして、そこで感じ取ったことも全てカシアスに伝えた。


  それを聞いたカシアスは考える。


  「なるほど……。それは興味深いですね」


  深く考えるカシアス。


  カシアスたちは既にローレン領にも十傑の手が伸びている事を知ったのだ。

  そして十傑の狙いを早急に見極め、事の次第では交戦することも視野に入れていた。


  「明日、やつらの尻尾が掴めるかもしれませんね……」


  カシアスたちの考えが間違えでなければ、明日に敵勢力は動きを見せるはずだ。

  十傑を捕まえるとしたら、そこが一番のチャンスだ。


  「貴女は『あの少女』の監視をお願いします。私はアベル様とセアラ様の保護を優先します」


  アイシスに命令を下すカシアス。


  「はい! かしこまりました」


  アイシスはそんなカシアスの指示に従う。



  そして、ここでアイシスが何かに気づく。


  「セアラ様が動きましたね。どうやら、外へ出るようです」


  ここから送別会の会場にまで、アイシスの魔力感知の範囲は及んでいる。

  彼女はセアラの動きを感知したようだ。


  「そうみたいですね……。それに、アベル様も」


  カシアスもそれを認識した。

  どうやら、アベルとセアラが会場を後にするようだった。


  「では、我々も近くに向かいますか」


  カシアスのこの言葉と同時に、二人の悪魔はこの場から姿を消したのだった。


  彼らの護衛のためだけでなく、明日に起こるであろう事態を逃さないためにも……。




  ◇◇◇




  「はぁ……もうお別れなんてさみしいわね」



  おれの隣にいるサラがそうつぶやく。

  昨日のティアさんの送別会も無事に終わり、これから彼女を見送ることとなった。


  エトワール・ハウスの前には馬車が止まり、ティアさんを見送ろうとする子どもたちで中庭は溢れかえっている。

  そんな子どもたちの後方で、おれたちもティアさんを見送ろうとしていたのだ。


  「出会ってから二日しか経ってないはずなのに、ずっと前から知り合いだったみたいだもんな」


  一昨日に出会って一緒に食事をして、それで昨日は送別会で仲良くおしゃべりをした。

  ティアさんは王国で働くって言っていたし、今度おれたちが遊びに行くという話もした。

 もう二度と会えなくなるわけじゃないけど、それでもさみしいものだな。


  そして、ティアさんが少し離れたところにいるおれたちに気づき、手を振ってくれる。


  一昨日に見たときとは違い、何か強い決意をしたかのような不安のない顔つきだった。

  そんな彼女に対し、おれたちも手を振り返す。



  「また、今後遊びに行きますからね〜!!」



  おれは彼女に向かってそう叫ぶ。

  すると、ティアさんは笑顔で頷いてくれた。


  そして、ティアさんが馬車に乗り込もうとすると、メルが彼女のもとへと駆け出す。


  「ヤダ!! お姉ちゃん、いっちゃヤダよ……」


  メルは涙を流してティアさんに抱きついた。


  「おい、メル! ティアねぇが困ってるだろ」


  「メル、離れなさいよ!」


  メルより少し体の大きい子どもたちが彼女に注意をする。


  メルからしたらティアさんとはどうしても別れたくないのだろう。

  だが、それを我慢してティアさんのことも考えている年齢の子どもたち。


  どちらの気持ちもわかるだけに、メルたちを見ていると複雑な気持ちになる。


  そんなメルを見て、ティアさんは優しく微笑む。


  「迎えに来てっていったけど、まだ早いわよ」


  メルの頭を優しく撫でてティアさんはそう告げる。


  そして、自身の髪を留めていたかんざしをはずしてメルに渡す。


  「これが似合うレディーに成長したら会いにきて。それまで、ちょっとだけはお別れよ」


  メルは涙を拭いてティアさんからその簪を受け取る。

  それは、花の形の装飾がついた金色の美しい簪だった。


  「これ、大切なものなんでしょ? もらっていいの……?」


  「ふふ、あげるわけじゃないわよ。でも、メルちゃんに貸しておくから、いつか返しに来てね」


  ティアさんは彼女の手にある簪をメルの頭に付ける。


  「うーん……まだ似合わないわね。でも、いつかメルちゃんは美人さんになるから、その時は絶対に似合うはずよ」


  「わかった! そうしたらティアお姉ちゃんと働く! それで他のお姉ちゃんたちも迎えに行こうね!」


  こうして、メルも懐いていたティアさんとの別れを受け入れ、彼女を見送るのであった。


  「ティア、これから貴女は一人の大人として生きていかなければなりません。あっちに着いたら、自分一人で生きていかなければいけないのです」


  「でも、これだけは忘れないでください。貴女がここで過ごしたことはきっと大きな財産になるでしょう。そして、貴女は本当に一人なわけではない。ここには貴女を慕うたくさんの家族がいることを忘れないでください」


  エトワールさんも彼女に別れを告げる。


  「エトワール様、身寄りのない私をここまで育てていただいてありがとうございました。エトワール様やここのみんなのこと、私は絶対に忘れません!」


  ティアさんの瞳から涙が溢れる。


  そして、ティアさんは多くの家族に見送られながら新たなる新天地へと旅立ったのだった。




  ◇◇◇




  ティアさんを乗せた馬車が見えなくなり、中庭にいた子どもたちもハウスの中へと戻っていった。


  「どうする? そろそろおれたちも帰るか?」


  おれはサラに尋ねる。


  本当はエトワールさんとまだまだ話したいこともある。

  だが、この3日間で衣食住のあらゆることをエトワールさんにお世話になった。


  ここに居座り続けるのも悪いし、王国へ戻るかテスラ領のバルバドさんのもとに戻るか。

  どうするのかをおれは悩んでいた。


  「そうね……いつまでもここにいるのは悪いものね……」


  そんなことを話していると、遠くから馬車が近づいてくることに気づいた。


  最初はティアさんが忘れ物でもしたのかと思ったが、よく見ると彼女が乗っていった馬車とは違う馬車だった。


  それに、馬車の周りには鎧をつけて馬に乗っている騎士のような人たちもいる。


  「なんだろうな、あれ……?」


  「さぁ……?」


  おれもサラも状況が理解できていない。

  横にいるカシアスとアイシスはジッと馬車の方を眺めていた。


  そして、おれたちの目の前で馬車が止まり、馬に乗っていた一人の騎士らしき男が降りてくる。

  鎧は着ているが兜はしていなかったため、顔がよく見える。


  少し細長の顔で、目つきは細目ということもあって鋭い。

  髪は後ろでポニーテールのように結んでおり、肩から腰のあたりまで伸びている。


  そして、男はおれたちに向かって話し出した。


  「セアラ様! ただいま、お迎えに上がりました!」


  かけ声とも呼べるような男の声に、周りの騎士たちも頭を下げる。


  どうやら、この者たちはエトワールさんにではなく、サラに用があるみたいだ。

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