182話 ヴァレンシアからの使者
「セアラ様! ただいま、お迎えに上がりました!」
馬から降りてきた騎士のような男がおれたちにそう告げた。
こいつは誰なんだ……?
おれたちは突如現れた謎の集団に対して困惑する。
武装こそしてはいないが、得体の知れない知れない集団に警戒心を露わにする。
「貴方たちはわたしに用があるのですか……?」
サラが男たちに尋ねた。
見るからに機嫌が悪い。
サラは明らかに不快に思っているようだ。
すると、顔の細長い男が説明をはじめる。
「はい! 我々は領主ヴァレンシア様に指令をいただき、ここにセアラ様をお迎えに上がった次第であります!」
領主ヴァレンシア……?
確か、サラのおばあさんのことだ。
だが、どうしてヴァレンシアはサラがここにいることを知っているんだ?
考えられるのはテスラ領の領主ルクスさんが知らせたくらいだが……。
「私は行きたくはないんですけど、断ることはできるのですか?」
サラは騎士の男に向かって強気に尋ねる。
元々サラは実家に対して良いイメージを持っていなかった上に、エトワールさんからカイル父さんの昔話を聞いてさらに嫌いになったそうだ。
それもあって、サラを招待してくる実家には行きたくはないのだろう。
そして、おれたちの騒動に気づいたのかハウスの中に子どもたちを入れ終わったエトワールさんが駆け足でやってくる。
何かトラブルでもあったのかと思ったのかもしれない。
「おやおや、みなさん。これはどうしたのですか?」
おれたちとヴァレンシアの使者たちを見て戸惑うエトワールさん。
そんな彼に、顔の細長い男は状況を説明する。
「エトワール様。急に押しかけるような形になってしまい、すみません」
「この度は我らの主人であられるヴァレンシア様が、こちらにおられるセアラ様を屋敷まで連れてくるようにと我らに命じまして、このような事態になっているのであります」
男は頭を下げてエトワールさんに謝罪をして状況を説明した。
「そうだったのですね。しかし、それにしては雰囲気が重いような気もするのですが……?」
エトワールさんはこの場にいるおれたちを軽く見回して状況を把握する。
そして、サラが使者である彼らをあまりよく思っていないことも理解したようだった。
それに対し、男が答える。
「はい……。ヴァレンシア様からは、セアラ様のことは自分が招待状まで出したのだから絶対に来てくれるはずだと伺っていたのですが、セアラ様ご本人からは良いお返事がいただけなくて……」
男としては板ばさみのような状況になってしまい、困っているようだ。
確かに、おれたちの暮らす屋敷にサラ宛でヴァレンシアから招待状とも呼べる手紙が来ていたな。
だけど、それに対する返事を出したつもりはないし、何で絶対に来てくれるなどと豪語しているんだ……?
意味がわからん。
おれの中で出会ったことはないが、エトワールさんの話を聞いていた限り、ヴァレンシアは自分勝手なばあさんという印象ができてしまっている。
勝手にサラの気持ちをわかった気になっているのはおれとしても不愉快だな。
「なるほど、そんなことがあったのですね」
エトワールさんは男に同情するようにそう告げる。
まぁ、今のところヴァレンシアの使者であるこの人たちに恨みはない。
おれもエトワールさんと同じく同情してしまう。
「このままでは、私たちがヴァレンシア様に罰を受けてしまいます……。おそらく、減給なのでしょうが厳しいですね……」
男はおれたちをよそ目にエトワールさんと会話をはじめる。
おい、これはあれか?
おれたちの同情を誘っているのか!?
悪いけど、そんな手には乗らないぞ!
そんな見え見えの芝居におれが引っかかるものか!
つい先日、おれはカシアスたちに素直で優し過ぎると注意されたばかりだ。
もう少し、人を疑うことを覚えた方がいいと。
こんなお涙ちょうだい作戦におれが騙されるものか。
それに、本当だとしても所詮減給だろ?
クビになるわけではない。
サラが行きたくないといえば行かないのだ!
すると、男とエトワールさんの会話はさらに続く。
「減給ですか……それはお気の毒に。確か、ノイッシュ様。あなた様はもうすぐ結婚を考えておられると……」
「はい……。このままいけば、我が家の借金も返済も無事終わり、彼女の家からも結婚の承諾をしてもらえると思っていたのですが、これではまだ借金が……」
んん?
エトワールさんとこの男は知り合いなのか?
おれは二人の会話を聞いてそう気づく。
「確か、ノイッシュ様には病気で寝たきりの母上がいらっしゃったとか。そのお母さまに花嫁を紹介したいと……」
「はい……。私を一人で育ててくれた母もそれほど長くはないでしょう……。そんな母に、綺麗な花嫁を見せて安心させてあげたいと思っていたのですが、これでは借金が返済仕切る前に母は……」
ちょ、ちょっと!?
そんな重い境遇をこの男はもっているのか?
それなら、どうにか助けてあげないと!
いや、でもこれすら嘘なのかもない……。
おれたちの気持ちを動かしてサラを連れて行く同情作戦パート2なのかも。
でも、エトワールさんと仲がいいみたいだし、即興で作った嘘ではなさそうだな。
もし、本当だったら……。
おれの中で葛藤がはじまる。
こういう時、おれはどうしたらいいんだ……?
そして、そんな落ち込むヴァレンシアの使者たちに助け船を出す者がいた。
「アベル様、セアラ様。ここは彼らのためにもヴァレンシア様からのご招待をありがたく受け入れようではありませんか」
おれたちの近くにいたカシアスがそう提案する。
この言葉を聞いたヴァレンシアの使者たちの顔が明るくなる。
「そうしてもらえるのですか!?」
母親に花嫁を見せたいと言っていた男もおれたちに尋ねる。
おれはカシアスに念話を送ることにした。
いくらなんでも、単純過ぎないか?
『おい、カシアス。お前らが人を疑った方がいいって話したんだぞ? こんな嘘みたいな話に影響されていいのか?』
アイシスならば絶対にこのような話に影響されないだろう。
アイシスは人間になんてまるで興味がないみたいだしな。
それに対して、カシアスは人間にも優しく思いやりがあるのではないかとおれは思っている。
死にゆくダリオスにかけていた言葉。
あれはダリオスを人間として死なせてあげたいというカシアスの優しさではないのかと考えたのだ。
だからこそ、今の男の話にカシアスが影響されたのではないかと念話で尋ねてみる。
すると、カシアスから返事が来た。
『この男の身の上の真偽は我々に何の影響も与えません。ですので、これについて私はどちらでも構いません』
まさかのどうでもいい発言をいただきました!
もしかして、カシアスもアイシスみたいに人間に興味がないの?
じゃあ、おれがヴェルデバランの転生者じゃないってバレたら殺されちゃうってこと?
それだけはやめてくれ〜。
そして、カシアスは言葉を続ける。
『しかし、どうやってヴァレンシアが我々の居場所を特定したのか。これについては知る必要があると思います。そして、この件は私とアイシスの二人で調べることもできますが、その際はヴァレンシアに思考誘導をかけるなりして直接聞き出す必要があります』
なるほどな。
確かにヴァレンシアがどうやっておれたちがローレン領にやってきていたのか。
そして、エトワールさんにお世話になっていたことを特定したのかは気になる。
だが、アイシスとカシアスの二人でできるのなら、それでも良くないか?
サラは行きたくないみたいだし、おれとサラは待機ってことでもいい気がする。
そして、カシアスはさらに言葉を続けた。
『ですが、もしもヴァレンシアに思考誘導をかけたことが天使たちにバレたら、我々が魔界で裁かれることになってしまいます。特に、アベル様と契約をしていないアイシスは間違いなく殺されることになるでしょう』
ちょっと!
マジかよ!?
確かに、魔界の存在が勝手に下界に手を出してはいけないんだったな。
カシアスはおれが召喚して契約したとはいえ、アイシスは下界の誰とも契約してはいない。
つまり、魔界の存在であるアイシスが人間界で好き勝手に動くのは無理だということか?
だけど、アイシスはおれと行動を共にする中でも今まで好き勝手にやっていた気が……。
『この世界に派遣されている天使など、多くとも数名でしょう。それ故に、今までバレないと思いアイシスには自由に動いてもらっていましたが、今は状況が違います』
『魔王ユリウスが十傑や上位悪魔を人間界に派遣している以上、やつらの罠にハメられる可能性もあります。思考誘導をした痕跡というのは必ず残ります。それを天使にリークされればアイシスは殺されます』
そうだ……。
今は十傑の悪魔たちが人間界にいるんだった。
人間界には他の悪魔なんていないと思っていた昔とは状況が変わってくるんだ。
アイシスを不用意に動かすことは難しくなったということか。
『そして、罠にハメようとするのは私に対しても同様でしょう。ですので、ヴァレンシアのことはできれば御二人に直接調べてもらいたいのです。もちろん、私も同行はします。しかし、痕跡が残るような魔法はなるべく使いたくはないのです』
わかったぜ。
そういうことなら仕方ない。
サラが実家に招待されているのに、おれが一人で行くわけにはいかない。
サラには悪いけど、ここは我慢してもらうしかないか。
「サラ、行こう!」
カシアスの意見に賛同し、おれもサラに告げる。
「えっ……?」
そんなおれの言葉にサラは驚く。
おれだけはいつもサラの味方であり、彼女と同じ意見だった。
そんなおれからサラが会うのをためらっている人のもとへ行こうなんて言われるなど信じられなかったのかもしれない。
「別に必ず仲良くしなきゃいけないわけじゃないんだ! それに、一度くらいカイル父さんが生まれ育った場所を見てみるのも悪くないんじゃないか?」
すると、おれの意見を聞いてサラも考える。
「うーん。まぁ、アベルがそう言うのなら仕方ないかぁ……」
「わかった! 行きましょう!」
こうして、おれたちはサラのおばあさんであるヴァレンシアの待つ屋敷へと向かうのであった。
そこで待ち受けている者の正体が多くの人の人生を狂わせてきた元凶だとは知らず……。
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