173話 エトワール・ハウスへようこそ(1)

  おれたちは転移先で出会った少女メルと一緒に花畑でプレゼント作りをしていた。



  おれとサラは1時間ほどメルにいろいろと教えた。

  すると、彼女は一人でかわいい花の首飾りや冠を作れるようにまでなったのだ。


  「すごいじゃないか! これならきっとティアお姉ちゃんも喜んでくれるよ!」


  ティアお姉ちゃんというのが誰だか知らないが、メルにとって大切な人らしい。

  別れしてしまうのでプレゼントを渡したいと言っていたが、これなら十分喜んでもらえるのではないか。



  そんなことをしているとメルのお腹が鳴った。


  ぐうぅぅぅ


  そこでおれは気づく。

  もうお昼ご飯を食べても良い時間だな。


  いや、それより……。


  「なぁ、メルは何時までに帰るのかおうちの人に言ってあるのか?」


  おれは確認のために質問する。

  すると、メルは特に悪びれもなく答える。


  「言ってないよ? 黙って出できちゃった!」


  なんだって!?


  これにはおれを含め、サラも驚いている。


  絶対に家の人たちが心配しているじゃないか!

  こんな小さな子どもが何時間もいなくなっていればパニックになるはずだ。


  「急いで帰ろう! 自分の家の場所はわかるか?」


  一応これも聞いておかなければならないだろう。

  どこに住んでいて、どうやって帰るのかをメルが説明できなければ困る。


  だが、特にその心配はいらなかったようだ。


  「うん! 『エトワール・ハウス』がメルのおうちだよ!」


  メルが元気にそう話す。



  エトワール……?



  エトワールって、おれたちがこれから会いに行こうとしていたカイル父さんの知人の召喚術師のことだろうか?

  そういえば、メルが魔物に襲われていた時にエトワールの名前を出していたな。



  すると、サラがメルに質問する。


  「『エトワール・ハウス』っていうのはお家の名前なの?」


  「そうだよ! エトワール様がわたしやティアお姉ちゃんを育ててくれてるの。だから『エトワール・ハウス』ってみんなで呼んでんだよ!」


  どうやら、ティアお姉ちゃんというのはメルと一緒にそのエトワールさんにお世話になっているようだ。


  つまり、血の繋がってる姉と考えるのが普通かもしれない。

  だが、育ててくれているのがパパではなく、エトワール様と言っているあたり……。


  「もしかして、メルはパパやママがいないの?」


  サラが本質的な質問をする。


  そうだ……。

  おれの考えが間違っていなければ、エトワール・ハウスというのは孤児院の名前だ。


  そして、メルが質問に答える。


  「うん。みんなパパやママがいなかったり、捨てられたりした子たちなんだ……。でも、エトワール様が優しくしてくれるからさみしくないよ!」


  少しばかりメルが暗い雰囲気になったが、エトワールという人物が子どもたちに優しくしてくれているらしく、それほどさみしい思いはしていないようだ。


  「まぁ、いいわ。プレゼントも完成したことだし、続きは馬車で話しましょう」


  サラのこのひと言でおれたちは馬車へと向かった。

  おれはメルが作ったプレゼントを魔道具の収納袋に入れ、代わりにパンを取り出してメルにあげる。


  メルはお腹が空いていたみたいだしな。



  そして、馬車の中でメルから色々と話を聞いた。


  まず、メルの話していたエトワールという人物はおれたちの探していたエトワールさんと同一人物だということがわかった。

  ローレン領でも有名な人で、多くの人たちからの信頼が厚い召喚術師だそうだ。


  そして、エトワールさんはメルの話していた『エトワール・ハウス』という孤児院の院長をやっているらしい。

  だいたい100人近くの子どもたちを10人弱のスタッフと一緒に養っているようだ。


  そして、子どもたちには教育を施してあげて、大きくなったら就職するために旅立っていくらしい。

  メルの言っていたティアお姉ちゃんというのも他の街で働き口が決まったことにより、明後日に孤児院を巣立つようだ。


  「エトワール様はね、強くて優しい人なんだよ! わたしたちをほんとの子どもみたいに育ててくれるの!」


  メルは絶えずエトワールさんのことを褒める。

  本当にエトワールさんのことが好きなんだろう。


  だが、困っている孤児たちに愛を与えているなんて、エトワールさんはなんていい人なのだろう。

  おれの中でまだ会ってもいないのに既に好感度が爆上がりだ。



  そして、10分ほど馬車で走ると街が見えてきた。

  簡単な検問を終え、おれたちは街の中へと入る。


  それからはメルに孤児院の場所を案内してもらっていた。

  メルは幼い見た目だが、内面はしっかりとしていてしっかりとおれたちを孤児院まで案内してくれた。



  そして、大きな木造の建物の前までやってきた。

  どうやらここが『エトワール・ハウス』らしい。


  おれの中にある質素で小規模な孤児院のイメージとは大違いだ。

  まぁ、100人の子どもたちが住むともなればこれくらい大きな家になるわな。



  そして、メルが馬車を飛び出して孤児院の方へ駆け出す。

  よく見ると、メルが向かう先には長い髪を下ろした綺麗な女性がいた。


  「ただいまー!!」


  メルはその女性に向かって話しかける。


  すると、女性はメルを見て驚き感嘆の声を上げる。


  「メルちゃん!? どこに行ってたの? 心配したんだから」


  メルを抱きしめて涙を流す女性。

  どうやら本当に心配をかけてしまっていたらしいな。


  「あそこにいるお兄ちゃんとお姉ちゃんが送り届けてくれたの!」


  メルはおれたちを指さして女性に報告する。


  そして、女性は立ち上がるとおれたちの方へやっきて感謝の言葉をかける。


  「メルちゃんを送り届けてくれてありがとうございます! 本当にすぐどこかへ行っちゃう子なんだから……」


  どうやらメルは孤児院から抜け出す常習犯のようだ。

  さては、おれが注意したとき反省していたがあれは演技だったのか?


  「あっ、すみません。私、報告しないと!」


  突然、女性は孤児院の建物に向かって叫ぶ。


  「みなさーん! メルちゃんが帰ってきましたよ!」


  すると彼女の声が聞こえたのか、ぞろぞろとおれたちのもとに人がやってくる。


  「よかった……。誘拐されちゃったのかと思ったよ」


  「やっと見つかったのか〜、それにしても今回はどこまで行ってたんだ?」


  「もうメルには首輪をしよう! うん、そうしよう!」


  建物から出てきた人たちがメルを見て口々に話している。



  もしかして、孤児院中のみんなで探してくれていたのか?


  だとすると、1時間もメルと花畑で遊んでたおれたちって……。



  おれの中で罪悪感が生まれてくる。

  本当に申し訳ないです!



  そして、一人のおじさんが群衆をかき分けておれたちの前にやってくる。


  「みなさん、この度はうちのメルを送り届けていただいて本当にありがとうございました」


  おじさんはおれたちに頭を下げて感謝の言葉を述べる。


  まるで、剣士かのようガタイのいいおじさんだ。

  茶髪の髪は短く整えてられており、清潔感もある。


  それから、おじさんはおれたちの顔をじっくりと見つめた。


  そして……。


  「おや、きみはもしかして……」


  おじさんはサラを見つめて何か考えているようだ。

  まるで、昔の知り合いを思い出さそうとするように。


  すると、サラは自分から名乗った。


  「私の名はセアラ=ローレンです。ここにいるエトワールさんという方にお会いしに来ました」


  はっきりとそう告げるサラはとても凛々しかった。


  「おぉ! やはり、きみが……」


  おじさんはそう言ってサラに近づこうとする。

  まるで10年ぶりに出会った娘をこれから抱きしめるかのように。


  だが……。


  「失礼ですが、うちのセアラお嬢様に何の用ですか?」


  執事服を着たカシアスがサラとおじさんの間に割って入る。


  そして、カシアスから念話が届いた。


  『聞こえますか? アベル様』


  おれは悪魔であるカシアスと契約をしている。

  契約しているとできることの一つに融合シンクロをしていなくても念話が使えるということがある。


  『聞こえてるぞ。どうかしたのか?』


  このタイミングで念話をしてくるカシアスに違和感を覚える。


  どうして直接口で伝えてこないのかと。

  だが、次の言葉でそれがはっきりとわかる。



  『もしかすると、ここは危険かもしれません。最悪、ここにいる子どもたちは見殺しにするかもしれないということをお伝えしておきます』



  カシアスの言葉に、おれは最悪の事態を想定したのであった……。

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