172話 少女メル
ここは太陽の光が届かない地下の一室——。
ジメジメとした湿気が室内の本をカビさせている。
換気もできていないために部屋の中は独特な臭いが充満していた。
ここにはロウソクもなければ
闇に包まれたこの空間にそいつらはいた——。
「どうやらやって来たみたいだ……」
悪魔がボソリとつぶやく。
彼がターゲットとして狙っていた獲物たちがまんまと誘き出されてやってきたのだ。
「来た……とは誰がだ?」
そんな悪魔のつぶやきに人間が問いかける。
すると、悪魔はニタリと笑って人間の質問に答える。
「お前も人が悪いな。おれが狙っているといったやつらだ。アベルという人間に、カシアスとアイシスという悪魔。そして……お前もよく知るセアラという人間だ」
人間はそれを聞いて微笑む。
「そんなことか……。この私が呼び出したんだ。ここへ来るのは当たり前の事さ。この日を長らく待ち望んでいたのだ。セアラを出迎える準備をしておかなくてはな」
作戦が上手くいくことに満足している二人。
こうして、二人によるセアラたちへの歓迎セレモニーが始まろうとしていた……。
◇◇◇
ローレン領の領地に転移した途端、聞こえた悲鳴。
魔物たちに襲われている少女をおれは助けたのであった。
「お兄ちゃん! かっこよかったよ」
うん。
この子が無事でよかった。
それに、かっこよかったなんて照れるじゃないか。
「まぁ、おれが近くにいたからよかったけど、もう一人でこんな森に来るのはダメだぞ!」
おれは一応注意をしておく。
まだ幼い少女であろうが、危険だということはしっかりと言っておかないとな。
「うん……。わかった」
反省したように少女は頷く。
素直ないい子じゃないか。
青色の髪を後ろで二つ結びにしている小さな女の子。
彼女はその透き通った藍色の瞳でおれを見つめる。
そして、おれたちのもとにサラたちがやってくる。
サラはおれの目の前に転がる魔物の死体を見てつぶやく。
「なるほどね。その子が魔物に襲われてたってことだったのね」
この状況を見てそう分析するサラ。
そして、少女に質問をする。
「パパやママは近くにいないの? 一人でここに来たの?」
「えっと……。パパもママもいないの。わたし一人で来ちゃって……」
サラから目をそらしてモゴモゴと話す少女。
「そう……。どんな理由があるのかわからないけど、一人は危険よ。おうちはどこ? 私たちが送っていってあげるわ」
少女に対してしっかりと注意をしつつも優しく接してあげるサラ。
そんなサラに対して少女も心を開く。
「うん! ありがとうお姉ちゃん!!」
満遍の笑顔でニッコリと笑う少女はとてもまぶしく、とても愛しいものであった。
そんな少女にサラも微笑む。
「あなた、名前はなんていうの? わたしはセアラ。特別にサラって呼んでいいわよ!」
「わたしはメル! よろしくね、サラお姉ちゃん!」
なんだかんだですぐに仲良くなった二人。
そんな二人を見ておれもほっこりする。
「おれはアベル。あっちにいるのがカシアスとアイシスだ」
おれもメルに自己紹介をする。
「さっきはありがとうね。アベルお兄ちゃん!」
お兄ちゃん……。
なんていい響きなんだろう!
おれは前世でも今世でも下の兄弟は一人もいなかった。
まるで妹ができたみたいで新鮮だな。
よし!
お兄ちゃんがメルのために何でもしてあげようじゃないか!
「それじゃ、まずはメルをおうちまで送っていこうか!」
おれはメルにそう伝える。
メルにとってここは危険だし、早く家族のもとに送り届けてあげないとな。
だが、メルは慌ててそれを止める。
「あっ、ちょっと待って! わたし、きれいなお花が欲しいの! ここらへんに咲いてると思うんだけど……」
どうやらメルはこの森で花を探していたようだ。
「花を採りにここまで来たの?」
サラがメルに尋ねる。
「うん、
ティアお姉ちゃんとお別れ?
近所のお姉ちゃんが引っ越してしまうとかかな。
詳しくはわからないが事情はわかった!
「よし! じゃあ、一緒におれたちが探してあげるよ。それでいいか?」
おれの提案にメルは笑顔で頷く。
「うん! ありがとう!」
こうしておれたちは少女メルと一緒にティアお姉ちゃんという子にあげる花を探しはじめた。
だが、なかなか綺麗な花というのは見つからなかった……。
「ねぇ、本当にこんな所に花なんて咲いてるの?」
サラはメルに尋ねる。
正直、おれたちはここの土地勘はない。
メルとここら辺で出会ったからこの周辺を探索しているだけだ。
もしかしたら、存在しないものを探しているのかもしれない。
すると、メルは首をかしげて考える。
「うーん。小さい頃にそう聞いたのは覚えているの。この森には綺麗なお花畑があるって……」
おいおい、ただでさえ幼い少女であるメルが自分で小さい時っていうことは何歳の時だ?
そんな曖昧な記憶、本当にあってるのか?
「それって本当なの? 嘘つかれたんじゃなくて?」
サラもおれと同じことを思ったのかメルに問いかけた。
すると、メルはそれを全力で否定する。
「お姉ちゃんたちは嘘なんてつかないよ! もう名前は覚えてないけど……それでも、二人とも優しくてきれいなお姉ちゃんたちだったもん!」
うーん。
メルの言葉やそのお姉さんたちを疑うわけじゃないけど、記憶違いとか勘違いとかもあるからな……。
すると、別行動していたアイシスたちがおれたちの目の前に現れる。
全員で行動するよりは二手に分かれた方が効率が良いということで別行動をすることにしたのだ。
そして、アイシスがおれたちに成果を報告する。
「おそらく、彼女が話していたと思われる花畑を見つけました。ここからそれほど離れていませんし、歩いていきましょう」
おぉぉぉ!!
やっぱ、アイシス。
お前は優秀なやつだよ!
おれは心の中でこれでもかというほど特大の感謝を述べる。
そして、メルは歩き疲れたということでサラがおんぶをして連れて行く。
アイシスたちが見つけたという場所はメルが言っていたとおり、とても綺麗な花畑が広がっていた。
ここに来るまでこの森は草木だけによる味気ない緑と茶色の世界だったのに、鮮やかな赤やピンク、黄色やオレンジといった色彩が自然のキャンパスに映えている。
まるで楽園にたどり着いたかのような感覚さえ覚える。
「ほらね! あったでしょ!」
サラの背中から降り、自慢げにドヤるメル。
なんだか昔のサラに似てて可愛いな。
「そうね。疑って悪かったわ」
サラは苦笑いをしながらメルに謝る。
だけど、こうして花畑が見つかったんだ!
おれもテンションが上がるぜ。
「メル、お兄ちゃんとお姉ちゃんがティアちゃんに贈るプレゼントを作るの手伝ってあげるよ!」
おれはメルにノリノリでそう伝える。
どうやらサラはおれの意図に気づいたようだ。
「アベル……あなた、もしかしてあれをやるつもり?」
うん、サラもノリノリだ。
「んっ……?」
首をかしげて困ったように黙り込むメル。
おれたちのテンションについていけないようだ。
そんなメルにおれは実演してみせてあげる。
ささっと花を摘み、それで花飾りを作る。
昔はサラの誕生日によく作ってあげていたやつだ。
それをメルに見せつける。
「おぉ! お兄ちゃん、すごぉい!!」
メルが尊敬のまなざしでおれを見つめる。
遊ぶものがない田舎で育ったおれとサラをなめるなよ。
花を使ってのプレゼントなら首飾りや
とりあえず、花束は確定だろ。
それから冠と首飾り、そして手書きのお手紙なんかもあれば完璧だ。
手紙に押し花を入れるのもいいな!
一人でどんどんテンションが上がっていくぜ。
「お姉ちゃんたちが作り方を教えてあげるから一緒に作ろうね」
サラが優しくメルに語りかける。
「うん! ありがとう、お姉ちゃんたち! ふたりとも大好き!!」
メルも喜んでくれているようだ。
しかも、大好きだなんて嬉しいじゃないか!
こうして、おれたちは時間を忘れて花畑で楽しくプレゼント作りをするのであった。
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