174話 エトワール・ハウスへようこそ(2)

  『おい、カシアス! エトワールさんは十傑の悪魔と繋がっているというのか!?』



  おれはカシアスに念話で尋ねる。

 

  まだ名乗ってはいないが、おそらくこのおじさんがエトワールさんで間違いないだろう。


  白髪混じりの茶色い髪。

  体型は痩せ型でそれなりの高身長。

  年齢は40代後半だが顔にそれほどシワはない。


  テスラ領でルクスさんから聞いていた風貌ふうぼう、それにあふれ出る貫禄かんろく

  この人が召喚術師エトワールで間違いはない。


  おそらく、カシアスもそれをわかっている上でエトワールさんとサラの間に割って入ったはすだ。

  そして、カシアスはここは危険かもしれないと言った。


  もしかして、馬車の中で話していたようにエトワールさんは十傑の悪魔と繋がっていたというのか……?


  おれはいつでも魔剣を取り出せるように腰にかけた収納袋に手を入れる。


  カイル父さんの知人ということで気は乗らないが、最悪の場合やらなくてはいけない。

  カシアスが子どもたちを見捨てるというのなら、おれが子どもたちを助けないとだ!


  よく見ればアイシスも険しい顔つきをしていた。

  おそらく、アイシスもカシアスの言っている危険を理解しているのだろう。


  それに対し、サラだけは状況が理解できないようだ。

  今も困惑した様子でカシアスを見つめている。


  そして、カシアスから念話でメッセージが届く。


  『いいえ……。エトワールに関しては精霊体と融合シンクロしている様子も思考支配や思考誘導を受けている様子もありません。健康的で一般の人間そのものにしか見えません』


  カシアスはエトワールさんは潔白だと話す。


  おれはそれを聞いて一旦安心する。

  だが、だとしたらカシアスたちは何を危険だと思っているのだ?


  そう考えていると、カシアスから続けてメッセージが届く。


  『しかし、子どもたちに関しては半数近くが思考誘導を受けています。この数は異常としか言いようがありません』


  はぁ?

  なんだよそれ……。


  いったい、エトワール・ハウスで何が起きているというのだ……。


  おれはカシアスの言葉聞いて絶句していた。



  すると、カシアスに用を尋ねられたエトワールさんは口を開いた。


  「これは失礼しました。私の名はエトワール。ここの孤児院の院長をしています」


  カシアスに頭を下げて自己紹介をする。


  やはり、この人がエトワールさんで間違いはなかったようだ。


  「そちらのセアラお嬢様は私の旧友カイル=ローレンの一人娘なのです。やっとお会いすることができ、感動してしまいってつい……」


  カイル父さんの名前を出して説明するエトワールさん。


  とりあえず、エトワールさん自身は思考誘導とかを受けていないみたいだし危険はないんだよな。

  ここは一度、子どもたちのことを調べてみるのがいいんじゃないのかな。


  おれはそう思ってカシアスとエトワールさんを見つめる。


  「これは大変失礼しました。カイル様のご友人とは思わず、失礼な態度を取ってしまいました」


  カシアスも頭を下げて謝る。


  やはり、カシアスも侮れない存在だよな。

  完全にわかっていてこれをやっているんだから。


  「お嬢様と久しぶりの再会ともあって話したいこともあると思います。我々としても、森の中でメルと遭遇したことをこちらの院長さんに説明しようと思っていましたし、少しばかりお話をする時間をいただけないでしょうか?」


  カシアスはエトワールさんにこれから話さないかと丁寧に提案する。


  それに対し、エトワールさんは笑顔で答える。


  「もちろんです! 私はセアラお嬢様のことだけでなく、メルのことも聞きたいですし、少しと言わず院の中でゆっくりと話しましょう」


  エトワールさんもオッケーを出してくれた。


  よし、これで何かがわかるかもしれない!


  すると、アイシスが突然意見を出してきた。


  「私はメルちゃんのことが気に入ってしまいました。ここに残って彼女たちと遊んでいても構いませんか?」


  「もちろんですとも。メルを見つけてくれた恩人なのですから、当然ですとも。仲良くしてあげてくださいね」


  メルとここに残ってもいいかと聞いたアイシスに対し、エトワールさんは渋ることなく許可を出す。


  なんだろう……。

  アイシスってあんなキャラだったか?


  子どもが気に入った?

  一緒に遊びたい?


  おれの中のアイシスのイメージとはかけ離れ過ぎていて違和感ありまくりだ。


  すると、カシアスから念話でメッセージが届く。


  『アイシスはここで子どもたちの監視をしてくれるようですね。助かります』


  どうやら、あれはアイシスなりの演技だったらしい。


  だが、おれたちがエトワールさんと話している間、子どもたちは無防備になるのだ。

  確かにアイシスの行動は助かるな。


  それに、普段からアイシスを知らないエトワールさんや子どもたちからしたら違和感もなにもないだろう。



  こうして、おれとサラ、そしてカシアスはエトワールさんに連れられて院の中の部屋に案内された。


  おそらく応接間なのだろう。


  だが、内装はシンプルな色彩だが立派なアンティークがあり、とても孤児院とは思えない部屋だ。

  貴族の屋敷の応接間だと言われても信じてしまいそうだ。



  そして、おれたちは柔らかいふかふかのソファーに腰掛け話を切り出す。


  まずはカシアスからだ。


  「失礼ですが、ここにいる子どもたちはどうやって引き取ってこられたのですか?」


  真剣な顔つきのカシアスにエトワールさんも少し驚く。


  楽しい昔話をするかと思っていたのに、事務的なインタビューをされているのだから当然か。


  「子どもたちですか……? ここにいる子どもたちは身寄りがない捨て子、それに両親を亡くして行く宛てのない子を私が引き取っています。これはローレン領に限らず、エウレス共和国全土から引き取っていますね」


  「しかし、急にどうされたのですか? メルから何か聞いたのでしょうか?」


  カシアスの質問に答えるエトワールさん。

  そして、どうしてこんなことを尋ねたのかと逆に質問をする。


  「いいえ、メルは関係ありません。ただ、疑問に思っただけです。子どもたちに違和感を覚えたものでして」


  「違和感……ですか?」


  カシアスの言葉に首をかしげるエトワールさん。


  おれは思わず念話を使う。


  『おい! いきなり本題に切り込むつもりか?』


  おれはカシアスに意見をぶつける。

  すると、すぐにカシアスの言葉が返ってくる。


  『子どもたちにかけられている思考誘導は上位悪魔がほどこしたにしては雑であり、幼稚なものでした。あれなら私やアイシスでも強引に解除できます』


  『それに、明らかに隠す気がなく見つけてくれと言っているような精度の思考誘導です。これは上位悪魔ではなく精霊がかけた可能性が高いです。ならば、召喚術師であるエトワールは何か知っているかもしれません』


  カシアスは子どもたちにかけられていた思考誘導について説明してくれる。


  なるほどな。

  この思考誘導は悪魔がしたとは思えないわけか。


  だが、半数近くの子どもたちがかけられているという異常事態。

  そして、悪魔ではなく精霊が絡んでくるということでエトワールさんに聞こうとしているのか。


  「実は私、人間の中では魔力感知が鋭い方でしてね。先ほど会った子どもたちが何かしら魔法の施しを受けているように感じたのです。それについて何かわかるのではないかと思って質問した次第であります」


  カシアスはエトワールさんに説明する。


  今のカシアスは人間そのものにしか見えない。

  格好からしても貴族であるおれやサラの執事として付いてきたと思われていることだろう。


  カシアスの言葉を聞いて微笑むエトワールさん。


  「なるほど。それで先ほどセアラ様と私の間に入られたのですね」


  「セアラで構いませんよ。私は養子として貴族になっただけですから」


  一人で楽しそうに微笑むエトワールさんにそう伝えるサラ。


  そして、エトワールさんは言葉を続ける。


  「実は、子どもたちに思考誘導をかけたのは私なんです」


  なんと、思考誘導の犯人は自分だと白状するエトワールさん。

  この事実におれは驚いてしまう。


  「先ほども語りましたが、ここに来る子どもたちは親に捨てられてた過去を持つ者も多いのです。中には思い出したくもないトラウマを持っている子たちもいましてね……」


  「それで、私が高位の精霊を召喚して子どもたちに思考誘導をかけてもらったのです。過去に縛られず、幸せな人生を歩んでもらおうと思いましてね」


  エトワールさんは笑顔でおれたちにそう語る。


  なるほどな。

  これで安心した。


  確かに、すべての子どもたちが両親に愛されて育ったわけではないだろう。

  そんな子どもたちの中にはつらい過去で人生を狂わせられてしまった子もいるはずだ。


  エトワールさんはそんな子たちのためを思って思考誘導を施していたのか。



  思えば、おれも小さい頃にハリスさんに思考誘導をかけてもらっていたんだっけ。

  それがなかったら、おれは両親を殺したかもしれないという事実に苦しみながら幼少期を過ごしたのかもしれない。


  そう考えればエトワールさんの行動には好感が持てる。

  高位の精霊を従える召喚術師としての実力と、人を助けたいと思える優しさを兼ね備えた人物。


  カイル父さんが尊敬していたというだけのことはあるな!


  「しかし、今のセアラは優秀な執事に守られているのですね。カイルのことは残念でしたが、今はとても幸せそうで私も嬉しいです」


  エトワールさんはカシアスの判断や能力を褒める。

  そして、サラを見て優しく笑った。


  「はい、おかげさまで楽しい日々を送られてもらっています。それで、私に会って話したかったということは何なのでしょうか?」


  サラがエトワールさんに尋ねる。


  すると、エトワールさんは一枚の絵画を見つめて語り出す。

  それは二人の男性が描かれていた絵だ。


  「これといった特別なことは何もないんです。ただ、カイルたちの事を思い出して話をしたかったんです……」


  「私はカイルの小さい頃を知っているがセアラが生まれてからのことは何も知らない。セアラは父親としてのカイルは知っているが、その他の一面は知らない」


  「私はかつての友について一緒に話したかった。ただ、それだけなんです……」



  そう言って、エトワールさんは昔話をはじめた。

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