166話 馬車での談話(3)

  「最後に悪魔に関してですが、悪魔には魔王を立てて国家を創ることが許されなかったのです……」



  悪魔は魔王になれなかった……?

  いったい、どういうことなんだ?


  おれはカシアスの言葉の続きを待った。

  そして、その理由が語られる。



  「今でこそ、魔界には魔族の魔王たちは58人もいます。しかし、当時は霊魔大戦が終結した直後ということもあり、魔族たちの中で魔王となって一族を先導していける存在は限られていました。つまり、魔族の魔王たちは当時それほどいなかったということです……」


  「それに対して、悪魔たちの中には魔王となれる存在はそれなりにいました。十傑のように、悪魔の中には『魔王』スキルを持つ者たちは数多くいたということです」


  「そして、天使たちよりも圧倒的に個体数の多い我々悪魔は一つの国家で暮らしていけるような状態ではありませんでした……」



  なるほどな。

  魔族とのパワーバランスを考えるのならば、悪魔の魔王をたくさん立てることはできない。


  しかし、一人だけを魔王にして国家を創ったとして全ての悪魔がそこで暮らしているわけでもないということか。



  「我々に与えられた選択肢は二つでした。一つは、魔王を一人だけ立てることで、できる限り多くの悪魔たちと救うこと。この策は魔族たちとの関係を構築していくことはできますが、これは国家には入れなかった悪魔たちを見捨てるということです」


  「もう一つは、魔族との関係を悪化させることになったとしても、魔王を複数人立てることで自分たち悪魔全員が安全に暮らせるというもの。しかし、これは平和を望む《原初の魔王》を含め、多くの者たちに対する裏切りでもあります」

 


  なるほどな。

  そんな究極の選択に迫られていたということか……。


  一部の仲間を見捨て、魔界の平和を選ぶのか。

  仲間を一番に考え、魔界の情勢悪化を選ぶのか。


  おれならどちらを選ぶのだろう……。



  「私なら魔王を複数人立てるわね。争っていた敵よりも、自分たちの仲間を優先するのが普通よ」



  突然サラが会話に入ってくる。


  そうか、確かに魔族は戦争していた相手なのだ。

  これまで一緒に戦ってきた仲間を犠牲するのはおかしな話だ。


  それに、精霊体と魔族のパワーバランスが均等でなかったとしても平和は築けるとおれは思う。



  「リノから聞いたんだけど、貴方たちは違う道を選んだのよね……」



  どうやらサラはリノに魔界の過去について教えてもらっていたらしい。


  リノはサラにそんなことも話していたのか。

  おれは意外に思って驚く。


  しかし、違う道とは一部の仲間たちを見捨てたということなのだろうか?



  「はい……。私たちは複数人の魔王を立てることはしませんでした。いや、正確には一人も魔王を立てることはしなかったのです」


  「《原初の魔王》から教わった攻撃魔法や防御魔法を手に入れた私たち悪魔は、『魔王』という力に頼らずに生きてゆく道を選んだのです」



  魔王という強大な力に頼ることを選ばなかった悪魔たち。

  だが、死の魔境と恐れられている魔界で悪魔たちは生きていくことができたのか?


  おれはそこに疑問を覚えた。



  「上位悪魔ならば魔界の魔物たちをも倒すことができます。そこで、上位悪魔たちを中心としたコミュニティを幾つも創ることで我々悪魔は生き残る道を選んだのです」


  「命の危険があると思われるのは力のない普通の悪魔と転生したばかりの悪魔です。これらを数人の上位悪魔で保護しながら暮らします。このコミュニティは一つあたり十人にも満たない小さなものです」


  「上位悪魔がいるおかげで弱い悪魔たちも魔物から身を守れますし、コミュニティ同士が固まらないことで魔族たちが恐れる過剰な勢力を持ってしまうこともありません。こうして、我々悪魔は『魔王』という力に頼らずに魔界で生きてゆく手段を確立したのです」



  なるほどな。

  確かにこの方法なら仲間の悪魔たちを見捨てることもなく、魔族たちにパワーバランスだのなんだの言われる心配もない。


  非常に賢い方法だな。

 


  「悪魔は精霊体ですし、『家族』というものは存在しません。しかし、人間たちでいう家族のような温かく、居心地の良い空間がそこにはあったのです」



  カシアスは優しい素顔でこう語った。


  たとえ、血の繋がりなんてなくても家族にはなれると思う。

  おれは悪魔たちのそのような暮らし方に心が暖かくなった。



  「そんな風に、悪魔たちが魔界で平穏に暮らしていた時代がしばらく続きました。しかし、この悪魔たちの生活は3000年前に唐突に終わりを告げたのです……」



  カシアスの顔が怖くなる。


  おれは息を呑んだ。



  「当時、ユリウスという一人の悪魔が国家を創ろうと動きはじめました。それは上位悪魔だけから構成される国家です。もしも実現すれば、天使たちの国家と同等の勢力を持つとされました」


  「ユリウスは各コミュニティを訪れ、上位悪魔たちを従えていきました。もちろん、中にはユリウスに反抗する上位悪魔もいましたが、反抗した上位悪魔たちは彼の圧倒的な力によって殺されました……」



  悪魔たちが平穏に暮らしていた中、突然現れてそれを破壊した悪魔ユリウス。

  これがカシアスがユリウスを反逆者と呼んでいる理由なのか……。



  「やがて、上位悪魔たちを統一したユリウスはその圧倒的な戦力を持って、魔王たちに自らを魔王であると承認させました。そして、そのまま戦争を起こそうとしたのです」



  おいおいマジかよ?

  そんな力技で魔王になったり、戦争を起こしたりできるのかよ……。


  だが、現在最強の魔王として君臨するユリウスの実力を考えれば不可能ではないのか?

  それに、十傑と呼ばれる魔王クラスの上位悪魔を十人も従えていたんだものな……。



  「しかし、これを天使たちの国家を治める魔王ゼノンが止め、結局はユリウスに『魔王議会』という魔王たちの集会においての権限をいくつも与えるということで事態は終息しました」



  確か天使たちは下界のことも気にかけてくれるような存在だったな。

  魔界で戦争なんか始めようとしたら流石に天使たちが黙ってないよな。


  だけど、そんなことより……。



  「じゃあ、ユリウスのせいで力のない悪魔たちは……」



  一人では魔物から身を守れない力のない悪魔たち。

  確か、前にそんな悪魔たちは影を潜めて魔界で暮らしているといっていた。

  それはユリウスのせいだったってことか……。



  そして、カシアスは自分の過去を語る。



  「私もかつて、あるコミュニティの一員でした。まだ転生してから間もなかった弱者の私を温かく育ててくれたのは三人の上位悪魔たちでした。しかし、彼らはユリウスに抵抗して私の目の前で死んでいきました……」


  「彼らを殺すとユリウスは去り、残された私を含めた悪魔たちは魔物の脅威に晒されながら生きてゆくことになりました。日々死んでゆく仲間たち。いつしか、私は一人になっていました……」



  そうか。

  カシアスだって最初から今のように強かったわけではないのだ。

  カシアスにそんなつらい過去があっただなんて……。



  「そして、ユリウスの考えについていけなくなって彼のもとを逃げ出してきたアイシスに出会いました。それから彼女と魔界を旅する中で、ヴェルデバラン様とリノ様に出会い、私たちの運命は大きく変わったのです」


  「やがて、私とヴェルデバラン様は魔王となり国家を持てるようになりました。そのおかげで、私は魔界にさまよう悪魔たちを国民として招き入れ、彼らを救う事ができました」


  「まだ全ての悪魔を救えたわけではありません。しかし、それでもヴェルデバラン様のおかげで救えた命がいくつもありました。これが私があのお方に忠義を尽くす理由の一つなのでございます」



  カシアスがおれを真剣なまなざしで見つめてそう語る。


  確かヴェルデバランは劣等種のために魔王になったという存在。

  それでカシアスが魔王となり、ユリウスのせいで露頭に迷った悪魔たちを救済したのか。


  カシアスとアイシスはおれのことを魔王ヴェルデバランの転生者だと思って敬意を払って接してくれている。

  サラの目の前ということもあって直接言葉にはしていないが、熱い視線が痛い。


  おれとしては罪悪感で胸が少しばかり苦しいんだよな……。



  そして、この談話も終わりを迎える。



  「人の目もなくなりました。そろそろ転移してもよろしいのではないかと思います」



  随分と長いこと話していたな。


  アイシスが周りに人がいなくなった事を察知して提案してくる。


  「それでは目的地の付近まで転移しましょうか」


  カシアスがアイシスに賛成の言葉をかける。


  こうして、おれたちの馬車の旅は終わりを告げた。



  これからの戦うことになるであろう敵。

  そして、魔界と悪魔たちの過去。

  魔王ヴェルデバランという存在。



  今回、様々な事を知っておれの中で感情が揺れ動く。

  だが、おれの中で大きな指針は何一つ変わらない。


  サラを守り抜く。

  そして、アイシスとカシアスにはできる限り協力する。


  これだけだ!



  そして、おれたちはエウレス共和国のテスラ領へとやってきたのであった。

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