165話 馬車での談話(2)

  「魔王ユリウス——。《天雷の悪魔》とも呼ばれる彼は魔王序列第1位の最上位悪魔であり、十傑たちを従える者です」


  「そして……3000年前に魔界の支配を目論もくろみ、上位悪魔たちの統一国家を創った反逆者です」


  カシアスが真剣な顔つきで語る。


  やっぱりな……。

  ユリウスっていうのが魔界最強の魔王である《天雷の悪魔》だったわけか。


  マルチェロはユリウスの命令だのユリウスから魔道具をもらっただの言ってたし、ユリウスってやつがおれたちに目をつけているのは間違いないな。

  だとすると、もしかしたらリノではなくカシアスが人間界に留まっている理由はおれたちを側で守ってくれる為だったりするのかもしれない。


  アイシスにしてもカシアスにしても必要なこと以外は極論話そうとしないからな。

  まったく、優しい所があるじゃんか。



  そして、おれはカシアスのもう一つの言葉に触れる。


  「魔界を支配しようとした? それに、上位悪魔の国家を創ろうとした反逆者ってどういうことなんだ?」


  ユリウスは魔界を支配しようとしているのか?

  だとしたら、どうして下界の一つである人間界なんかに手を出してるんだ。


  おれはカシアスに疑問を投げかける。

  すると、カシアスは穏やかな表情で優しく答える。


  「それを話すには魔界の歴史を少し話さないとですね……」


  カシアスは何千年も昔の魔界について語ってくれた。

  それはまだ、悪魔たちが平和に暮らせていた時代の事を——。


  「我々精霊体は、かつて魔族たちに虐げられてきた存在だそうです……」


  そう語るカシアスの表情はどこか哀愁あいしゅうを感じさせるものであった。




  ◇◇◇




  「まだ魔王という存在が出現する前、魔界は魔物の脅威から身を護らなくてはいけない死の魔境でした。魔界に生息する魔物は人間界のモノとは比較にならないほど危険です」


  「魔界には、そんな魔物たちが蔓延はびこる世界を生き抜かなくてはならない時代があったそうです……」



  カシアスが静かに語る。


  確かアイシスに初めて会った時、魔界は気を抜いたらすぐに死ぬ世界だと言っていたな。

  それは魔界に生息する魔物が脅威となっているからなのか。



  「そして、そんな世界で比較的安全な場所が見つかりでもすれば、そこが奪い合いになるのは自明の理。我々精霊体は死んだとしてもすぐに転生できることから、魔族たちとって命の重さが軽いと思われていたそうです」


  「つまり、安全地帯の奪いになれば優先させるのは命の価値のある魔族であるべきだ。そんな理論のもとで、我々精霊体は魔物と同じように迫害の対象となっていったのです」



  そうか……。

  精霊体は死んだとしても生き返るんだもんな。


  いくら記憶を失うとしても、死にはしないという捉え方もできる。

  魔族側からしたら自分たちよりも命の重みが少ないと考えたのもわからなくもない。



  「やがて二つの勢力のぶつかり合いから、精霊体と魔族の戦争が始まったそうです。《霊魔大戦れいまたいせん》と呼ばれるこの戦争は、両者に多大な被害を出しながらも精霊体たちが優勢だったようです」



  確か昔、アイシスが話してくれた気がするな。

  かつて、精霊体と魔族が争っていた時代があったと。

  そして、その時に精霊体たちが強すぎたため、魔族の魔王たちは派閥を組んで精霊体の魔王に対抗しようとしていると。



  「精霊体が優勢だったのは一人の精霊の活躍があったからです。その精霊とは後の《原初の魔王》——。魔界に魔王という存在を創り出し、魔物たちから身を護るために数々の魔法を広めた存在です」



  《原初の魔王》とは『魔王』スキルを持つ者が魔王となり多くの者たちを護ることができるようになった魔道具を創り出した存在。

  確か、別名は《初代精霊王》——。


  ここで《原初の魔王》が出現したのか。

  しかし、魔道具だけでなく様々な魔法まで広めた存在だったなんて。

  人間界でいう七英雄並み、いやそれ以上の偉人かもしれないな。



  「《原初の魔王》の登場により、霊魔大戦は収束しました。《原初の魔王》は精霊体だけではなく、魔族と共存して魔界で繁栄していくことを望んだそうです」


  「《原初の魔王》のおかげで魔界では魔物たちからの脅威が薄まり、精霊体と魔族の争いも落ち着いたのです。しかし、新たな問題が生まれます」


  「それは、精霊体と魔族が魔界において平和に共存していく上で、魔族側としては精霊体とのパワーバランスを均等にして欲しいという要望がありました。そこで、精霊体たちはそれぞれの種族で決断をしていったのです」



  なるほどな。

  弱い立場の魔族側としては精霊体たちが強くなり過ぎても困る。

 

  魔族側はかつて精霊体を迫害していた事実もある。

  いくら《原初の魔王》が魔族との平和を望んでいたとしても、一人の精霊である以上永遠の命があるわけではない。


  魔族側からすれば、再び精霊体たちと争いになった時に自分たちの身を護るためにも均等なパワーバランスは譲れない条件だったのだろうな。



  「まず、精霊は《原初の魔王》が治める国家に属することで、これ以外の精霊の国家を増やさないという決断をしました」


  「しかし、これは霊魔大戦で多くの精霊が亡くなったため、一つの国家に全ての精霊が暮らせているということ。やがて転生してくる精霊をどうするのかは当時まだ解決案がなかったそうです」



  なるほどな。

  それで魔界では精霊たちが暮らす国家について、精霊王という存在が治めるのが一つあるだけなのか。



  「ちなみに、魔界に転生してくる精霊をどうするのかという問題は後に下界が発見されたことによって、下界に精霊たちを送るということ解決したそうです」


  「しかし、これに関しては魔界の存在が下界に多大な影響を与えかねないということで今では禁じられています」



  どうして精霊体の中で精霊だけが人間界に存在するのか、カシアスの話のおかげでようやくわかった。

  魔界で増えすぎた精霊たちを人間界などの下界に送ったからなのか。


  しかし、この事実の裏にはそんな経緯があったのか……。



  「そして、天使たちに関しては元から個体数が少ないため、一つの国家にまとまることで解決しました」


  「天使たちの国家の問題点としては、天使という種族が他の種族よりも強いため、一つの国家に勢力が集中してしまうという件がありました」


  「しかし、これは天使たちがその力で武力行使はしないと誓い、行動に移すことで解決することになりました。アベル様もご存知かと思いますが、天使たちが下界に派遣されているのもその一環です」



  そういえば天使である女神様とカルアの大森林で会ったな!

  天使たちが下界を魔界のトラブルから守ってくれるというのはそういう誓いがあったからなんだな。


  おれの中で少しずつ謎だったピースが繋がってくる。



  「最後に悪魔に関してですが、悪魔には魔王を立てて国家を創ることが許されなかったのです……」



  カシアスは重たい口調でおれにそう告げるのであった。

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