139話 サラ誘拐事件(2)

  「アベル様! セアラ様が消えてしまいました!」


  サラが消えてしまった……。


  アイシスのこの言葉の意味。

  おれは何を言っているのか理解できなかった。


  彼女の表情を見る限り、ふざけている様子はない。

  至ってまじめな話なのだろう。


  「あら、食堂のお姉さんじゃない。でも……さっきまでいたっけ?」


  ネルが不思議そうにそう尋ねる。

  ケビンも同様に突然アイシスが現れたことに驚いている。


  だが、今はそれどころではない。

  アイシスの話をしっかりと聞かないとな。


  「説明してくれ。何があったんだ?」


  おれはネルたちの疑問は置いておき、アイシスをしっかりと見つめて問いかける。

  それに対して、アイシスはおれにはっきりと告げるのであった。


  「セアラ様の魔力が突然消えました。校内をくまなく探索しましたがどこにも気配がありません」


  なんだと……?


  アイシスは普段から学校内でおれやサラの魔力を感知してくれているらしい。

  もちろん、おれたちの間にある距離によっては範囲的に感じられなくなることはある。

  だが、アイシスはたとえ食堂での仕事中だろうと隙を見つけては転移魔法で距離を詰め、おれたちの状態を監視してくれているらしい。


  そんなアイシスが学校中を探してもサラを見つけられないと言っている。

  サラはリノと違って完全に魔力を隠すことはできないはずだ。

  つまり、どこかへ連れ去られたということ……。


  「最後にサラを認識できた場所はどこだ!!」


  おれはアイシスに問いかける。


  「はい。4限目の講義が終わった後、1年Aクラスの教室にいたのは確認しています」


  つまり放課後になった直後までは教室にいたということ。

  まだそれほど時間が経っていない!


  その後のサラの行動としては自習室の鍵を借りにいくはず。

  1年Aクラスと鍵を借りに行った先生のいる部屋までの道には人がそれなりにいる。

  鍵を借りた後に自習室に向かう道も同様だ。


  そこで人目を気にせずに誘拐するのはナンセンスだ。

  それにアイシスが学校内を探しても何も突き止められないことから、このように犯行が行われた可能性は低い。


  となると……。


  おれは最悪の事態を想定する。


  「転移魔法を使われて拐われた可能性はあるのか?」


  おれはアイシスに問いかける。


  突然消えたというサラの魔力。

  この状況で考えられるのは転移魔法を使って、アイシスが魔法感知できない場所まで一瞬で連れ去られたということ。

  そして、そんなことができるのは魔族や悪魔といった魔界からの襲撃者のみ……。


  頼む。

  そんなことはないと言ってくれ……。


  おれはわらにもすがる気持ちで必死に祈る。

  だが、アイシスの言葉はそんなおれの幻想を打ち砕いてくる。


  「今のところ、その線で対応しています」


  心のどこかはでわかっていた。

  現実はそう甘くないんだ。

  いつだっておれの願いは届かない。


  だが、おれにはやらなきゃいけないことがある。


  「サラは誰に連れ去られた可能性が高いんだ? どこに連れ去られた可能性が高いんだ?」


  そうだ。

  サラが誘拐された可能性が高いなら助け出さないと。

  おれが命に代えても助けないと!


  「強大な魔力が出現した気配はありませんでした。つまり、敵が転移魔法を使えることを考えると、魔力を完全に隠すことができる実力者。魔王クラスの魔族や精霊体の可能性も出てきます」


  魔王クラスの魔族や精霊体だと?

  なんでそんなやつらがサラを……。


  「可能性として考えられるのは十傑じっけつの悪魔。バルバドやカレンをおとしいれようとした存在です」


  十傑の悪魔か……。

  『魔王』スキルを持ち、魔王と同様の強さを誇る十人の上位悪魔たち。


  バルバドさんの気持ちを利用し、カレンさんを苦しめた野郎はその十傑のうちの一人だそうだ。

  そして、Aランク冒険者パーティー『カトルフィッシュ』の四人も被害にあった。


  十傑の悪魔とゼノシア大陸の冒険者ギルドとの繋がりを察知したおれたちだったが、その日のうちに十傑の悪魔と繋がっていたと思われるギルドの怪しい者たちは姿を消した。


  つまり、あちら側からこちらの行動はバレていたということ。

  そして、こちらの情報も渡っているという可能性。

  十傑の悪魔にならサラを誘拐する理由はある。


  クソッ!

  こんなことになるのなら、もっとアイシスにサラの護衛を重点的に頼むべきだった。


  「現在、カシアス様に十傑の悪魔たちの親玉である《天雷の悪魔》のいる魔王城まで向かってもらっています。あの者と対等に会話できる存在は我々の勢力でカシアス様のみですので……」


  天雷の悪魔……。


  確か、魔界に存在する62人の魔王の中で最強の存在。

  そして、十傑の悪魔たちを従える最上位悪魔だ。


  そうか……十傑の悪魔が犯人なんだ。

  そして、そいつのボスは天雷の悪魔。

  カシアスが会いに行けるということは……。


  「アイシス! おれも《天雷の悪魔》のところに連れていってくれ! サラを取り戻すんだ!」


  サラが魔界に連れ去られたのだとしたら、おれも魔界に行くしかない。

  おれはアイシスに頼み込む。

  だが——。


  「それだけはできません! ここはカシアス様にお任せをするしかないのです!」


  アイシスはおれの言うことを聞かない。

  だが、これだけは引き下がるわけにはいかないんだ!


  「頼む! おれは何としてもサラを助けたいんだ!!」


  魔界に行くにはアイシスに転移魔法で連れて行ってもらうしかない。

  どうしても彼女を説得するしかない。


  「死にますよ……間違いなく! それほどあの者は危険な存在なのです!! まだセアラ様が魔界に連れ去られたという確証すらないのです。今はカシアス様に——」


  「そんなこと百も承知なんだよ!!」


  おれはアイシスの言葉を遮る。


  「連れ去られたサラがいつ危険な目に遭うかわからないんだぞ!? 可能性が一番高いなら行くしかないだろ!!」


  そうだ。

  敵の目的だってよくわからない。


  誘拐されたサラがいつまで安全かなんてわからないんだ……。

  どれだけ危険でも、どれだけ無謀でも、大切な人の命には代えられないだろ。


  「ねぇ、あなたたち……さっきから何を言ってるの? セアラちゃんが誘拐? 転移魔法に悪魔? いったい、何の冗談なのよ」


  さっきまで黙っていたネルがおれとアイシスの言葉に疑問を持ち、言葉を漏らす。


  「そうだ。お前、正気か? おれとネルをからかってるのか?」


  ケビンもおれたちの会話に我慢ができず、おれにそう尋ねてくる。

  どうやら二人にはおれとアイシスがドッキリを仕掛けているように映っているらしい。


  「安心してください、アベル様。後でこの二人の記憶は思考誘導で封じておきます」


  アイシスが何も問題がないと告げる。


  「そうか……。全てが終わったら頼む」


  おれとアイシスは融合シンクロしない限り念話で会話ができない。

  だからこそ、周りにも聞こえる声で直接会話をしている。

  悪いがネルとケビンにはアイシスに記憶をいじってもらってこの事は忘れてもらおう。


  「ちょっと! それってどういうこと? セアラちゃんはほんとに拐われたの!?」


  ネルが声をあげる。


  だが、悪いが今は二人に構っている時間はない。


  「二人には関係ないことだ。これはおれたちの問題なんだ」


  これは十傑の悪魔とおれたちの問題。

  こんな危険な事件に二人を巻き込むわけにはいかない。


  すると、急におれの体が衝撃を受けて倒れた。

  体を起こすと、目の前には顔をしかめたケビンが立っていた。


  「お前……それ本気で言ってんのか?」


  どうやらケビンがおれを蹴り飛ばしたようだ。

  その衝撃でおれは地面に倒れた。

  鋭い視線がおれをにらみつける。


  「そうよ! セアラちゃんが危険な状況なら私たちにも手伝わせて! 私たち、友だちでしょ!」


  ネルが倒れたおれにそう声をかける。


  だが、そんなネルたちにおれは非道な言葉を告げる。


  「お前らがいたところで何の役にも立たない。ただ足手まといになるだけだ。だから、黙っててくれ……」


  なんでこんなことになってんだよ……。

  こっちはお前らに気を配るほど余裕はねぇんだよ。


  「てめぇ!!」


  ケビンがおれに殴りかかる。

  だが、おれはそれをいとも簡単に受けとめる。


  「お前らに上位悪魔と戦う覚悟があるのか……? ただの悪魔でさえ人間界ではトラウマになるレベルなんだろ」


  「たった一人で人間界を滅亡させるほどの脅威にお前らは立ち向かう気があるのか? 仮にあったところでお前らに何ができるんだ? わかったら黙っててくれ」


  おれはこんなことを言える自分が嫌になる。

  だが、二人を巻き込みたくない。

  おれだって、二人のことは大切な仲間だと思ってるから……。


  「上位悪魔って何が起きてるの? それに、そんな存在とアベルはどうやって戦う気なのよ!」


  ネルはいまだ状況が理解できていないことに不安を募らせる。

  もしかしたら、おれの心配もしてくれているのかもしれない。


  どうせアイシスが記憶をいじってくれるのだ。

  話したところで問題はないだろう。


  「おれはまだ二人に見せていない力がある。おれはその力を使って死んでもサラだけは助け出すつもりだ。それに、おれは上位悪魔以上の存在である悪魔と契約している。それとここにいるアイシスは上位悪魔だ。」


  突然のおれの告白に戸惑う二人。


  「悪魔と契約? 食堂のお姉さんが上位悪魔? 何の冗談よ。はははっ……」


  ネルが乾いた声で笑う。


  「そうだ。つくならもっとまともな嘘を……」


  ケビンがおれに話しかけた瞬間。

  アイシスが一瞬だけ魔力を解放して二人に見せつけた。


  人間界には存在しない、その圧倒的強者の片鱗を……。


  二人は震え出す。

  目の前にいる上位悪魔に。

  そして、それ以上の存在と契約していると話すおれ自身に——。


  「あなた……世界を滅ぼす気なの?」


  ネルは震えた声でおれに投げかける。


  もしかしたら、もうおれたちは元の関係には戻れないかもしれない。


  「御伽噺おとぎばなしに出てくる悪魔が悪魔の全てだと考えない方がいい」


  おれから言えるのはこれだけだ。

  今はアイシスの善悪を説いている時間はない。

  一刻も早くアイシスを説得して魔界に連れて行ってもらわないとなのだ。


  「やっぱ、あなたってよくわからない人よ……。私たちに理解し得ないことをやってのける人なのよね。悪魔と契約してたなんて信じられない……」


  軽蔑でも何でもしてくれていい。

  サラが助かって、二人が無事でいてくれるのであればおれは二人にどう思われたっていい。


  だが、突き放したはずの二人だったが、彼らはおれの予想外の行動に出る。


  「それでも……やっぱり私はあなたを信じたい! 私にも戦わせて!」


  「そうだ! 足手まといかもしれないが一緒に戦わせてくれ!」


  おれは幻覚を見ているのではないかと自分を疑う。


  この二人は何を言ってるんだ……?

  人間界の常識で考えれば、おれは禁忌を破った罪人であり、アイシスは世界を崩壊に導く存在なんだぞ……。

  それなのにどうして?


  「正気なのか? おれたちが怖くないのか?」


  おれは二人に問いかける。

  おれには二人の考えが全く理解できない。


  「忘れてたよ……。御伽噺の英雄譚は大切だけど、それ以上に人は自分の目で判断しないとってことをね!」


  「おれにはそこの悪魔が善か悪かなんて理解できない。だけど、おれが信頼するお前が仲間だっていうのならおれも信じてみるよ!」


  二人は伝説や言伝えではなく、おれのことを信頼しているからの行動だと話す。

  二人のその決意におれは胸が熱くなる。

  だけど、そんな大切な二人だからこそ、おれは傷つけたくないんだ。


  そして、事態はとある人物の登場で急展開を迎える。


  「あら、こんなところでみんなしてどうしたの?」


  そう声をかけてきたのはサラのクラスメイトである金髪ハーフエルフのアリエルだった。

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