138話 サラ誘拐事件(1)
わたしは思い出していた。
武闘会での決勝戦のことを——。
決勝の相手は最強と名高い3年Aクラスだった。
そして、3番手であるわたしの相手は生徒会長でもある神童レイ=クロネリアス。
そんな相手であったが、わたしは開幕から本気を出していたこともあり、試合は一方的な流れで勝つことができた。
わたしが名だたる強敵たちに圧勝すれば、それだけアベルの株は上がる。
唯一自分を苦しめた相手はアベルだけなのだと観客たちに知らしめたかった。
そして試合が終了した後、わたしはレイ=クロネリアスに話しかけられた。
「できれば、君の弟くんとも戦ってみたかったよ……。でも、僕は今年で卒業だ。彼を打ち破った君とだけでも戦えてよかった」
そう語る清々しい顔の奥には少しばかりアベルと戦うことのできないことへの不満があるようだった。
わたしはこの言葉に引っかかっていた。
レイの印象は戦闘狂のように、とにかく強いやつと戦いたいというタイプには思えなかった。
まるで、最初からレイはアベルに注目していたとしか……。
ちなみに、後から聞いたことだがわたしとアベルが姉弟だということはアベルとの試合中に実況でバラされたようだった。
なんでも、普段食堂で近くに座っている子たちが実況席にタレコミにいったらしい。
まぁ、わたしとしてはそんなことはどうでもよかった。
武闘会の目的は達成できたし、何より嬉しい告白も聞けた。
ふふっ。
そんなことを考えながら、わたしはアベルたちと約束した勉強会に向かおうとしていた。
すると、副担任の一人に声をかけられる。
「セアラさん。少しいいですか?」
声をかけてきたのはフローグ先生。
正直、わたしはこの人のことが嫌いだ。
「はい。なんでしょうか?」
この人はアリエルが武闘会の試合でネルちゃんに負けた時、アリエルにネチネチと嫌味を言っていた。
Fクラスの落ちこぼれ如きに負けるなんてと……。
それにアベルも面接で悪態をつかれたらしく、アベルはこの人を『カエルおじ』と呼んでいた。
アベルの才能を見抜けずにAクラスに入れないどころか不合格にしようとしていたなんて論外だ。
「少し武闘会のことでお話がありましてね。学長がお呼びなのです。一緒に来てもらえませんか? ぐふふっ」
なんだか気味が悪い。
だが、学長に呼ばれているなんて何事だろう?
初めに思ったのは進路についてだ。
武闘会で優勝した上に、自分で言うのもあれだが、それなりに目立ったと思う。
それによって、どこかの組織から卒業後にうちで働かないかとスカウトされるのではないかと思った。
理由はよくわからないが学長に呼ばれているのなら行かなければならないだろう。
アベルたちには悪いが勉強会への参加は少し遅れてしまうかもしれない。
こんな時、リノがいてくれたら伝言をお願いしたのにな……。
「はい。わかりました」
こうしてわたしはフローグ先生とともに学長のところに向かうことにしたのだった。
だが、わたしたちが向かっている場所は学長のところなどではなかった。
わたしは自分の将来について考えながら歩いていた。
こいつに騙されているとも気づかずに……。
◇◇◇
結局午後の座学の時間も先生が何を言っているのかわからなかった。
隣で授業を受けるネルやケビンは先生の話を理解しているようだ。
だからおれも理解している風に装う。
うん、こういうのがたぶんいけないんだよね。
わからないなら自分で調べたり人に聞いたりしないとな。
——ってことで!
これから勉強会をするわけですよ。
おれとネルは自習室を目指す。
サラが鍵を借りに行ってくれているため、早く着いたとしても待たなければならない。
おれとネルはゆっくりと歩いていた。
ちなみに、珍しくケビンも一緒にいる。
どうやら寮に帰るらしく、自習室と同じ方向ということで途中まで一緒にいるのだ。
「テストまであと2週間だな。今日の授業を見ている限り、お前は余裕そうだな」
ケビンの言葉におれはビクリとしてしまう。
いや……あれは余裕をぶっこいているだけで……。
「ケビン、騙されちゃダメ! 私も入学してまもない頃はアベルの授業態度に騙されたものよ」
ネルがケビンに忠告する。
いやいや!
別にあの頃はできる風を装ってないからね?
ただ、授業がついていけずに寝てただけで、それでおれが勉強する必要もないほど優秀だって思ってたネルが悪い!
「そうなのか……。心にとどめておこう」
ケビンがネルの忠告を受けいれる。
「お前ら、好き勝手に言いやがって……。見てろよ! テストでお前らよりいい点取って見せるかんな!!」
おれは二人に堂々と宣言する。
「ほぉ……。もしも、おれかネルのどちらかに負けたらどうするんだ?」
ケビンが少し微笑んでおれに問いかける。
「じゃあ、アベルが好きな子に告白するっていうのはどう?」
ネルがにやにやと笑いながらそう提案する。
「はぁ?」
何だよそれは?
まるで小学生の罰ゲームみたいじゃないか!
「決定だな。頑張れよ、アベル」
ケビンがおれの肩にポンと手を乗せてそう言う。
こいつ、案外ノリノリでいやがる。
「いやぁー、テストの楽しみが増えましたね」
性悪女が楽しそうにそう語る。
おれの承諾もなしに話は進んでいってしまった。
だが、ここで終わるおれではない。
「じゃあ、もちろんおれが二人に勝ったときは二人にも何かしてもらうぞ!」
そうだ。
こんな不平等な賭け、おれは認めないぞ。
「まぁ、いいけど。それで私たちに何をして欲しいの?」
ネルのこの様子。
まるで自分が負けると思っていないようだ。
クッソー。
絶対に負かしてやるからな!
そして、おれは二人の罰ゲームを必死に考える。
だが、なかなか思いつかない。
そこで……。
「よし! じゃあ、二人とも気になっている子にハグでもしてもらおうか!」
おれは勝ち誇る。
側から見たらおれの方が負ける確率は高いのだ。
だからこそ、告白よりも難易度の高いハグにさせてもらったぞ。
だが、二人の反応はおれが想像したものとは違った。
「そんな簡単なことでいいのか?」
「ふふっ、やっぱアベルって中身はお子ちゃまなのね」
えっ?
ええっ!?
もしかしたら、二人はおれの知らないところで恋とかしているのか?
15歳にして恋人がいて、あんなことやこんなことをしているというのか?
圧倒的敗北感……。
おれは精神的に打ちのめされる。
「アベルって可愛いところあるわね」
ネルがおれを見て微笑む。
これがリア充というやつの余裕なのか……。
「告白の言葉を考えとくのも大事だが、留年だけは避けろな」
ケビンの野郎は始まってもいないのにおれが負けるテイで話していやがる。
ちくしょう……。
そんなこんなで、今日もおれは二人にいじられるのであった。
◇◇◇
そして、ケビンと別れる道までやってきた。
おれたちはこのまま真っ直ぐ進み、ケビンは曲がって寮へと向かう。
「それじゃ、また明日な!」
この時おれは、武闘会が終わって平穏が日々がまたやってくるのだと思っていた。
座学の授業やテストといった大変なこともあるけど、それでもおれの学校生活はありふれた日常に過ぎないのだと……。
「アベル様! セアラ様が消えてしまいました!」
突如おれたちの前に現れたアイシス。
彼女の顔を見ればその必死さがわかる。
この唐突の出来事に、おれは時間が止まったような感覚に襲われた。
サラが消えただと……?
アイシスは何を言っているんだ……。
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