137話 見てはいけないもの

  おれとネルは昼食にいつもの食堂を訪れる。

  アイシスの働く『食堂カルパネラ』にだ!


  ここでいつものようにサラを含めて三人で昼食を取るのだ。

  それは武闘会の前後で変わることはなかった。


  もちろん、武闘会の前はどんな訓練をしているのかとか、どんな作戦でどんな順番で戦うのかとかは話さなかった。

  普通に雑談をしていたのだ。


  そして武闘会を終えた今、ピリピリとしたライバル関係も消えたことだし、楽しくランチができるのだとおれは楽しみにしてた。


  ちなみに、ケビンもこの『食堂カルパネラ』に来ているのだが一緒に食事を食べたことはなかった。


  ケビンはサラと親しくないということもあるし、何より食事はすぐに済ませて、残った昼休みの時間は訓練に費やすというストイックな生活をしているのだ。

  うん、おれには到底マネができないな。


  そんなこともあり、いつものように三人で昼食を取ろうと思っていたのだが……。


  「サラ、なんでアリエルがここにいるんだ?」


  当たり前かのようにサラの横に座るハーフエルフの美少女。

  1年Aクラスのアリエルがおれたちと食事を取ろうとしていた。


  「はぁ……」


  ため息を吐くサラ。

  そして、ニコニコとしているアリエル。


  「あら、アベルくん! お姉さんの名前を覚えててくれたのね!」


  アリエルはおれを子ども扱いしながら、そう話しかけてきた。

  まぁ、確かにおれの方が2歳年下ですからね。


  だが、おれは知っているぞ!

  上手く隠しているが、この目は獲物を狙う目だ!

  おれに言い寄ってきた女子生徒たちと同じ雰囲気を感じる。


  これは……武闘会を通しておれに訪れたモテ期!?


  ではなく、玉の輿を狙うハンターたちなんだよな。

  とほほっ……。


  まったく嬉しくない武闘会の副産物だぜ。


  「あら、なんでよそ者のあなたがこんな所にいるのかしら? 席を間違えていてよ。オホホホッ」


  ネルが赤の他人に対してするような、優しい言葉でアリエルに毒を吐く。


  まるで他人行儀。

  知らずにおれたちの縄張りに入ってきてしまった子を諭すように伝える。


  しかし、おれは知っているだ。

  この二人には何かしらの因縁があるのだと……。


  「あらあら、これはこれは〜。どこかで見た顔だと思っていたら、あれだけ嫌っていた人間にしっぽを振って魔法を教えてもらった泣き虫のネルさんじゃないすか〜、おほほほっ」


  あぁ……これは荒れる予感だ。


  おれの直観がそう告げている。


  「ねぇねぇ! 見なよ、あの席! 武闘会で一番盛り上がった試合をした1年Aクラスと1年Fクラスの代表メンバーがいるよ!」


  「ほんとだ! あの四人、一緒に食事をしているなんて仲がよかったのね」


  何だか周りの生徒たちが話題の人たちを見つけ、興味津々な瞳でこちらを覗く。


  だが、周りが思ってるほど良い関係ではなさそうだ……。


  「あぁん? なんだとゴラァッ?」


  ネルがヤンキーばりの口調と構えでアリエルの制服の胸ぐらを掴む。

  テーブルに足を乗せ、アリエルをたぐり寄せる。


  えっ……。

  えぇぇぇぇっっ!?


  どうしたんだネル!!


  おれは初めて見るネルの姿にびびってしまう。

  そして、思わずネルから視線をらす。


  これはきっと見てはいけないやつだ。

  おれは何も見ていない、何も見てないぞ!


  後でネルに何か聞かれてもおれは何も見ていないと即答しよう。

  そう心に決めたのだった。


  「きゃー、こわいわー。アベルくん、お姉さんを助けてー」


  明らかに棒読みとも取れる口調でおれをチラチラと見てくるアリエル。

  おれはこの状況に戸惑ってしまう。


  えっ、えっと……。

  おれはどうしたらいいんだ?


  ネルを止めたらいいのだろうか。

  それともアリエルに発言を取り消すように言った方がいいのだろうか。


  あたふたして何もできないおれ。

  困り果ててしまっていた。


  すると、今まで黙っていたサラが口を開く。


  「アリエル……いい加減にしなさい。それとネルちゃん、お行儀が悪い。あと、言葉づかいに気をつけなさいって私言ったよね?」


  二人はこの言葉を聞いた瞬間、明らかに背筋が震えていた。

  そして、何事もなかったかのように姿勢を正し、自分の席に大人しく着席した。


  もしかしたら、おれが一番見てはいけなかったものはこれだったのかもしれない……。


  おれとネルとアリエルは借りてきた猫のように静かになる。

  そして、この場に沈黙が流れた。


  周りの生徒たちの声がよく聞こえるな……。


  「なんだろ? すごいおごそかな雰囲気ね」


  「きっと、貴族であられるアベル様がいらしてるからよ!」


  いいえ、みなさん違いますよ。

  ぼくたちはご機嫌斜めのセアラ様がいらっしゃるから静かにしているのですよ。

  そこのところ、ご勘違いなくお願い申し上げます。


  「それにしても、アベル様ってお付き合いされている方がおられるのかしら?」


  「もしかしたら、あの中にいらっしゃったりして」

 

  確かにおれは今、三人の美少女に囲まれていてハーレムに見えるのかもしれない。

  目の前にはサラ、隣にはネルがいて、斜め前にはアリエルだ。


  そこらへんの男子生徒が見たら羨む光景かもしれない。

  だが、真実は違うのだ。


  おれを騙して無理やりケビンと引き合わせたり武闘会に出したりする女に、玉の輿狙いで武闘会が終わった後に寄ってきた女、それと義理の姉ですよ?


  これをハーレムと呼ぶやつがいるのなら、おれが前世の記憶を頼りに本物のハーレムというやつを教えてやろう!

  『てぇてぇ』としか言えない体にしてやるぜ。


  「そうね。可能性としてはクラスメイトのネルちゃんが有力なのかしらね?」


  おれたちの耳に一人の女子生徒の言葉が入る。

  これに対して、隣に座るネルがびくりと震える。

  そして、すかさずサラに話題を振る。


  「セアラちゃん、そういえばね! アベルがまた愛しいセアラちゃんに勉強を教わりたいんだって!」


  ネルの必死さがひしひしと伝わってくる。


  ネル、お前は本当にいいやつだった。

  ネルという友人がいたこと、おれは忘れないよ。


  サラの怒りのいかづちがネルに落ちると思ったおれは心の中で彼女に別れを告げる。

  だが——。


  「はぁ……。しょうがないわね。アベルは私がいないとほんとダメなんだから」


  サラは特に怒っている様子もなくらそう答える。

  まぁ、おれに対して少しだけあきれられてしまっているのが悲しいところだが……。


  「あっ、ありがとね。サラのおかげで勉強も頑張れそうだよ。はははっ……」


  こうしておれたちは少しだけ気まずい雰囲気の中で食事をした。


  そして、今日の放課後からまたサラとネルに勉強を教えてもらうことになった。

  これでテストも乗り越えてやる!!


  ちなみに、アリエルがサラと一緒にやってきたのはおれに魔法剣士としての話をいろいろと聞きたかったらしい。

  まぁ、今日はそんなことを話せる雰囲気じゃなかったし、それはまた今度ってことで。


  そんなこんなで、おれたちは放課後の勉強会を迎えるのであった。

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