136話 学校なのでテストがあるようです

  おれの学生生活がはじまってもう数ヶ月——。

  昨日は武闘会という王国を挙げてのビッグイベントがあって学校中が盛り上がっていた。


  それはおれたち1年Fクラスも例外ではなく、歴史に残る一勝した上に優勝した1年Aクラスを一番苦しめたということで、観客たちを含めクラス全体で盛り上がった。


  有名になってしまったことによる弊害も想像以上にありはしたが、まぁそれ以上に実りがあった武闘会だったと思うし、おれは満足している。


  だが、そんな楽しいことの後には大変なこともあるのだ……。



  祭典の後は片付けがつらいだろうって?



  いやいや、武闘会の後片付けは職員さんたちがやってくれるから良いのだ。

  そうじゃない。

  学校生活において一番恐ろしいものがやってるのだった……。




  ◇◇◇




  「いやー、武闘会ほんとに楽しかったね!」


  ネルが昨日、一昨日にあった武闘会を思い出しておれたちにそう語る。


  午前の一限目の座学の授業が終わり、おれたちは実技の授業を受けるために移動をしている。


  昔はネルと二人きりだったが、最近ではケビンもいて三人で一緒に授業を受けている。

  本当はもっといろいろな生徒たちと関わりを持った方がいいのかもしれないが、おれはこの三人でいるのが好きなのだ。

  それを無理に壊すことはないだろう。


  「ネルのアリエル戦は完全にアウェイだった雰囲気をひっくり返すほど盛り上がったからな。試合中はさぞ気持ちよかっただろう」


  ケビンがネルにそう話す。


  確かにうちの1年Fクラスが観客たちの気を引きつけた一番の要因はネルが雷属性魔法を操ってアリエルと真っ向勝負したことにあるだろう。

  それまでうちのクラスには罵声の嵐だったからな、ははっ。


  「そう! いやー、あれはほんと最高だったよ! なんていうんだろうね? 身体中がゾクゾクしてた!」


  ネルが楽しそうに武闘会の出来事を思い出して話す。


  なんだかネルの笑顔も変わったよな。

  今考えれば、入学した頃は笑顔を作っていた気がする。


  こんな風にネルが喜んでくれるのを見ると、おれも協力してよかったと思えるな。


  「私はまだ無敗記録があるからね。来年、再来年もこの記録を守り続けるつもり!」


  そういえばネルは1回戦の魔法使い相手にも、2回戦のアリエルにも勝っていたな。


  「おれは1勝1敗だから3年間の無敗記録はもう無理だな。あの王子にさえ勝てていれば……」


  どうやら無敗記録とやらは割とみな気にするらしい。

  それにしてもケビンがこういった記録にこだわるなんて珍しいな。

  それほど無敗記録というのは重要な指標の一つなのかもしれない。


  「まぁ、おれも1勝1敗だから無敗記録はもう達成できないな」


  おれも二人の流れに便乗してこう発言した。

  すると——。


  「アベル、何言ってるのよ? そもそもあなたは1勝もしてないでしょ」


  ネルが不思議そうな顔をしておれにそう告げる。


  あれ?

  確かにサラに負けたけど、1回戦はおれ勝ったような気がするんだけどな……。


  「二人とも忘れてるのかもしれないが、おれは1回戦でしっかりと勝ったぞ?」


  活躍して目立っていた二人と比べるのは悪いが、おれもしっかりと勝利をもぎとったのだ。

  こればかりはわかっていてもらわないとな。


  だが、これはおれの思い違いだったようだ。


  「あんな不戦勝を勝ち星に入れるのか? 見損なったぞ」


  ケビンが少し強めの口調でおれにそう言ってくる。


  えっ?

  不戦勝も立派な勝利じゃないの?


  「アベルは武闘会で0勝1敗よ! 私たちの中で唯一負け越してるんだから来年がんばりなさいよね」


  二人はおれの勝ちを認めてくれず、ネルはおれに激励の言葉をかける。


  サラとの試合の後はあんなにおれを褒めてくれたのにな。

  少しだけ悲しくなってしまった。


  まぁ、来年はしっかりと戦った上で勝利をあげよう。

  そうすれば二人ともおれを認めてくれるはずだ。


  おれはひそかにそう心に誓うのだった。


  「来年も話もいいが、お前はしっかりと勉強をしているのか?」


  ケビンがおれに問いかける。


  ケビンの中でおれはおバカキャラなのだろう。

  まぁ、あながち間違っていないから言い返せないのだが……。


  「進級できないなんてなったら笑えないぞ?」


  ケビンの言葉におれはハッとする。


  そうだ。

  この学校は普通に留年がある。


  たいていの場合は留年したら退学してしまうらしいが、うちのクラスにも留年生は数人いる。

  おれも来年ああになってしまっては困る。


  特におれは今年の武闘会で一躍有名人になってしまったのだ。

  後輩たちになんであの人がまた一年生をやっているんだと思われてしまうのは恥ずかしい。


  「こっ、これからやるよ!」


  前は放課後にサラとネルと勉強会をしていたが、武闘会に向けての自主訓練がはじまってから勉強会はなくなってしまった。

  もう一度サラにお願いして勉強を教えてもらわないとな。


  正直、勉強会があったときは頭が良くなった気でいたが、勉強会がなくなってからの授業はまたチンプンカンプンだったのだ。

  早くなんとかしないとな!


  「まぁ、それは私とアベルの愛しいセアラちゃんが何とかするから安心してよ!」


  ネルがニヤニヤとしながらケビンにそう伝える。


  こいつ、おれをからかいやがって……。


  だが、おれはネルにも勉強を教えてもらう身。

  ネルに歯向かうことはできない。


  「お前も重度のシスコンだったもんな。その愛の力でなんとかしてくれ」


  ケビンはあきれたようにそう話す。


  いや、おれはシスコンじゃないからな?

  てか、サラは姉であって姉じゃないのだ。

  これはシスコンとは呼ばぬ!


  そんな風に武闘会の勝利数や勉強のこと、サラのことでイジられながら、おれたちは次の授業へと向かったのだった。




  ◇◇◇




  これは武闘会が終わった夜の話——。



  カルア王国の王城の密室。

  この王国の王子であり、武闘会で優勝を果たしたアルゲーノは父親である国王ダリオスに呼び出されていた。


  アルゲーノは怯えていた。

  これから父親から叱責を受けるのだと。


  そして、ダリオスは不機嫌そうに息子に告げる。


  「いったいなんなんだ? おれは武闘会に出るのなら、王家や私の名を傷つけるのは避けるように言っていたはずなのだが……」


  ダリオスからは強い魔力が放たれる。


  ダリオスはかつてレイ=クロネリアス同様に神童と呼ばれカルア高等魔術学校に早期入学した実力者。

  さらに武闘会でも自らの手でクラスを二度の優勝に導いている。


  そんな父親から失望され、威嚇されるアルゲーノ。

  いや、最初から失望されるほど期待などされてはいなかった。

  しかし——。


  「お前はなんだ? おれをおとしめたいのか?」


  「とんでもございません! わたしは父上殿に対してそのようなことなど!」


  アルゲーノは必死でダリオスの言葉を否定する。


  アルゲーノは武闘会の最中からこうなることは分かっていた。


  まずケビンという獣人相手に正面から正々堂々と戦わなかった。

  そのため巻き起こった観客たちからのブーイングの嵐。

  アルゲーノはこの瞬間に父親に殺されると思ったのだ。


  そして、その後は剣術のみでケビンと戦うことに決めた。

  しかし、不覚にもケビンに敗れそうになってしまった。


  幸か不幸か、ケビンが力尽きてくれたおかげで負けることはなかった。

  だが、観客たちの心はケビンに完全に持っていかれた。


  さらに、追い討ちをかけるように3番手のセアラの存在。


  彼女は可憐な見た目と規格外の実力を持つ少女だった。


  自分の存在を空気にしてしまうかのような観客たちの熱狂。

  セアラは完全に武闘会においてアイドル的な存在となっていた。


  アルゲーノは優勝した。

  しかも、3勝無敗と成績も悪くない。


  だがこの数字とは別に観客たちの、そして各国からやってきた要人たちのアルゲーノに対する評価はそれほどよくはなかった。

  全てをセアラに持っていかれてしまったのだ。


  父親であるダリオスが虫ケラ程度には持っていた自分への愛情も失ったと思った。

  そして、この人に殺されると……。


  「わたしは……死をもって償った方がよろしいのでしょうか……?」


  アルゲーノは震えた声でダリオスに尋ねる。

  まだ死にたくない。

  まだ生きたいと切なく願って……。


  それに対してダリオスは答える。


  「お前がいなくなったところで何か変わるのか? おれは不必要なことはしない主義だ」


  アルゲーノはこの言葉を聞いて安心する。

  なんとか生きながらえることができたのだと。

  まだ自分にとって存在する意味はあるのかもしれないのだと。


  だが、ダリオスの言葉はここで終わりではなかった。

  この言葉には続きがあったのだった。


  「だが、あのセアラという少女は別だ…….」


  アルゲーノはこの言葉を聞いて生きた心地がしなかった。

  まさか、この人は自分の愛するセアラに何かしようとしているのかと。


  「賢者テオの血を引くわけでも、この王国の出身でもないやつが出しゃばりすぎたな。可哀想だが、あの女には消えてもらおうとしよう。クックックッ……」


  アルゲーノは心のどこかで恐れていた。


  この王国の王族や貴族たちはテオ様をここまでするかと言うほど信仰している。

  ライアン様とフレイミー様の末裔であるローレン家のセアラが武闘会で活躍すれば、大衆にはウケるかもしれないが、王族や貴族からは反発を受けるのではないかと……。


  「おれの決定に何か文句があるのか……?」


  ダリオスはその冷酷な瞳で息子であるアルゲーノに尋ねる。


  逆らうことなど許されない。

  彼は、悔しいが従うことしかできなかった。


  「いえ、わたしは父上殿の意向に従うのみです……」


  アルゲーノはダリオスに従わねばならない現在と、セアラを助けたい欲望の板挟みにあうのであった。

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