134話 アベル婚約宣言

  「すみません。思わず止めに入ってしまいました……」


  ハリスさんが申し訳なさそうな表情でおれに謝る。


  あれ?

  あの威力の魔法ってセーフのラインだったの?


  確かに防御魔法が使えるだけの魔力が残っていれば致命傷は防げただろうし、ルール的には戦闘続行ができただろう。

  だが、おれの魔力は尽きていたし、あれ以上戦うのは無理そうだったからハリスさんの判断はありがたかった。


  「いやいや! おれはもう戦えそうにありませんでしたし、止めてもらってよかったですよ!」


  おれは慌ててハリスさんにそう告げる。

  もしもハリスさんがおれを守ってくれなかったら大怪我では済まなかっただろうしな。


  そして、敗れたおれのもとにサラがやってくる。

  悔しいけど、負けてしまったな。


  「おめでとう。流石おれのライバルだ。悔しいけど、次はおれも負けないよ!」


  おれはサラにそう伝える。


  サラとは毎朝模擬戦をやっているのだ。

  お互い本気を出せば今のような熱戦を味わえるかもしれない。


  審判はアイシスにお願いしよう。

  危なくなったらハリスさんのようにアイシスに止めに入ってもらうのだ。


  するとサラは少し驚いたような表情を見せた。


  「つっ、つぎは闇属性魔法も使いなさいよ! これでアベルに勝っただなんて私は思ってないんだからね!」


  サラはそう言うとサッサとこの場を後にしてベンチへと戻っていった。


  まぁ、確かにおれは補助スキルで『闇属性魔法強化』を習得しているから闇属性魔法を使えばもっと戦い方は変わってくるだろう。

  今度サラと戦う時はおれの闇属性魔法がどれほどやれるのか試してみるのもいいかもな。


  そして、おれもベンチに戻ることにした。

  ケビンやネルにあれだけ豪語しておいて負けて戻るのは気がひけるが仕方ない。

  この結果はしっかりと受け止めないといけない。


  だが、ベンチに戻って二人がおれにかけた言葉は意外なものだった。


  「すごかったよアベル! あれがアベルの本気なのね! いやぁー、私もまだまだ負けてられないな」


  「お疲れ。いいものを見せてもらったぜ。来年の武闘会が楽しみだな!」


  負けて戻ってきたおれに対して、二人は責めるようなことは言わなかった。

  そして、おれの先ほどの試合を称賛してくれる。


  「怒ってないのか? おれは負けたんだぞ! あれだけ二人に偉そうなこと言っておいて、おれは……」


  申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


  ネルもケビンも優勝にこだわってここまで頑張ってきた。

  それなのにおれが二人のその夢を壊してしまった……。


  すると、二人はすかさずおれに返事する。


  「いやいや! なんでアベルに怒るのよ! 相手が悪すぎたんだよ。あのセアラちゃんに勝てる人なんていないね。アベルはよく戦ったよ!」


  ネルは興奮気味におれに熱く語る。

  少しだけこの熱気に押されてしまう。


  「ネルの言うとおりだ。あの子に勝てるやつなんてこの学校には存在しない。あのレイ=クロネリアスでも無理だろう。お前はよくやったよ。それに上を見てみろ! お前を悪く言うやつなんて一人もいないだろ?」


  ケビンは上の応援席を指差してそう話す。

  おれは応援席の方を見上げるとクラスメイトたちが言葉をかけてくれていることに気づく。


  「アベル! すごかったぞー」


  「アベルくーん、お疲れさまー!!」


  「アベルくん、カッコ良かったよ!」


  クラスメイトたちが次々にお褒めの言葉をかけてくれる。

  あまり絡んだことのないクラスメイトたちから言われるとなんだか照れ臭いな。


  「おれもネルもお前のおかげで強くなれた! それに、お前がとんでもないやつだってこともわかった。来年は絶対優勝しような!」


  「今年はFクラスが十分話題になれたし、一応は目的達成ね! 来年、再来年は優勝よ!! もちろん、来年もこの三人で出るよね?」


  楽しそうに明るい表情で未来を語る二人。


  振り返ってみれば練習も含めて楽しい武闘会だったな。

  無理やり代表メンバーに選ばれて渋々参加した武闘会だったけど、おれとしては参加できて良かったと思う。


  「もちろん! 来年は三人で優勝しような!」


  こうして、おれたちはアリーナの試合場を後にするのだった。




  ◇◇◇




  今日はあと1試合で終了。

  ベスト8以降の試合は明日行われる予定だ。


  おれとケビンとネルはアリーナの一階を意味もなく歩いていた。


  「これから二人ともどうするんだ? 特に上で試合を見たりはしないだろ?」


  おれは二人に尋ねてみる。


  次の試合は1年Eクラス vs 2年Bクラスだ。

  これは特に観たいようなカードではなかった。


  「おれは久しぶりに親戚に挨拶しに行こうかな。どこかのお節介野郎がわざわざこっちまで呼んでくれたみたいだしな」


  ケビンがおれの方を見つめてそう告げる。


  お節介野郎とはおれのことだな。

  うん、完ぺきにおれがケビンの親戚たちを呼んだとバレている。


  おれが父さんに直々に頼み、お金を出してもらってケビンの親戚たちには遠くから来てもらったのだ。

  せっかくだからゆっくり楽しい時間を過ごしてもらいたい。


  ちなみにネルの両親も呼んだのだが、『夢を叶え、優勝して帰ってこい。それまではそっちで精進しなさい』と伝言だけ頼まれて両親は来てくれなかった。

  なんともネルの親らしく、こだわりがある人たちなのだとおれは感じた。


  どうやらネルはもう両親と三年以上会ってないらしい。

  ネルのためにも来年は優勝して家族に合わせてあげたいな。


  そんなネルを見ると、彼女もまた話し出す。


  「あっ、私は行くところがあるからごめんね! アベルは……マルクス大臣のところへでも行ったら?」


  ネルは用事があるらしい。


  うん、これはぼっち確定か……。


  いや、違う!

  これは解散しただけなのだ。

  決して友だちがいないというわけではない!


  とりあえずおれたち三人はここで別れ、各々の行くべきところへと向かった。


  あっ、おれは父さんたちと所に向かったよ!

  家族と過ごす時間は大切だもんね。




  ◇◇◇




  そして、二階に上がり貴族エリアの観客席へと向かおうとした。

  すると——。


  「きゃー! アベル様よーー!!」


  「アベルくん! サインください!!」


  「アベル様、どうやったらあんな魔法が使えるようになるんですか!?」


  二階に上がるとすぐ、お客さんたちにつかまってしまった。

  どうやら先ほどの試合を観てくれた方々らしい。


  そして、話題になったのか次々と観客たちが押し寄せてくる。


  「彼女は? 彼女はいるんですか!?」


  「わたし、今フリーです! アベルくん、2番目でも3番目いいです! 交際を前提にお友だちから——」


  これはファンなのか?

  女性たちがすごい押し寄せて来た。


  「ちょっ、ちょっと……」


  おれはいくつもの香水のかおりに埋もれ、意識が飛びそうになる。



  そして、事態を重く見たのか武闘会運営委員会の屈強な生徒たちによっておれは救出された。

  あやうくファンたちに押し潰されるところだっぜ。


  「大丈夫でしたか?」


  屈強な男Aがおれに聞いてくる。

  制服を着ているあたりこの学校の生徒なのだろう。


  それに、腕にワッペンのような物もしている。

  これは武闘会運営委員の証だ。


  「助かりました。ありがとうございます」


  おれは息を切らせながら感謝の意を伝える。


  「アベル様は将来有望な貴族様ですからね。ああいったやからが今度も現れることになるでしょう。二階を歩かれる際は十分お気をつけください」


  屈強な男Bがおれにそう告げる。


  そうか!

  おれも一応は貴族の息子だもんな。


  それにさっきの試合の実況でヴェルダン家のマルクス大臣の息子だとバレている。

  それでおれに取り繕うとする女の子たちが急に現れたのか……。


  ちきしょう!

  ようやく来たモテ期だと思ったじゃないか!


  「あの……ちょっと貴族エリアまで行きたいのですがボディーガードを頼めますか?」


  おれは先ほどの押し寄せる女性たちがトラウマとなってしまい怖くなった。

  そこで屈強なる運営委員のお二人にボディーガードを頼んでみる。


  「大丈夫ですよ。アベル様もご家族とお話しされたいことでしょう。私たちでよろしければ喜んでお引き受けいたします」


  おぉ!

  ありがたい、これでなんとかなりそうだ。


  「ありがとうございます! あと、そんなかしこまった言葉づかいじゃないて大丈夫ですよ」


  うちの生徒ということは同学年か先輩なのだ。

  どちらにしてもおれに敬語で話す必要はない。


  実況でバラされてしまったがおれは早期入学の子どもなのだ。

  おそらくおれの方がこの人たちより年下なんだからな。


  しかし、二人は納得しなかったようだ。


  「とんでもありません! アベル様は殿上人てんじょうびとでございます! 本来ならば、我々如きが気安く話しかけることすら無礼に値します!」


  ほへぇ?

  なんだかたいへんなことになってるな……。

  これはあれか、武闘会の活躍の弊害というやつなのか?


  おれはこの状況に戸惑いながらも、運営委員の人たちのおかげで貴族エリアまでたどり着くことができた。


  「セバスチャン!!」


  おれは貴族エリアに到着するなり、うちの執事のセバスチャンを呼ぶ。

  すると、セバスチャンも気づいたようだが、他の貴族たちも気づいたようだった。


  そして——。


  「アベルくんじゃないか! 先ほどの試合は見事だったよ。それで急な話なんだが、今度よかったらうちに遊びに来ないか? うちにも君くらいの女の子がいてねー、仲良くなれると思うんだ!」


  「ちょっ! ベレス殿、抜け駆けは許しませんぞ! アベルくん、うちにも娘が三人いるんだがね、よかったら今度会ってみてはくれないか? もちろん、うちの娘はみな可愛いぞ」


  「あぁー!! わたしもわたしも!!」


  「……」


  おれは絶句してしまう。

  貴族エリアに来たら来たらで、今度は貴族たちがおれに娘をアピールする時間がやってきた。


  今朝おれがここに来たときはみなおれに気づいても見向きすらしなかったのにな。

  これが武闘会の影響というものか……。


  これに気づいたのか父さんと母さんがやってくる。

  そして、父さんはおれに群がる貴族たちに向けて話し出す。


  「えー、みなさん! うちのアベルには既に相思相愛の婚約者がいるのです! ですので、彼女を傷つけないためにもあまりみなさんの子女と引き合わせるようなことはしないで欲しいのです」


  んんっ?

  相思相愛の婚約者!?


  「マルクス殿! そんな話今まで聞いてないですぞ! それは本当の話なんですか?」


  「私たち、そんな話一度も聞かされていませんよ? どちらのお嬢さまとご婚約なさっているのですか?」


  父さんの言葉にほとんどの貴族たちは納得して諦めたような表情になったのだが、一部の貴族は諦めていないようだった。


  父さんの話を作り話だと思っているのだろう。

  まあ、実際おれは婚約なんてしていないし、作り話なんだけどね。


  「それについては本当に申し訳ないと思っています。何しろ身内との婚約なのですからね」


  父さんの発言に周りの貴族たちの頭にはハテナマークが浮かんでいる。


  父さん……それってもしかして……。


  「ほら、アベル。お前の口からもみなさんに言っておきなさい!」


  父さんはニヤニヤと笑みを浮かべながら小声でおれにそう伝えながら体を突いてくる。


  やっぱ父さんが言ってるのってあれのことだよな。

  大きくなってお互い好きだったらって前に話していたことだよな。


  おれは顔を赤らめながら父さんや母さんと再会した日を思い出す。

 

  「アベルくん、本当に婚約者なんているのかい?」


  さっきからしつこく迫ってくるおじさんがおれに尋ねる。

  あまりにうっとうしかったので、おれも本心をハッキリと伝えることにした。


  そして、おれは照れながらも大声で叫んだ。


  「おれはセアラ=ローレンさんという素敵な方と婚約しています! それに、お互い好きあっています!! なので、ぼくは側妻などは求めていません!!」


  言ってしまった……。


  辺りに沈黙の時間が流れる。

  周りの貴族たちは驚きの顔で固まってしまっている。


  おれは自分で言っておいて恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。

  熱い、熱いよ!


  父さんと母さんはニコニコと笑って満足そうだ。


  そして、一人の貴族らしきおじさんがつぶやいた。


  「なるほどね。それで娘というわけなのか……」


  おれにはこの人の発言の意味がわからなかった。

  だが、嬉しそうに笑っているのを見て悪い人ではないんだろうと思うのであった。



  ちなみに、このとき近くで物陰に隠れて少年の告白を聞き、顔を赤らめていた藍色の髪をした少女がいたことは、父さんや母さんといった一部の者しか知らないのであった。

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