128話 ケビンの決意(2)

  高等魔術学校に入学して最初に待っていたのはアベルとかいう貴族の息子との再会だった。


  「あっ……」


  あっちもおれに気づいたようだが、もうトラブルはごめんだ。

  しかも、冷静に考えれば相手は推薦枠を持っている貴族の息子なのだ。


  おれは手を出さずに大人しくすることにした。

  だが、三年間もあいつと同じクラスだと思うと嫌気がさした。


  「クソッ……。最悪だ」


  最悪の学校スタートだった。

  そして、さらにおれのイライラは募っていく。


  放課後に学校の敷地内にある訓練場などの下見を終え、寮に帰ろうとしていたら一人の女に出会った。


  「やっほー、ケビン! ケビンも寮なんだね」


  知らない獣人の女だった。


  入学したばかりのおれに知り合いなどいない。

  だがおれの名前を呼んでいる以上、どうやら人違いではなくおれに声をかけてきたようだ。


  「あっ、私ネル! ちなみにケビン同じFクラスの一年生だよ! ケビンはアベルと知り合いなんでしょ? アベルってどんな子なのよ」


  この自称クラスメイトのネルという女は初対面から馴れ馴れしかった。


  アベルというのはあの人間の貴族のことだ。

  こいつ、おれがあいつのことを嫌っているのを知っていて尋ねているのか?


  「おれに聞くな! おれはあんな恵まれた貴族のボンボンのことなんて知らねぇし、ああいう人間が大っ嫌いなんだよ!!」


  おれは初対面だったネルにブチ切れた。


  「なぁーんだ。アベルの言うとおりだったのか。何かわかると思ったんだけどな。ざんねん」


  ネルは特におれにひるむこともなくもガッカリしたような表情になる。


  こいつはおれが怖くないのか?

  同じ獣人といっても男のおれの方がチカラはあるんだぞ?


  「お前はいったい何がしたいんだ? 用がないならおれは行くぞ!」


  とにかくムシャクシャしていたのではおれはこの場から離れることにした。

  すると、ネルは去り際のおれに声をかける。


  「あっ、あと……。あんたの価値観に口を出すつもりなんてないけど、私はアベルを恵まれてるなんて思わないよ」


  だからどうした?


  距離感の掴めないウザい女。

  それがおれにネルに持った第一印象だった。




  ◇◇◇




  そして、授業の日々が始まった。


  村で一人鍛錬してきたおれは周りのレベルの高さに驚いた。

  これがカルア高等魔術学校か……。


  Fクラスでこのレベルなのだとしたら、Aクラスはどれほどの実力の持ち主たちが集まっているんだ?

  おれは本当に武闘会で活躍なんてできるのか?


  急に不安がおれを襲ってきた。

  想像以上の高い壁に、それでもやらなきゃいけないという使命感はある。

  だが、その成功のビジョンが見えなかった。


  ある日の放課後、おれはドーベル先生のもとを訪れた。


  「なぁ、先生。おれ、先生には感謝しています。でも、教えてください! なんであの時おれなんかを合格にしてくれたんですか? おれより優秀なやつなら他の受験生にもっといたんじゃないですか?」


  特別選抜の合格者はおれとアベルの二人しかいなかった。

  つまり、無理に何人も取る必要はなかったということだ。

  なんで凡人のおれなんかをこの人は合格にしたんだ?


  するとドーベル先生は答える。

 

  「私が貴方に興味を持ったから。育ててみたいと思ったから。それだけじゃダメですか?」


  答えになっていない。

  そんな曖昧なもので入試が行われるわけがない。


  きっと、ドーベル先生は何か理由があったはずだ。

  獣人であるおれを利用して何かするつもりなんだ!


  悪いクセがでていた。

  人間であるドーベル先生に対しておれはあらぬ疑いをかけ、にらみつけていた。


  「ふっ、正直に言いましょうか」


  おれの様子に気づいたのかドーベルはふっと笑って語ってくれた。


  「私はその瞳にとても強い意思を感じたんです。君は将来きっと良い騎士になる。だが、その道はこの王国では簡単に与えられるものではない。だから、私がその道を作ってあげたいと思っただけです。まぁ、この道をどう進むかは貴方次第ですけどね」


  ドーベル先生の言葉でおれは目が覚めた。


  あの頃のおれは本当に必死だった。

  何があろうと村のみんなのために何とかしないとって思ってがむしゃらに生きていた。

  それが今はどうだ?


  くだらない現実におれは囚われてしまっていた……。


  周りのレベルが高いことなんて入学する前からわかっていた。

  自分が天才ではないことも入学する前からわかっていた。

  それが改めて目に見えただけではないか。


  おれの気持ちはあの頃からこれっぽっちも変わっちゃいない!


  「ありがとうございます! おれ、先生が用意してくれた道、これからしっかりと走っていきます!」


  おれは再びがむしゃらに努力していくことを誓った。

  授業だけでなく放課後や休みの日に時間があれば冒険者ギルドに通って、生活費を稼ぎながら実戦感覚も身につける努力もした。



  そしてある日、おれはクラスでホンモノの天才を見つけた——。



  魔法実技の時間、何気なくクラスメイトたちが騒いでいたので様子を見ると、どうやらアベルが実技に初参加するようだった。


  座学のときは寝ており、実技のときは勉強してるフリ、それでカルア高等魔術学校の卒業が手に入るのだから貴族様は恵まれてるもんだなとおれは思っていた。

  一応魔法の実技も出席してますアピールのパフォーマンスとして頑張っているフリをするのだろうとおれは思っていた。


  すると、やつは何と無詠唱で魔法を発動し、的をこっぱ微塵みじんに粉砕しやがった。

  あんな威力の魔法、入学してから一度も見たことない。


  おれは驚いて魅入みいってしまった。

  しかし、アベルやつの実力はまだこんなものではなかった……。


  アベルの魔法に嫉妬したのかゲイルがアベルに向かって攻撃魔法を放った。

  しかも、アベルはまったく気づいていない。

  おれは最悪の事態も想定した。


  だが、アベルに向かっていった魔法は突如消え、それがゲイルの前に現れて彼自身を襲った。


  すげぇー。


  素直に思った。

  あんな魔法、生まれてから今まで見たことない。


  今のはあの場にいた精霊たちの仕業ではないだろう。

  精霊たちにそんなことはできない、紛れもなくアベルがやったんだ。


  おれの中でアベルの印象が変わってくる。

  親のコネで入学したと思っていたが、もしかして実力で入学したのか?

  だとしたら、一次予選は受験するまでもないからマルクス大臣が推薦した?

  でも、あれだけできてなぜFクラスに?


  おれは何かアベルのことを勘違いしているのではないかと思いはじめていた。


  そして、あの時のネルの言葉——。


  『私はアベルを恵まれてるなんて思わないよ』


  おれは授業が終わった後、その言葉の意味を考えながら食堂に向かっていた。

  そのせいもあって、目の前から歩いて来る男子生徒に気づかなかった。


  なんとか直前に気づいて交錯は避けたが、相手の機嫌を損ねてしまったようだ。


  「ちょっと待て獣人!」


  「なんだ? 謝罪ならさっきしたぞ。悪いがおれは急いでいるんだ」


  「お前はいったい、だれに口を聞いているんだ……?」


  だれと言われても同じ生徒だろう。

  同じ色の制服を着ているし、それは間違いない。


  「同じ学生だろ? それとも何かあるのか」


  なんだか面倒なやつに絡まれちまったな。


  「同じだと……?」


  やつは突然おれを殴りかかってきた。

  何とかかわしたがこいつ、見た目以上に鍛えていやがる。


  「ほぅ……。流石動きだけは速いな」


  こうして更に殴りかかってきたのでおれは殴り返そうとした。


  やられたらやり返す。

  それがおれの流儀だ!

  だが……。


  「やりたければやればいい……。だが、おれはこの王国の王子だぞ?」


  この言葉におれの拳は止まる。


  なんだって……。


  こうしておれは王子に殴られ、蹴られた。

  将来王族を護衛する近衛騎士になりたいおれがここで未来の国王をなぐるわけにはいかない……。


  その間、野次馬の人間たちが集まってくる。


  「なんだなんだ?」


  「あっ、アルゲーノ様じゃないですか! こんにちは」


  王子と名乗るこの男は目につかぬようにおれの腹や背中を中心に痛めつけてきた。

  制服がだいぶぼろぼろになる。


  「あーあ。抵抗しないとこういうのもつまらないんだよな。そうだ、お前。本当に悪いと思っているなら下等種たる獣人として土下座して謝れ! そうしたら今日のところは勘弁してやってもいいぞ」


  アルゲーノはおれに土下座を要求してきた。

  だが、おれに取れる選択肢は他になかった。


  おれは村のみんなの血と汗の結晶である金を預かって近衛騎士を目指しているのだ。

  おれの行動に数百人のみんなの命がかかっているのだ。


  「獣人であるわたしくしが……人間様に失礼な態度を取ってしまい本当に申しわけありませんでした……」


  本当に悔しかった。

  自分が惨めで惨めで仕方がなかった。


  本当はこんな言葉、口にしたくない。

  こんなクソ野郎に頭なんて下げたくない。

  でも、おれはそうするしかなかった。


  「わかったならそれでいいんだ。今度から態度をわきまえて学校生活を送るんだな」


  おれはただ、その悔しさから拳に力を入れることしかできなかった。


  そんな中、アルゲーノの一人の男子生徒と会話をする。

  なんとアベルであった。


  いつからいたんだ?

  こんなみっともない姿を……。


  おれはあいつから目を逸らす。

  すると、アベルは予想外の発言をした。


  「あいつはお前に何かしたのか?」


  貴族であるあいつは、野次馬たちと同じようにおれをあざ笑うのだと思っていた。

  だが、彼はそうしなかった。


  「あいつはおれたちと同じ人族であって人なんだぞ……。獣とか人間より劣ってるとか、そんなこと言うのは間違ってるだろ! ケビンに謝れよ!!」


  彼は……アベルはおれたち獣人を人として扱わないアルゲーノに怒ってくれた。


  「確かに人間界を直接救ったのは六人の人間と一人のエルフだったのかもしれない。だけど、それとこれとは別問題だろ! 七英雄たちは人間だけを守るために戦ったのか? 人間界に存在する全ての種族のために戦ったんじゃないのか?」


  この時、おれは昔おじさんに言われた言葉を思い出した。


  『数の問題じゃないんだ。人間にも良い人間というのは存在する。これが事実なんだ。だからケビン、人間だからというだけでそう悪く言うのはよしなさい。嫌ってしまうのはよしなさい。それはいつか、きっとお前の人生を苦しめてしまうぞ』


  アベルはこの後、その人間の子どもとは思えない体術と魔法で襲いかかる野次馬たちを成敗していった……。


  この時、おれはひとつの決意をした。



  そして、彼が謹慎処分になって学校を休んでいた日。

  おれは一人でいるネルに声をかけた。


  「なぁ……その……」


  「何よ?」


  もじもじと話すおれにネルはきっぱりと言う。

  そして、恥を忍んでネルに尋ねる。


  「アベルあいつのこと、誤解してたかもしれない。おれに教えてくれないか?」


  こうしてネルに話聞き、やはりおれが間違えていたことを知った。


  あいつは何も悪くない。

  おれがあいつを理不尽に遠ざけてたんだ。


  しかも、ネルの話では実はアベルは年下だという。

  ほんと、年下の人間相手にみっともなさすぎるぜ。


  「なぁ、あいつに謝りたいんだ……。その、よかったら協力してくれないか?」


  そして、おれはネルの協力もあってアベルに謝ることができた。


  「全部おれの勘違いだった! お前にも特別な事情があったことはネルから聞いた! それに、お前自身がおれたち獣人を差別していないこともこの間のことでよくわかった! 何も悪くないお前に当たってしまって、本当にすまなかった!!」


  その後、アベルは友だちだのなんだのって言ってきたがおれは別にあいつを好きになったわけではない。

  嫌う理由がなくなっただけだ。


  だけど……きっと、あいつとなら何の気兼ねもなく付き合うことができるんだろうなとも思った。


  その後も何かとアベルとは絡みがあって、おれは剣術を教えてもらったりしていた。

  そして、舞踏会で同じクラス代表選手になった後、あいつは大金をおれに貸してくれた。


  どうやらおれの身の上を聞いて助けたくなったそうだ。

  返すのは出世払いでいいとか、ほんとこれだから苦労のないお坊ちゃんは……。


  おれは涙を流してアベルに感謝した。

  そして、おれたちは固い握手を交わした。



  ——お前が信頼できる最高の仲間に出会えるといいな——



  おじさん、おれ最高の仲間に出会えたよ。

  平気で人を騙すような性悪女とコネの塊でお人好し過ぎる馬鹿野郎だけど、楽しく学校こっち生活くらしてるよ。



  こいつらと交わした武闘会優勝なんて約束、最初はそれほど現実味もなければ大したやる気も起きなかった。


  最初はおれ一人が勝てればよかった。

  最初はおれ一人が活躍できればよかった。


  だけど、いつからだろう。


  こいつらと特訓するのが楽しくて、こいつらと過ごす時間が楽しくなっていったんだ。


  こいつらと一緒に同じ夢を見たい!

  だから、こいつらのためにも勝利をもぎ取らなきゃいけないんだ!



  アルゲーノより劣ってるなんてこと、おれ自身が一番わかってるんだ。

  だからこそ、おれは気持ちだけでは絶対に負けちゃいけねぇ!



  そりゃ、今は相当苦しいよ。

  もう諦めてぇよ。



  でも……。



  腕がもげようが、心臓がはち切れようが、何があってもおれは剣を振り続けなくちゃいけない!

  いつかこの壁が砕けることだけを信じて——。



  おれがあいつらに勝利を持ち帰るんだ!

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