127話 ケビンの決意(1)

  いつからだろう……学校を楽しいと思ったのは——。


  いつからだろう……あいつらと勝ちたいと思ったのは——。




  ◇◇◇




  おれはカルア王国の北東に位置する村で生まれ育った。

  そこは獣人たちの村であり、獣人の中でもパシェード属という犬の姿をする者たちが多く住んでいた。


  元々ここはかつて存在した獣人たちの国家であるショーンベルガー王国の一部であり、その時代の名残りも多いらしい。

  800年前に七英雄様たちが人間界を救った後、ショーンベルガー王国はカルア王国とエウレス共和国に吸収されて消滅した。


  だが、おれたちの暮らすこの地に人間たちがやってくることはなかったらしい。

  そういった経緯いきさつもあり、この地では今でも獣人たちだけでひっそりと暮らしていた。


  しかし、人間たちがやってこないと言ってもそれは移住としての意味であり、検査官や税官である人間たちはそれなりにやってきていた。

  彼らは偉そうにおれたちに指図をしたり、命令をしたり、時には理不尽に怒鳴りつけてくることさえあった。


  小さかった頃、おれは大好きだったおじさんに尋ねたことがある。


  「どうしてこの村にやってくる偉い人たちはみんな人間なの? 獣人の人は一回も来たことないよね?」


  子どもながら思った純粋な疑問だった。

  それに対しておじさんはひと言で答えた。


  「この王国で偉い人になれるのは人間だけだからだよ」


  当時のおれにその言葉の真意は理解できなかった。

  だが、成長するにつれて嫌でもその意味を理解した。



  この王国は差別で溢れている……。



  国民愛を謳いながらそこにあるのは人間愛だ。

  獣人たちのことなんてこれっぽっちも考えちゃいない。


  おれは国王を、そして人間を憎むようになっていた。

  そんな、極度の人間嫌いになった頃におじさんがおれに言った言葉がある。


  「ケビン、いいかい。人間には良い人間と悪い人間がいるんだ。七英雄様たちのような素晴らしい人間たちもいれば、そうでない人間もいる」


  確かにおれも七英雄様たちのことは尊敬していた。

  だが、どうしても納得できない部分もあった。


  「でも、悪い人間たちの方が多いじゃないですか! おれたちを苦しめる人間の方が多いじゃないですか!」


  おれの反論におじさんは優しく答えた。


  「数の問題じゃないんだ。人間にも良い人間というのは存在する。これが事実なんだ。だからケビン、人間だからというだけでそう悪く言うのはよしなさい。嫌ってしまうのはよしなさい。それはいつか、きっとお前の人生を苦しめてしまうぞ」


  この時のおじさんの言葉があったからこそ、おれは嫌いになる人間はいても、人間だからという理由だけで人間を憎むことはなかった。

  おじさんのこの言葉におれは今でも感謝している。


  それにおじさんは言っていた。


  「獣人にだって良い獣人もいれば悪い獣人もいる。お前もいずれ、獣人たちの歴史を知ったり、外の世界を知って多くの人と関わったりすればそれがわかるだろう」


  若い頃にフォルステリア大陸を旅していたというおじさんを言葉にはとても説得力があった。

  その時のおれは彼を尊敬しているということもあり素直に聞き入れることにしたのだった。


  そうして毎日両親の仕事を手伝いながら、たまの休みにおじさんと狩りに出かけて旅の話を聞く。

  そんな日常を過ごしていた11歳の時だった。



  カルア王国の国王が死んだ——。



  別に国王に思い入れなどなかった。

  一度も見たこともなければ一度も感謝したことがない。

  しかし、問題は次期国王としてその息子が即位した後だった。


  やつは経済政策に失敗し、人間たちが多く従事する産業へと大打撃を与えた後、人間たちのご機嫌を取るかのように獣人たちから税で金を巻き上げようとした。

  しかも、短期間で大幅に上げるのではなく長期間に渡って少しずつ税を上げていくため獣人たちからの不満も少なかった。


  気持ち悪いことに王国に暮らす獣人たちの多くは賢者テオ様の末裔である国王に忠誠を誓っている。

  現におれたちの村でもそれほど不満はなく、危機を覚えるものはおじさんを除いていなかった。


  「このままではまずいかもしれん! どこか他国へ逃げよう」


  おじさんの意見にみな最初は戸惑ったが、丁寧な説明と聡明な彼の意見ということで受け入れられた。


  だが、この村には検査官や税官の人間もやってくる。

  数百人の規模で亡命することなどできるのだろうか?


  隣国のエウレス共和国は移動が楽だが二国間の距離は近く、カルア王国と同盟を結んでいることもあり逃亡先がバレる可能性がある。

  カルア王国と同盟を結んでいない国は距離が遠く、魔物も出る道中を数百人で長期間移動していくのは現実的ではない。

  そこでおれたちの暮らす地域は海が近いということで別の大陸へ渡ることにした。


  闇通商の船に金を払い乗せてもらえば魔物に襲われることもなく食事なども楽に運べる。

  おれたちは新天地を目指すことにした。


  元々王都などの都会とは隔離されて自給自足に近い暮らしをしていたのだ。

  それに、アルガキア大陸もゼノシア大陸も魔物が多く生息しているため村の男たちで冒険者になることもできる。


  とにかく、村のみんなで亡命できるだけの金を集める必要があった。


  「おれも稼ぐよ! おれたちみんな家族みたいなもんだろ? おれにもやらせてくれ!」


  まだ11歳だったおれだが両親に頼んで大人たちの会議に参加させてもらった。

  そして、おじさんはそんなおれに重要な役割を与えてくれた。


  「我々大人が大金を稼ぐ手段はあまりない。下手な動きをし過ぎると村の出入りをする人間たちに怪しまれてしまうからな。ここは勇気あるケビンに任せて、我々大人がケビンをサポートするのはどうだ?」


  村のみんなはこの意見に賛同していた。

  おじさんが出した意見というものあるし、おれ自身が村の子どもで一番優秀だという認識があったからだ。


  おれは自分に与えられた使命の大きさに重圧で押しつぶされそうになるのを感じた。

  家族のような大切な存在である数百人の命がおれの行動にかかっているのだ。


  だが、おれは覚悟を決めた。

  これはおれにしかできないことなんだ!

  おれがやらなきゃみんなを救えないのだ!


  おじさんが提案してくれた案はおれが近衛騎士団に入団して、高額な給料を得ることでその大金を仕送りして村のみんなを救うというものだった。

  近衛騎士団なら獣人でも入団できるし、給料とは別に入団祝金として初年度に大金が手に入る。

  この入団祝金は複数年契約をするから貰えるようなものなので実際にみんなと同じタイミングでおれは別の大陸には渡れない。

  しかし、それでもいいと思った。


  おれは高ランク冒険者になるのでもいいのではないかと思ったが、フォルステリア大陸は魔物が少ないので高給取りである高ランク冒険者は数少ない。

  しかも、高難度の依頼は死ぬ可能性だって大いにある。

  こういった理由もあり、おれは将来近衛騎士団に入団する決意をしたのだった。


  村のみんなは必死で働いたり、貯金を切り崩したりしながら、おれへの投資資金を貯めてくれていた。


  近衛騎士団の入団試験には誰もが受験できるわけではない。

  スカウトされた者たちしか受験できない狭き門なのだ。


  そこで近衛騎士団とも繋がりがある世界最高峰の魔術学校であるカルア高等魔術学校に入学して武闘会というイベントで活躍する。

  それがおれたちの立てた生き残る最短の道筋だ。


  近衛騎士団のスカウトはこの武闘会で優秀な魔法剣士たちに目をつけて声をかけるらしい。

  そう世界中を旅して見聞を広めてきたおじさんが話してくれた。


  そして、その目的を叶えるため4年もかかった。

  一つはおれが入学できるのに必要な能力を得ること。


  やったことがなかった勉強を一からはじめ、学校に通っているやつらと同じだけの知識を得る努力をした。

  おじさんが文字を覚えるところから優しく教えてくれて、本をたくさん読ませてくれたおかげもあって、なんとか合格ギリギリのラインを越えるような知識を得た。

 

  また、魔法なんてまったく使えなかったが簡単なものを村のみんなに少しずつ教えてもらった。

  おれたち獣人は魔法が苦手だが何ひとつ使えないというわけではなかった。

  嫌になるほど身体に魔力操作を叩き込み、繊細な魔力制御もできるようにした。


  そして、もう一つは入学金などの学費や生活費のこと。

  村のみんなで少しずつお金を工面しておれへの投資へと回してくれていた。


  日に日に大きくなる重圧感。

  本当に自分にできるのかと思う恐怖心。


  だが、それでもやらなきゃおれたちには未来がないと信じておれは努力してきた。



  そして、本試験の日を迎えた——。



  一次試験だって余裕ではなかった。

  それでもおれは勝ち抜けるという確信はあって、実際に本試験への受験資格を勝ち取った。


  本試験だって、何の問題もなく合格できると思っていた。

  だが……。


  「きみの書く文章からは魔法に関する熱意や偉大なる人間の魔法研究者たちへの敬意が見えないねぇ」


  面接で、ニワトリづらのオヤジおれの答案に喰ってかかる。


  「そういえば君、何やら筆記試験前に人間とトラブルを起こしてたみたいだね? なに、人間のこと嫌いなの?」

 

  カエルづらのオヤジがどこから聞き入れたのかそんなことを聞いてくる。


  確かにおれはアベルとかいう人間とトラブルを起こした。

  獣人であるおれをもてあそんでバカにしてきたからムカついて突き倒したのだ。


  だが、あいつは悪い人間なんだ。

  あいつが先におれをコケにしたんだ。

  おれは悪くない。


  「そんなことはありません! 私は獣人であり七英雄様たちを含め、人間を尊敬しています! だからこそ、この学校で学びたいんです!!」


  おれは心から訴えかける。

  人間を尊敬しているのは嘘だが、七英雄様たちを尊敬しているのは本当だし、この学校で学びたいのも本当だった。


  「でもねー、君がねー」


  どうも煮えきらない態度をとるオヤジたち。

  そんな中、おれに声をかけてくれる面接官がいた。


  「いいじゃないですか。筆記も実技もそこまで悪くない。私は彼をうちのクラスに迎え入れたいですね」

 

  白髪のはえた細身のおじさんがおれにそう声をかける。


  「本当ですかドーベル先生? 彼、大した魔法も使えない上に人間を敬っていないかもしれないんですよ?」


  他の面接官たちがドーベルと言われた男に思わず声をかける。

  だが、彼の意見は変わらなかった。


  「えぇ。それが本当だとして私にとってそんなことは問題ありません。それに、本校の創設者であらせられるテオ様は人間を敬わない獣人は受け入れるべきでないと考えるお方でしたっけ?」


  賢者テオ様は御伽噺おとぎばなしの中でも最も慈愛に満ちたお方だ。

  そんなことを考えるとは到底思えない。


  「まっ、まぁ。ドーベル先生がそうおっしゃるのなら……」


  他の面接官たちは納得する。


  「私のクラスで良ければ来年から通いなさい。ただ、私のクラスはFクラスで少しクセのある生徒たちが集まります。それでもいいですか?」


  ドーベルという男は優しくおれに語りかける。


  「はい! よろしくお願いしますドーベル先生!」


  Fクラスが最も劣っているクラスだということはわかっている。

  だが、それでも武闘会への道は開けた。


  あとはおれの努力次第だ。




  ◇◇◇




  数ヶ月後、村のみんながおれを見送りしてくれた。


  「ケビン、カラダには気をつけるんだよ」


  「ケビンにぃ、おべんきょがんばれー」


  「ケビン、手紙をしっかり書くんだよー!」


  家族や親族だけでなく、本当に村中のみんながおれに言葉をかけにきてくれた。

  本当に、おれはこの村のみんなが大好きだ。


  最後におじさんがおれに声をかける。


  「たぶん、高等魔術学校ではつらいことや苦しいことがたくさんあるだろう。特にお前は一人で抱え込んでしまう癖があるからな。支えてくれる仲間ができるよう祈ってる。人間でも獣人でもどっちでもいい。お前が信頼できる最高の仲間に出会えるといいな」


  村のみんな以外に仲間なんておれはいらない。

  おじさんのこの言葉の意味はわからなかった。


  でも、おじさんの言葉はいつだって間違ってはいなかった。

  おれが成長していくとわかること。

  だからおれは応えた。


  「うん! ありがとう。おれ、あっちでも頑張るよ! みんなのこと、いつだって忘れない! 今度帰ってくるときは絶対に近衛騎士になってるから!!」


  こうしておれは15歳にして一人で王都へと向かうのであった。

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