106話 ケビンの騒動(1)

  午前の授業が終わるとケビンはすぐに食堂へと向かうのであった。


  彼が向かうのは『食堂カルパネラ』。

  そこは庶民的な価格設定で食事を提供してくれるお財布に優しい食堂だった。


  しかし、この食堂カルパネラには唯一の欠点があった。

  それは大変混雑するということだ。


  一年生の教室があるエリアの近くにあるのだが二年生や三年生もここに通い詰めている。

  それはここの食堂が美味しいとか安いとかそういった理由ではない。


  受け付けの女性が美しいからだ。

  そのため多くの男子生徒たちが学年や身分関係なく通い詰める。


  これはケビンからしたらいい迷惑だった。

  ケビンは他の食堂を新たに探すか迷っていたがここの肉料理のとりこになってしまい毎日でも食べたいと思っていた。

  そこで多少の混雑は我慢してでも通い続けることに決めたのだ。


  授業が終わり次第、すぐに向かえば席は確保できる。

  ケビンは急ぎ足で食堂カルパネラへと向かっていた。


  ケビンが食堂に向かって歩いていると、目の前から一人の男子生徒が歩いてきた。


  「ったく……。セアラのやつ、どこに行ったんだ? 食堂じゃないとすると……」


  ケビンは考えごとをしていたため、この男子生徒に気がつかなかった。

  先ほどの授業での一人の少年の姿が頭に焼き付いていたのだった。

  そう、彼がひどく嫌う少年の姿が——。


  するとケビンは前方から歩いてきた生徒とぶつかりそうになる。

  彼は直撃する寸前で事態に気づき交錯を回避した。

  これは彼の野生の勘や運動神経によるものも大きかった。


  「悪かったな。不注意だった」


  ケビンはすぐさま男子生徒に謝る。

  そして、その場を立ち去ろうとした。

  だが、しかし——。


  「ちょっと待て獣人!」


  男子生徒は声を荒げてケビンを呼び止める。

  ケビンは急いでいたが足を止めて立ち止まる。


  「なんだ? 謝罪ならさっきしたぞ。悪いがおれは急いでいるんだ」


  男子生徒に急いでいる旨を伝える。

  そこで彼を見たケビンは驚いた。


  険悪そうな眼光に浮き出た血管、見るからに不機嫌そうな態度。

  彼はケビンに対して想像以上に怒っているようだった。


  「お前はいったい、だれに口を聞いていると思ってるんだ……?」




  ◇◇◇




  午前の授業が終わり、おれとネルは食堂へと向かう。

  早くいかないとアイシスのせいで混むからな。


  ちなみに昨日アイシスから聞いた話なのだが朝は仕込みを中心に厨房で働いているらしい。

  おれは朝から彼女が働いていることに驚いた。


  おれたちが授業を受けている間もおれとサラの近くにいるためにそうしているらしい。

  これを聞いたときおれはウルッときたね、うん。


  ちなみに給料はしっかりと貰っているらしい。

  アイシスは人間界で買い物をしたりするのだろうか?

  流石にそこまでプライベートに踏み込む質問はやめておいた。


  「そういえばアベル、本当にあれはあなたがやったんじゃないの?」


  先ほどの授業中、ゲイルから攻撃魔法で狙われたおれは無意識ではあったが転移魔法でそれを反射してゲイルを傷つけてしまった。


  ゲイルは回復魔法をかけてもらってはいたが鼻が少し曲がってしまっていたな。

  ごめん、ゲイル。


  そして、ネルはその場ではおれのせいではなくゲイル自身のせいだと言ってくれたのだ。

  しかし、こうして二人きりになった途端に本当はおれがやったのではないかと質問を繰り返す。

  ネルは結構勘がいいのかもしれないな。


  「何度も言ってるけどあんなことできるわけないだろ。おれは『魔法使い』のスキルすら持っていないんだ」


  「へぇー、そうですかそうですか」


  何度も同じ答えを繰り返すおれにネルはあきれたように応える。


  《次元魔法》というのは人間界ではあまりメジャーではないようだからな。

  それに、知っている人たちも使えるのは一部の精霊たちだけっていう認識みたいだしFクラスにいるおれが使えるというのはマズいだろう。

  ネルには悪いがおれは黙秘するぞ。


  すると、急にネルが声を上げる。


  「あっ!!」


  おれは突然の大声に驚いてしまった。


  「どうした急に?」


  おれはネルに問いかける。


  「財布忘れた……。急いで寮まで取ってくるから先に行ってて!」


  ネルはおれにそう告げるとものすごい勢いで駆け出していった。


  いや、言ってくれればお金くらい貸すって……。


  本人がいなくなってしまったところでこんなことを嘆いていても仕方ない。

  ネルに言われた通りに一人で食堂へ向かうか。


  サラはもう着いているかな?

  そんなことを思いながらおれは食堂へと再び歩き出した。




  ◇◇◇




  食堂の近くまで来ると人だかりが目に入る。


  嘘だろ……こんなところまで並んでいるのか?


  これは新記録だな。

  アイシス人気は日に日に上昇していく。


  確かに彼女は美人だけどあのファン対応だぞ?

  もしかしてこの世界たちの男たちはドMなのかもしれない。


  そんなことを考えながらおれは人だかりに近く。

  すると、どうやらこれは食堂の注文待ちの列でないことに気づく。


  何やら集まっている生徒たちが同じ方向を見ている。

  ノラ猫でも迷い込んでそれをみんなで愛でているとかそんなところか?


  少し気にはなったがおれは先を急いでいたので人だかりを通り過ぎようとする。

  すると、聞き覚えのある声が聞こえた。


  「聞こえないな? しっかりと話せ。ここにいる民衆たちに聞こえる声でな!」


  この声は自己中ナルシスト王子か?


  おれは方向転換をして人だかりの中に入る。


  あいつはサラに執拗に迫っていたからな。

  もしかしからサラが巻き込まれているかもしれない!


  そして、おれは野次馬たちをかき分けて王子アルゲーノが見えるところまで来た。

  すると、アルゲーノの目の前には座り込み頭を下げているケビンがいた。


  なんでケビンが!?


  おれは状況がよく呑み込めていなかった。


  「獣人であるわたしくしが……人間様に失礼な態度を取ってしまい本当に申しわけありませんでした……」


  ケビンは王子アルゲーノに向かってそう告げる。

  おいおい、いったいこれはなんなんだ?


  「わかったならそれでいいんだ。今度から態度をわきまえて学校生活を送るんだな」


  アルゲーノの言葉にケビンは悔しそうに拳を握りしめる。


  どうして黙って悔しそうにお前は耐えているんだよ!

  どうしておれのときみたいに反発しないんだよ!


  状況はわからないが明らかにアルゲーノはやり過ぎだろう。

  これは完全なイジメだぞ!


  「世の中には二種類の人間がいる。上に立つ人間とその踏み台となる人間だ。だが、お前ら獣人たちはその人間ですらない劣ったけものでしかないんだよ」


  「立場をわきまえろ! わかったらいけ。お前みたいなのは視界にいるだけでムカつくんだよ!」


  アルゲーノはケビンに向かってそう言い放つとこの場を立ち去ろうとする。

  そして、やつはおれに気づく。


  「おやおや、これはこれはセアラにまとわりつくFクラスの劣等生くんじゃないか」


  アルゲーノは下衆げすな笑みを浮かべておれに話しかけてくる。


  これによってケビンはおれに気づく。

  だが、目を合わせることはなく彼はうつむいた。


  「あいつはお前に何かしたのか?」


  おれはアルゲーノに尋ねる。


  すると、彼の後ろから男子学生が現れておれを注意する。


  「こらお前! アルゲーノ様に向かってなんて口の聞き方だ!!」


  そうか、こいつは一応は王子だったもんな。


  「まぁ、いい。構わない」


  アルゲーノは手で抑止する合図を出して男子生徒を黙らせる。


  「あいつもお前と一緒でおれに舐めた態度を取っていたからな。少し黙らせただけだ。お前も調子に乗ってると家ごと潰すぞ、アベル=ヴェルダン」


  こいつ……王子だからって言って好き勝手しやがって……。


  きっとケビンもこいつの持つ王子という肩書きゆえに手出しができなかったのだろう。

  クソ野郎が……。


  「わかったら目障りだからお前も消えろ。一生おれの視界に入るんじゃねぇぞ、はっはっはっはっ」


  アルゲーノは声高らかに笑う。

  完全に勝ち誇ったような顔で……。


  おれは午前の授業の出来事を思い出す。


  ケビンはさっきの時間におれをかばってくれた。

  そんなケビンに対して、おれはここで何もしないことが正しいことなのか?


  確かにここでおれがアルゲーノに歯向かえば父さんたちに迷惑をかけるかもしれない。

  だけど……。


  そしておれは決意する。


  「だからって……言い過ぎなんじゃないのか? あいつはおれたちと同じ人族であって人なんだぞ……。獣とか人間より劣ってるとか、そんなこと言うのは間違ってるだろ! ケビンに謝れよ!!」


  おれは勇気を出してアルゲーノに反抗する。

  いくらなんでも言っていいことと悪いことがある!


  おれの言葉に周りがざわつく。


  よく見れば野次馬たちは人間ばかりだ。

  ここには一人も獣人がいない。


  「あいつ何言ってるんだ?」


  「獣人は人間未満だろ」


  野次馬たちの心ない声が聞こえてくる。


  そして、アルゲーノもだ。


  「はっはっはっ。お前は本当に貴族の人間なのか? 歴史を見ればわかるだろ。七英雄様たちが人間界を守っている間にこいつら獣人たちは全く役に立たなかったんだよ。いや、むしろ邪魔だったんだ!」


  「それが今ではこうして人間たちと一緒の社会で生活させてやっているんだ。そりゃ立場はわきまえないとマズいだろ」


  アルゲーノの言葉に野次馬たちが騒ぎ立てる。


  「そうだそうだ!!」


  「獣人は人間様と同じ待遇を受けていいはずがないんだ!!」


  なんだよそれ……。

  おかしいだろ。


  「確かに人間界を直接救ったのは六人の人間と一人のエルフだったのかもしれない。だけど、それとこれとは別問題だろ!」


  「七英雄たちは人間だけを守るために戦ったのか? 人間界に存在する全ての種族のために戦ったんじゃないのか?」


  今まで出会ってきた本心から七英雄たちを尊敬していた人たちはみな語っていた。

  彼らは人間界を守るために戦ったって。

  決して人間だけを守る戦いだったなんて誰一人言っていなかった。

  それが真実じゃないのか?


  「あいつ、特権階級の貴族の人間なんだろ……。なんであんなに獣人の肩を持つんだ?」


  「それにアルゲーノ様がFクラスって言ってなかったか? 七英雄様たちを呼び捨てたし、そりゃ頭のネジが飛んでいやがるぜ」


  野次馬たちが好き勝手に言っている。

  この国の人間たちはどうなっているんだ?

  エウレス共和国の人間たちはこんなんじゃなかったぞ?


  「はっはっはっ、おもしろいことを言うな。だがな、結果として人間が世界を救ったんだ! その事実は決して揺るがない!」


  「だからこそ、おれたち人間がこの世界の頂点に立ち、平和な世の中を守っていく義務があるんだ! そのために使えない獣人を切り捨てることは仕方のないことなんだ」


  アルゲーノの言葉におれは我慢ができなくなった。

  ネルやケビン、それにクラスメイトの獣人のみんなのこともこいつは……。


  「ふざけるな! お前はそれでもこの王国の王子か!!」


  おれがアルゲーノにブチ切れる。

  正直、殴りかかろうと思ったときだった。


  「てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇよ!」


  野次馬たちのボルテージも最高潮となり、野次馬の一人がおれに殴りかかってきた。

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