105話 実技授業に初参加(2)

  「あいつ……今無詠唱で魔法を使ってたぞ……」


  その言葉を聞いておれは理解する。


  あっ……そっか……。

  やってしまった……。


  おれは魔法の属性や威力に気をかけているばかり詠唱することを忘れていた。


  これは『魔法使い』を持っている方のグループにいたのならば問題はないことなのだ。

  人間界ではスキルとして持っている属性をある程度極めると無詠唱魔法が使えるってされているからね。


  だけど、おれは『魔法使い』のスキルを持っていないグループにいるのに無詠唱魔法を使ってしまった。

  これはこの世界の真理に逆らうことだ!


  まぁ、本当は無詠唱魔法なんて誰にでも使うことができるんだけどね。


  「アベル、今のって無詠唱?」


  隣にいたネルが不思議そうに問いかける。


  えっと……なんと答えればいいのだろうか?


  「おい! お前『魔法使い』持ちだったならあっち行けよ!」


  ゲイルが顔を真っ赤にしておれに叫ぶ。


  そうか!

  おれが『魔法使い(土)』を持っていたとしてしまえばいいのか!


  「悪かったよ、場所を間違えてたみたいだ」


  おれは教えてくれたゲイルに内心感謝して立ち去ろうとする。


  「そういうことなんだネル」


  おれは隣にいるネルにそう告げる。

  ネルは若干怪しんでいたが納得してくれた。


  「まぁ、そういうことにしておく」


  ネルはさっきからすごい嬉しそうなんだよな。

  いったい何がそんなに嬉しいのやら?


  おれはネルと男子たちに囲まれたこの場から立ち去ろうとする。

  すると、少し離れたところにいる女子たちの声が聞こえてきた。


  「ねぇ、アベルくんって魔法使えたのね!」


  「うんうん、しかも無詠唱だったわよ!」


  「それに見た? あの威力! ただの親の七光りじゃなかったのね!」


  おぉ!

  今日まで哀れんでおれを見ていた女子たちがやっと誤解だと気づいてくれた。

  本当によかった。


  おれはようやく誤解が解けたことに一人歓喜する。

  別におれは魔法が使えないから補習をさせられてたわけでも、家柄の権威を使って入学したわけでもないのだ!


  だが、この状況をよく思わない者たちもいた。


  「ぐっ……。アベル……」


  ゲイルが悔しそうにおれをにらんでいるのがわかる。


  あー、こわいこわい。

  さっさっとここから立ち去ろう。


  そんなとき、ゲイルの叫び声が聞こえた。


  「土球アースボール!! おっと、手が滑っちまったぜ!」


  ゲイルはどうやら土属性魔法の土球アースボールを使ったらしい。

  そして、手元が狂ってしまったようだ。


  昨日までクラスメイトたちの魔法を観察していたおれはゲイルならやりかねないと思った。

  彼は剣術こそ素晴らしいが魔法は土属性魔法と風属性魔法を少しばかり使える程度だ。

  しかも、威力もコントロールも『魔法使い』スキルを持っていないにしては優れていたが、それでも未熟であることには変わらない。


  そんなことを思っていると鈍い音が聞こえた。


  ドゴンッ!!


  そして悲鳴が辺りに響き渡る。


  きゃーーーー!!!!


  おれは後ろを振り向くと地面に倒れて鼻血を流すゲイルが視界に入る。

  彼の横には握りこぶしほどの石っころが転がっていた。


  手が滑ったって自滅したのかよ。

  哀れなやつだな。


  「ゲイルくん! 大丈夫ですか!?」


  ゲイルの取り巻きたちが倒れ込む彼にに近づく。

  そのうちの一人が回復魔法をかける。


  そういえば、ゲイルの取り巻きの一人は回復魔法が使えていたからな。


  すると、ゲイルが意識を取り戻したようで起き上がる。


  「てめぇ……。いったい何しやがった!!」


  ゲイルがおれの方を見て吠える。

  おれは周りを見渡す。

  ゲイルは誰に向かって言っているのだろうか?


  「お前だよアベル! 何をしやがったんだ!?」


  えっ!?

  おれですか?

  何でおれがゲイルに責められているんだよ。


  「そうだそうだ! ゲイルくんが放った魔法がお前に飛んでいったら突然それが消えて、いきなりゲイルくんに土属性魔法が飛んできたんだ! お前がさっきみたいに無詠唱で何かやったんだろ!」


  ゲイルの取り巻きの一人がおれに状況を説明する。


  ゲイルは手が滑ったと言っておれに土球アースボールを放ったのか!


  おれはそこでやっと物事を理解をする。


  ここで話は変わるが、おれはずっとアイシスから転移魔法を教わっていた。


  しかし、あの七英雄たちでさえ転移魔法を使えたのは二人しかいないというのだ。

  おれに転移魔法が使えるわけがない。


  だが、どうしても転移魔法を覚えたかったおれは《次元魔法》というジャンルの魔法をアイシスに教えてもらうことにしていたのだ。


  どうやら転移魔法というのはこの《次元魔法》に分類されるものらしい。

  そこで、順を追って転移魔法を習得するカリキュラムをアイシスに作ってもらい、ここ2年間ずっと努力してきたわけだ。


  そして、《次元魔法》の初歩中の初歩として人間を転移させるのではなく魔法を転移させる転移魔法を覚える訓練をした。

  これができるようになると多角的に敵を狙えるようになったり、自分に向かってきた魔法を反射して敵に撃ち返すこともできるのだ。

  まぁ、この反射のような効果は自分の魔力に対してかなり弱い魔法しか反射できないんだけどな。


  ちなみに、カシアスやアイシスは常にこの反射を発動している状態らしい。

  ——というより、魔界の実力者たちの間では常時この魔法を発動させておくのは当たり前のことらしい。


  それでおれも訓練として普段から発動しておくことにしたのだ。

  実際に魔法をはじき返せたのは今日が初めてだったんだけどな。


  これは記念すべき成長の証だ!

  おれはこの調子でいつか転移魔法で自分自身も転移させることができるのではないかとワクワクする。


  「てめぇ、何ニヤついてやがる! 謝罪しろよ、謝罪!!」


  おれが転移魔法への期待に胸をふくらませているとゲイルが怒鳴り散らす。

  そうだった、今はこいつの問題に対処しないとだった。


  てか、取り巻きくんが言ってたけどゲイル。

  お前がおれに向かって攻撃魔法を放ったんだし自業自得じゃないのか?

  もしも、おれが転移魔法の反射を発動していなかったらおれがケガしてたかもしれないんだぞ?


  そして、そんなおれに味方が現れる。


  「ゲイル、あなたアベルがやったって言ってるけど証拠はあるの?」


  そうだ、ネコ耳の少女ネルだ!


  彼女はおれがゲイルを傷つけた犯人とは限らないと代弁してくれる。

  まぁ、間接的にはおれが犯人なんだけどね。


  「見ろよこれ! あいつがおれに無詠唱で土属性魔法を使ったんだ! それに、みんなだってさっき見てただろ? あいつが無詠唱で魔法を使うところを!」


  ゲイルが自身の顔にクリティカルヒットしたであろう石っころを持ってネルに訴える。


  いや、確かにおれは無詠唱で魔法を使えるけどさ。

  お前がおれに放った土球アースボールが消えたのはどうやって説明するんだよ?


  「えぇ、見てたわよ。アベルが使った土属性魔法の破壊力もね。もしもアベルがあなたに魔法を放ったのだとしたらゲイル、あなたよく生きてたわね」


  ネルの言葉に周りがざわつき出す。


  「確かにアベルくんの魔法、さっきすごかったものね」


  「うんうん、あの魔物の人形こっぱ微塵みじんだったもの。あんなのが顔に直撃したらたいへんよ」


  「じゃあ、またゲイルくんの言いがかりってこと?」


  どうやらネルのおかげで女子たちはおれの仕業ではないと思ってくれたようだ。


  「それに、みんな聞いてたわよ。あなたの『手が滑った』っていう言葉をね。自分の魔法が暴発したのを他人のせいにするなんて最低ね」


  ネルは続けてゲイルに向かって言葉のナイフを投げつける。

  綺麗なまでのカウンターだ。


  確かにゲイルの言葉はこの場にいるみんなが聞いていただろう。

  彼が魔法の詠唱をしているのも含めてだ。


  そして、ゲイルの周りの男子たちにも疑念が生まれる。


  「おい、どう思う? 本当にアベルがゲイルくんに何かしたと思うか? あいつの魔法の威力半端なかったぞ」


  「だよな……。それに確かにゲイルくんの魔法が暴発した可能性もあるよな?」


  「でも、ゲイルくんはアベルに向かって攻撃魔法を……あれはおれの見間違いだったのか?」


  ゲイルはネルの言葉に言い返すことができずに歯を食いしばっている。

  この状況で根拠もなくおれのせいにすることは不可能だろう。

  下手な言いがかりをつけたところで周りの者たちが心から納得することはない。


  すると、ここで意外な人物がやって来る。


  「おい、ゲイル。お前の勘違いだったんだろ? あいつに謝罪するのが筋なんじゃないのか」


  そう語るのはなんとケビンだ!

  このグループでもおれたちからは離れたところにいたはずだが、騒動が起こったことにより近づいてきたのかもしれない。


  「なんだと……この獣風情けものふぜいが……」


  ゲイルはケビンに敵意剥き出しで威嚇する。

  体格のいいガキ大将のようなゲイルにヤンキーっぽいケビン。

  相対する二人は今にも殴り合いをはじめそうだった。


  「ケビンの言う通りよ! アベルに謝りなさいよ。それが誇り高き人間としてのあるべき行動なんじゃないの?」


  ネルもケビンの意見に共感したようだ。

  そして、おれに謝るようにゲイルに言う。


  「なぁ、流石にこれはゲイルくんが悪いよな」


  「アベルくんに謝るのが正しいよね」


  この場にいる四十人ほどの意見はネルたちに傾く。

  ゲイルとしては周りが敵だらけのこの空気はつらいものがあるだろう。


  悔しそうに顔を歪め、拳を握りしめて歯を食いしばる。

  そして——。


  「お前を疑って悪かった……。すまない……」


  ゲイルはおれに頭を下げた。

  それが本心からの言葉かはともかくとして、おれは素直に受け取っておこう。


  「別に気にしてないさ。だからゲイルくんも気にしなくていいよ」


  おれはゲイルにそう告げるとドーベル先生のもとへと向かう。

  やっぱりこっちのグループではなく、『魔法使い』のスキルを持っている子たちのグループに行こうと思ったのだ。

  こうしておれはネルたちの助けもあってこの場を立ち去ることができた。




  ◇◇◇




  アベルがいなくなったところで生徒たちが口々に彼のことを話し出す。


  「アベルくんって器が大きいのね」


  「なんだかいつもはかわいいんだけど今日はすっごくかっこよかった!」


  「あいつ……悪いやつじゃないのかもな」


  「確かに、貴族だけど貴族じゃないっていうか……」


  残された生徒たちはアベルのことをうわさしていた。

  そして、あの男は——。


  「ジーっと見つめちゃってどうしたの? そんなにアベルのこと気になるの?」


  ネルはケビンに問いかける。

  ケビンは立ち去っていくアベルを静かに見つめていたのだ。


  「そんなわけあるかよ。おれはあいつが大嫌いなんだ……」


  それだけ答えると彼はネルのもとから立ち去っていった。


  「今は……そうなのかもね」


  そう言って静かに笑うネルのことを見ていた者はこの場に誰一人としていなかった。




  ◇◇◇




  「えーー!! どういうことなんですか?」


  「いや、だって君は『魔法使い』のスキルを持っていないじゃないですか」


  ドーベル先生に違うグループに行きたいと話したのだが却下されてしまった。


  「来週からも同じグループでよろしくお願いしますよ」


  「はい……」


  なんて融通の効かない人なんだ……。

  それじゃ、おれが無詠唱魔法を使える説明がつかないんだって!


  「あと、自分の身を守るのはけっこうですがやり返し過ぎないように気をつけてくださいね」


  おい、あんた。

  わかってたのなら問題が起きる前に止めろよな!


  あれ、それよりおれの仕業だってドーベル先生にはバレてるのか?


  こうしておれは来週からもゲイルやケビンといった問題児たちと同じグループで実技の授業を受けることになったのだった。

  トラブルが起きる予感しかしないが何とか乗り越えていくしかないだろう……。

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