89話 筆記試験

  おれは気分が落ち込みながら受験本番を迎えてしまった。

  先ほど教室の前で獣人の男の子ケビンと出会い、そして絡まれたのだ。


  彼は初め優しいハンサム男子だったのに急にブチ切れてヤンキーになった。

  おれはケビンが怖くなってしまい萎縮いしゅくしてしまった。


  そして迎えた筆記試験。

  おれは平常心を取り戻すことなく試験は始まった。


  両面1枚の問題用紙と分厚い解答用紙の束が机に置いてある。

  周りからは解答用紙をめくる音が聞こえてくるが、おれは中々問題に集中できずにまだ解答用紙1枚目だ……。


  どうしよう?


  おれは過ぎていく試験時間を感じながら困り果てる。


  そこで思い立つ。

  おれはサラと約束をしたんだ。

  一緒に合格するって!


  あのケビンという獣人のことは一旦忘れよう。

  いや、気にする必要はない。


  今日を過ぎればもう二度と会うことなんてないのだろうし、仮に二人とも合格したとしても同じクラスになるとは限らない。

  確か一学年あたり六クラスもあるようだから同じクラスになる確率は低いはずだ!


  そしておれは改めて試験問題に集中する。

  時間をだいぶ無駄にしてしまったが大丈夫だ。

  父さんにも聞いたのだが、この筆記試験は元々全部正解できる難易度に設定されていないのだ。

  できるところを順番にやっていこう。

  おれは簡単そうで解けそうな問題を探す。



  ——問題1 魔術学概論において、総魔力量保存則の基本概念から導かれる『ナンシーの法則』とは何か説明せよ。また、このことから今後の魔術の発展として考えられることを書きなさい。——



  はい、これは絶対無理ですね。

  てか、ナンシーって誰やねん!?


  きっと偉人の名前なんだろうけどおれには全くわからない。

  諦めて他の問題を探す。


  人間界の魔法理論について学んだことがないおれでもわかる問題が絶対にあるはずだ!

  なんたっておれはアイシスの地獄のような魔界流の精錬された魔法理論に基づいた特訓のおかげで強くなれたのだ。


  魔界の魔法理論は人間界よりも進んでいる。

  2年間も魔界の魔法理論を学び実践してきたおれに、15歳の子どもが解くような魔法理論の問題が解けないはずがない!


  そして、おれは問題文が多少理解できるものを見つける。



  ——問題3 スキルを習得する前における、そのスキル固有の魔法の習得方法としてエステルが提唱する『魔力線の進化説』について、その仮説を立証するために彼が行った実験方法を書きなさい。また、その仮説に対する反論として指摘されていることも書きなさい。——



  この問題はまだ文章が理解できるぞ!


  エステルも魔力線も全く知らないが、きっとこれは固有スキルを習得する前にどうやってその固有スキルに合った魔法を使えるようになるのかということだろう。

  これならばおれが持つ知識から逆算して『魔力線の進化論』も、それを導く実験方法も考えることができる!


  おれはものすごい勢いでペンを走らせる。

  そしてなんとか書き上げることができた。


  よし、この調子で問題を解いていくぞ!!




  ◇◇◇




  おれはここまで9問ある問題を1問ずつ読み取り、4問は自分なりに書くことができた。


  そして、残りの5問は適当に書いた。

  運良く内容がかすれさえすれば部分点はもらえるだろう。


  そして、最後の問題——。



  ——問題10 七英雄の七人に関することをあなたが知っている範囲でそれぞれについて書きなさい。——



  これはサービス問題なのだろうか?

  七英雄について知っていることを書けば良いのだろう。


  こんなのおれにだってできる!


  だが、七人それぞれについて書けっていうのが難しいな。

  それに、これまで問題1問につき解答用紙1枚だったのに問題10には解答用紙が7枚もある。

  これは七英雄一人に解答用紙1枚という解釈で間違いないだろう。


  とりあえずわかる人から書いていこう!


  まずはエルフのカタリーナだろ?

  あの人はスパゲッティをゼノシア大陸に広めた人だ!


  だが、それ以外には全然わからないな……。

  一行で終わってしまった。


  まぁ、気を取り直して次へいこう!


  あとは……そうだ、ロベルトだ!

  冒険者ギルドの創設者で、現グランドマスターのヴァルターさんのご先祖さまだ。

  だが、これも二行で終わってしまう。


  あとは誰かいたか?

  おれは生まれてから12年間のあらゆる記憶をたどり七英雄に関することをひねりだす。


  そうだ!

  確かカレンさんが二人ほど話してくれたな。

  エウレス共和国は七英雄の二人が作ったってカレンさんが言ってた。

  だが、その二人の名前が思い出せない……。


  まぁ、エピソードなんかだけでも部分点はくれるだろう。

  おれは名前は書かずに『ある二人がエウレス共和国を建国』とだけ書いておいた。


  あと、昨日カルアの大森林でハリスさんが七英雄の誰かと約束をしたと話していたな!


  確か……ニーアだ!


  『ニーアは精霊ハリスにカルア王国を守るように指示した』


  よし、これで五人だ!

  あとは二人だな。


  そういえば、サラが昔ハンナ母さんに七英雄の物語を読んでもらったって自慢してたな。

  そのとき、確かサラが一番好きなのは『ララ』っていう人間の女性がとてもカッコいいとおれに話していた。

  部分点になりそうなものはどんどん書いていくしかない!


  『ララはカッコいい女性で、現代でも戦う女性の象徴となっている』


  なんだか話を盛ってしまっているが問題ないだろう。

  問題文にはあなたが知っている範囲でと書いてあるのだ。

  おれがこのように知っているのだから問題文には反していない。

  これで六人書けたぞ!


  しかし、ここで試験時間は終了してしまった。

  係の人のかけ声とともに試験は終わり、問題用紙と解答用紙が回収させる。


  まぁ、どうせ悩んだって最後の一人は書けなかったんだ。

  あそこは諦めるしかない。


  だが、魔法理論については4問はしっかりと書けたし、残りの5問も部分点を狙えるのではないかと思う。

  それに最後の七英雄の問題だって紙は埋められなかったけれど六人分は書いたんだ。

  少しくらい点数くれるよね?


  おれはそんな期待を持ちながら次の面接を兼ねた実技試験が始まるのを待った。


 どうやら筆記試験を行ったこの教室が実技試験が始まるまでの控え室になるようだ。

  そして、おれは受験番号が37番で一番最後らしく、実技試験の順番も最後のようだ。


  ちなみに、おれに絡んできた獣人のケビンは受験番号が1番だったようで最初に控え室から消えていった。

  正直おれはほっとしている。

  あいつと同じ空間で実技試験を待つなんてストレス過剰で死んでしまう。


  おれは順番がきて名前が呼ばれるまでじっと座っていた。

  周りの受験生たちがどんどんと消えていく。

  おれは一人静かに集中する。

  面接でどんなことを答えるのかを考えているのだ。


  どうしてこの学校を受けようとしたのか。

  自分の長所や短所は何なのか。

  他にも色々なことを考える。

  そして、何となくだが答えがまとまっていく。


  あとは実技試験だな。

  だがこれに関しては全く予想ができない。


  おれのイメージだと数十メートル離れているところにアーチェリーのまとのようなものがあり、そこに魔法を放って当てるといったものが考えられるが果たしてどうなのだろう?


  父さんもサラも実技試験の内容はその場その場で決まるからよくわからないと言ってたし、参考にならなかったんだよな。

  まぁ、無茶せずにがんばりますか。


  そして、おれの名前が呼ばれた。


  「受験番号37 アベル=ヴェルダンさん。ついて来てください」


  おれは席を立ち上がり係のお兄さんに連れられて歩いていく。


  ここは前世でいう大学のような場所なのだろうか?

  一つ一つの施設がしっかりとしている感じがする。

  おれが知っている高校とはスケールが違い過ぎる。


  そして、第14アリーナという場所までやってきた。

  これは体育館というより競技場って感じだな……。


  おれはこれからの実技試験に不安を覚える。

  昨日、カルアの大森林で限界を越えた魔力を使ったため、魔力自体は回復しているものの今の状態で魔力を使い過ぎるのは身体に悪いのだ。

  本当はあと一週間ほどゆっくりと休んでからじゃないと魔法は行使してはいけないのだが、実技試験でどれほど魔法を使うことになるのやら……。


  そして、おれはお兄さんと一緒にアリーナの中へと入る。

  おれの目の前——競技場の中心には長机が設置されており、八人のおじさんたちが座っていた。


  「それではあちらへお進みください」


  おれを案内してくれたお兄さんはそう告げると、おれたちがやってきた方へと帰ってしまった。

  おれは指示通りにおじさんたちのいる方へと進む。

  そして、彼らの目の前までやってきた。


  「受験番号37番 アベル=ヴェルダンで間違いないか?」


  年配のカエル顔のおじさんがおれに尋ねる。

  まずは面接が始まるのだろうか?

  おれは力が入る。


  「はい! そうです」


  おれはお腹に力を入れて返事をする。

  さぁ、どんな質問でも来やがれ!

  絶対に受かってやるぞ。


  そんな意気込んでいるおれにカエル顔のおじさんは何やら紙をおれに見せつけてくる。


  「君はいったい何をしにここに来たんだね?」


  カエル顔のおじさんが持つその紙にはおれの名前と共に0という数字が書かれていた。


  あの紙におれは見覚えがある。

  先ほどの筆記試験でおれが提出した解答用紙だった。


  「不愉快だ。もう君はいいから今すぐ帰りなさい」


  えっ……。


  おれは自分一人だけ時間が止まったように立ち尽くす。


  「君の実技試験はもう終わったと言っているんだ。早くここから立ち去りなさい」


  解答用紙とその発言により、おれの中で初めての受験は終わりを告げたのだった。

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