88話 獣人との出会い

  おれとサラは無事に受験会場であるカルア高等魔術学校へと到着する。

  それもこれもアイシスがナビしてくれたからだ。


  彼女には本当に感謝している。

  屋敷の人たちがおれのことを『アベルお坊ちゃま!』なんて呼んで付いて来たら受験会場で大騒ぎになるに決まってる。

  どこぞのボンボンだってね。


  おれはできるだけ目立ちたくはないのだ。


  「それでは御二人の良いご報告お待ちしております」


  そう言ってアイシスはおれたちを受験会場まで届け終わったことで帰っていった。


  あれ、帰っちゃうんだ……。


  おれはてっきり、アイシスはおれたちの試験が終わるのを待っていてくれると思ったのにな。

  まぁ、彼女はカシアスの代理人と言っても四六時中おれに付きっきりなわけではないし、そんなこともあるか。


  受験会場には人間がたくさんいた。

  そして、何やらただの人間でもない人もいるようだ。

  頭に犬や猫のケモ耳が付いていたりしっぽがお尻から出ていたりとだ。

  もしかしてあれが噂に聞く……。


  「それじゃアベル、二人そろって合格するわよ!」


  アイシスが帰り、二人きりになったサラはおれに話しかけて来た。


  サラはやる気満々の様子だ。


  そうだよな、気持ちで負けてはいけない。

  おれもテンションを上げていこう!


  「よし! おれはリア充学園生活待ってろよ!!」


  周りの受験生たちがおれの方を振り向いて見てくる。


  あれ……なんか変なこと言った?

  学校生活の楽しみ方の一つはリア充になることじゃないのか?

  もしかして、おれの楽しい学校生活のイメージはズレているのか?


  すると、サラがそっと声をかけてくれる。


  「アベル……すべってるわよ」


  そのなんとも残念そうな顔がおれはとてもつらかった。


  そして、その後は特に会話もなく受験生たちの群れについていった。

  すると受験生たちを整理しているだろうお兄さん方が案内をしている。


  おれたちの番が近づくと前の生徒たちがお兄さんに書類を渡しているのが見えてきた。

  どうやらここで受付のようなものをするらしい。

  そして、おれたちの番がやってくる。


  サラはエウレス共和国から持ってきた書類を、おれは父さんからもらった書類をそれぞれ見せる。

  すると、受付のお兄さんが受験会場を教えてくれる。


  「セアラさんはここをまっすぐ進んで係の者から指示を受けて一次試験会場まで向かってください。アベルさんはそこを右に進んで同様に係の者から指示を受けてください」


  おれとサラは別々の場所に連れていかれてしまうようだ。


  「一緒に受験することはできないんですか?」


  サラは受付のお兄さんに質問する。

  サラとしてはおれと一緒に試験を受けたいのだろう。


  「はい。セアラさんは中等魔術学校の卒業見込みの受験ですが、アベルさんは特別選抜の受験なので試験会場は別々となってしまいます」


  おれとサラは受験資格が違うので全く同じ試験内容ではないと思っていたが、どうやら試験会場もバラバラのようだ。

  まぁ、これは仕方ないな。


  「残念だわね……。とりあえず、終わったらリノを呼んでアベルの魔力を探してもらうから、一人で帰る心配はしないでいいわよ」


  サラが突然とんでもないことを言う。


  いやいや、そんなこと心配してねーよ!

  おれは合格できるかの心配しかしてねーよ!!


  父さんにおれが受ける特別選抜の試験内容を聞いたところ、まずは筆記。

  そして、面接も兼ねた実技の二つがあるそうだ。

  筆記は苦手だし、実技は昨日魔力を使い過ぎて今日も調子悪いし最悪だよ……。


  おれの心配はサラだけ合格しておれはニートになることだ。

  そうなったらサラはもちろん、父さんや母さんのガッカリとした顔を見ないといけないのだ。


  「わかったよ……。じゃあ、また帰りに会おう」


  おれは少し暗い雰囲気でサラにそう告げると別々の道を歩んだ。

  サラはまっすぐ前へ、おれは脇道の右側へ。

  なんだが言葉に虚しさを感じるな。


  それはそうと、おれの気のせいだろうか?

  おれの前にも後ろにも受験生がいないのだ。


  他にあれだけいた受験生たちはサラと同様にまっすぐ進んでいく。

  もしかして、おれあのお兄さんに騙されたんじゃないだろうな?

  おれは不安になりながらも一人だけ別の道を進んでいく。


  すると、係の人らしきお兄さんがいる。


  「おはようございます。特別選抜の試験会場はあちらとなっています」


  おれは案内係のお兄さんの指示に従って指定された教室の入り口へと向かう。

  扉は開いており中がよく見える。


  うわぁ、もう人がいっぱいいるよ……。


  指示された教室の中には数十人の受験生と思わしき子供たちでいっぱいだった。

  やはり、特別選抜というのは受験生が少ないのだろうか?

  サラが向かった方には何百人という人たちが列を成して歩いていったからな。

  この教室は割と小さいし、おれが最後なのかもしれない。


  だが、どうしよう……。

  おれはこの世界に転生してからサラ以外の近い年齢の子どもと話したことがない。

  カレンさんやカトルフィッシュのみんなだってお兄さんお姉さんだったし、アイシスに関しては、見た目は女子高生くらいけど千年以上生きてる悪魔だもんな……。


  数十人もの年齢の近い子どもたちに囲まれて試験開始まで待つなんて怖すぎる。


  よし、時間を潰そう!


  おれは教室の入り口から振り向いてトイレに向かおうとする。

  トイレにこもる作戦だ!


  なんだかいきなりリア充とはほど遠い陰キャ行動だが、まだおれの学校生活は始まっていないのだ。

  これはノーカンである。


  しかし、この作戦は失敗することになる。

  この場から立ち去ろうとして振り向いたおれは男の子とぶつかり倒れてしまった。


  「いたたた……」


  おれは地面に手をつき起き上がろうとする。


  「ごめんな。大丈夫だったか?」


  男の子の声がする。


  あぁ、きっとこれは運命の出会い。

  リア充への第一歩……って、違う違う!


  おれは女の子とリア充したいのだ!!


  「こちらこそごめんな。周りを見ていなかったよ」


  男の子が手を差し出してきたのでおれはそれを掴み起き上がる。


  そして、ぶつかった男の子の顔がよく見える。

  イケメンだ。

  茶髪だがロン毛でなくチャラチャラとしている雰囲気もない。

  おれが好感を持つタイプのイケメンだ。

  そして……ケモ耳があった。


  おれはジッと男の子の頭に付いている犬のケモ耳を眺める。

  至近距離でみると本当に動物の耳みたいだな。

  なんか無性に触りたいけれど、そんなことをしたら怒られそうだから無理だよな……。


  「おれの顔に何かついているのか?」


  男の子がおれに尋ねてくる。


  おっと、マジマジとケモ耳を見過ぎていたようだ!

  失礼だったかもしれないな。


  「あっ、ごめん! おれその……獣人? でいいんだよね? おれ人生で出会ったことがなかったからつい……」


  おれは男の子に謝る。

  すると彼は笑って許してくれた。


  「なんだそんなことかよ。気にするな、お前も苦労してここまで来たんだろう? まあ、獣人を見たことがないものわかるよ」


  なんだがすごい爽やかで好感が持てる。

  やばい、もしかして入学前から友だち第一号ですか!?

  おれはテンションが上がってくる。


  「おれはケビンだ、よろしくな。お前は?」


  どうやらこの獣人の男の子はケビンというらしい。


  「おれはアベルだ! よろしくなケビン」


  これから受験ということもあり本来ならば蹴落とし合うライバルになるかもしれない。

  だが、おれはケビンと一緒に合格したいなと思った。


  「しかし、王都は本当に遠くて大変だぜ。一次試験のときも遠くて受験会場まで来るだけで大変だったのに本試験はもっと遠いときた。しかも、昨日この辺りの森でヤバいことが起きたらしいしな」


  カルアの大森林のことですね……それはおれも絡んでるんですよね、ハハハハ。

  それよりも気になるキーワードがあった。


  「一次試験??」


  一次試験とは何のことだろうか?

  これから一次試験をやるんじゃないのか?

  先ほどだって、サラは一次試験会場へと向かったのだ。


  「一次試験は一次試験だよ! 先月あっただろ?」


  ケビンは笑いながらそう語る。

  1ヶ月前、おれはまだゼノシア大陸にいたんだぞ?

  そんな一次試験の存在など知らん。


  「ごめん、本当に何のことだかわからないんだ。おれ受験しようと決めたのも昨日のことだし」


  おれは魔術学校の仕組みや制度などについて無知過ぎる。

  もしかしたら受験資格によっては一次試験というのが存在するのか?

  例えば獣人は一次試験を通らないと本試験を受けられないとか……。

  でも、だとしたらなぜケビンは人間であるおれに一次試験のことを聞いているのだろう?


  「昨日だと……。お前もしかして推薦枠か?」


  ケビンの雰囲気が一転する。

  なんだか威圧感を感じる。

  やばい怖すぎる……。


  なんだか同級生に恐喝されているみたいだ。

  おれは思わず口が滑ってしまった。


  「推薦枠っていうのが何かは知らないけど父さんが受験できるように手配してくれたんだ」


  これがマズかったのかもしれない。


  「ふざけんな!!」


  ケビンはおれを突き飛ばす。


  おれは再び地面へと倒れ込んだ。


  『おい、何するんだよ!』


  なんて言えたらいいのだがケビンが怖くて言えない。

  やはりおれの中でかつてのトラウマは消えていないようだ。


  「おれをバカにするなよ。てめぇみたいなクズがおれは一番嫌いなんだよ!」


  ケビンはおれにそう告げると教室に入っていこうとする。


  「ちょっと君たち! いったい何をしているんだ」


  案内係のお兄さんがおれたちの騒動を見て駆けつけてくる。


  「大したことじゃありません。そうだよな?」


  ケビンはおれを見て口調を合わせろとでも言うように威嚇をする。


  「はい……。ぼくが勝手に転んだだけです……」


  おれはお兄さんにそう言うことしかできなかった。


  こうしておれは心に不安を抱えたまま筆記試験を迎えることになったのだ。

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