66話 女神カタリーナ様

  おれとアイシスはカルア王国にある森にやってきた。

  ここはおれたちがカルア王国へ転移魔法でやってきたときに転移した場所だ。


  辺りは日が落ちてきたということもあり、暗くなってきている。

  森の中は木々に光が遮られるため余計にだ。


  そして、改めておれは確信する。

  ここはおれの記憶にある場所だ。


  「アイシス……おれ、黙っていたんだけどさ……この場所を知っている気がするんだ」


  おれは隣を歩くアイシスに伝える。

  アイシスは特に何も言うことなく、おれとともに歩くのを止めなかった。


  アイシスからしたらそんなことはどうでもいいのだろうか?

  まぁ、確かにおれがこの場所を知っているからといって、だからどうしたという話だよな。


  しかし、おれにとってこの事はわりと重要な気がする。

  もしも仮に、本当におれがこの場所を知っているだとしたら、それはかつておれがまだ——。


  「アベル様……私からもお話があります」


  突然アイシスが真剣な話し方でおれに話しかける。

  急にどうしたのだろうか?


  「可能性の話ですが、この近くに魔力を感じます。おそらく魔力を抑えて隠れている者がいるかもしれません」


  アイシスはおれだけに聞こえるような小声でそう言った。


  おいおい、なんだよそれ。


  おれは急に怖くなる。

  暗い森でアイシスと二人だけでも怖い状況なのに、隠れているやつがいるかもしれないだって?

  おれは鳥肌が立ち震えてしまう。


  「こちらが気付いたことを相手に知られぬよう、さっきまで通りにしていてください」


  アイシスは続けておれに忠告する。


  そっ、そうだ。

  おれたちが気付いていること相手は気付いていないかもしれないんだ。

  ここは平常心、平常心。

  おれは心を頑張って落ち着かせようと努力する。


  するとアイシスが急に立ち止まる。

  そして、おれの胸の前に左腕を出しておれを制する。


  おれはアイシスの左腕に遮られて立ち止まった。

  いったいどうしたのだろうか?


  「そこの者! 何者だ!?」


  アイシスは目の前の空間に向かってそう叫ぶ。


  おれの頭に最悪の出来事がよぎる。

  もしかして、すぐ目の前にさっき言っていたやつが隠れているのか!?


  アイシスが叫んだ後の静寂の時間は、とても長く感じられた。


  風が吹く音がよく聞こえる。

  草が揺れる音もだ……。

  光の届かない暗闇のなかで自然の音だけが存在していた。


  本当にあそこに誰かが隠れているのだろうか?

  そして、そいつはおれたちに敵対する存在なのだろうか。


  すると、 おれたちの目の前に突如として光が溢れ出し、それが少しずつ人の姿を形作ってゆく。


  本当にいたんだ……!!

  おれの心臓がバクバクと音を立てて鳴っている。


  その光から現れた人物は、純白の美しい肌、宝石のような綺麗な青い瞳に、黄金のような輝きを放つブロンドの髪は腰のあたりまでに下ろしている。

  とても美しい女性が現れたのであった。


  しかし、彼女は人間ではない。

  背中には輝く白銀の翼が一対見えるからだ。


  美を具現化したかのような存在。

  そう、おれは彼女を知っている。


  『はじめましてアベル。時空を超える者よ』


  そこにいたのは、かつておれが夢の中で出会った女神様その人だった。


  「女神様……?」


  思わずその言葉がおれの口から溢れる。

  アイシスはおれのひと言を聞き、警戒を強める。

  おれと女神様の間に身体を入れておれを守ろうとしてくれた。


  それで女神様が完全に見えなくなったというわけではないんだけどね。


  「女神様? それは私のことでしょうか」


  女神様は自分のことを指をさし、おれに尋ねる。

  うわ、めっちゃ可愛いな……。


  「はっ、はい! えっと、そのお久しぶりです」


  おれは少し照れながら挨拶をする。

  アイシスが目の前にいることをいいことにおれは顔を隠す。


  「あら、私は貴方と会うのは初めてだと思いますけれど……」


  え……?

  ——って、そうだよな!?


  おれは夢の中で女神様に会ったと思っているだけなんだし、これって一方的なことだよな。

  それにここで『夢で会いましたね』なんて歯の浮くようなセリフ、あんな美人に言えるわけがない!


  でも、夢で見た人が実際目の前にいるって何だが不思議だな。

  おれが不思議な感覚にとらわれていると、アイシスが動き出した。


  「どうして天使である貴女が、こんな所にいるんですか? それに、隠れて私たちを監視していましたね?」


  アイシスの顔はおれからは見えないが、とても緊迫した空気だということはわかる。

  それに女神様って天使だったのか。

  精霊体の中でも天使を目にするのは初めてだな。


  それより、おれの聞き間違えでなければ監視していたって聞こえたぞ?

  いったい、どういうことなのだろう。


  「ふふっ。魔界において、天使たちに課せられている使命を貴女が知らないわけがありませんよね? それに、悪魔である貴女こそどうして下界であるこの世界にいるんですか? そこの人間の少年に何か関わりがあるんですか?」


  天使である女神様がアイシスに逆に問いかける。


  どうやら天使というのは特別な存在のようで何やら使命があるようだ。

  そして、悪魔であるアイシスがおれの側にいるのはおれを魔王ヴェルデバランの転生者だ思っているからだ。


  「くっ……」


  アイシスは黙り込んでしまっている。

  どうやら、彼女はおれの事を女神様には話したくないようだ。


  「それに、私は魔力を抑えて仕事をしていただけです。私には貴女方が勝手に私のほうに接近してきたように感じましたよ……」


  「それで、もしよろしければ悪魔である貴女がここで何をしているのか教えていただけませんか?」


  女神様がアイシスに再び問いかける。

  アイシスが頑なにおれのことを語らないのはどうしてなのだろうか。


  会話の流れから互いに天使と悪魔と知っていたし、二人は知り合いなのだろうか?

  だとしたら、アイシスは仲の悪い女神様にあまり事情を話したくはないのかもしれない。


  「貴女にお話する義務はありませんので、私たちはもう帰らせてもらいます」


  アイシスはお前に用などないと言わんばかりに帰還を宣言する。

  何やらピリピリとした空気感が怖い。


  「そうですか……。お話いただけないのは残念ですが仕方ありません。私はどうやら嫌われてしまったようなので仕事場を移すとしましょうか」


  女神様はアイシスとは対照的に穏やかに、そして優雅に振る舞っている。

  おれにはアイシスがどうして女神様を警戒しているのかよくわからないな……。


  「私の名はカタリーナ。天使カタリーナです。この人間界に派遣されている天使ですので、またどこかで逢えるかもしれません。それではさようなら」


  女神様はおれたちにそう告げると突然消えてしまった。

  おそらく転移魔法でどこか別の場所へと向かったのだろう。


  それに、女神様はカタリーナという名前なのか。


  カタリーナ……。

  七英雄の中で唯一のエルフである人の名前と一緒だ。

  これは何か関連性があるのだろうか?


  辺りはもう完全に暗くなってしまった。

  この森のことは気になるが今日のところはこれまでにしよう。


  「アイシス、そろそろ戻ろう。もう暗くなってしまった」


  おれは黙り込んでしまっているアイシスに声をかける。


  「申し訳ありませんでした、アベル様……。私はアベル様を危険な目に合わせてしまいました」


  何やらアイシスはとても落ち込んでいるようだ。

  いったいどこが危険だったのだろう?

  おれにはさっぱりとわからない。


  「とりあえず話は後でしよう」


  その後、アイシスの転移魔法でカルア王国の市街地に向かったおれたちは適当な宿屋に泊まることにした。


  そして、おれはアイシスに先程の天使カタリーナのことについて聞くことにしたのであった。




  ◇◇◇




  これはアベルたちが宿屋で寛いでいる頃、魔界で起きていた出来事——。


  そこは人気ひとけのない荒野であり、密会する二人だけがそこにいた。


  「それで、その下界に行けばハリスがいるんだな……」


  一人の男がローブに身を包む浮浪者に改めて尋ねる。


  「はい——。彼女さえ手中に収めてしまえば、貴方の望むモノもおのずと手に入ることでしょう」


  男にとって、それが本当ならば喉から手が出るほど欲しい情報であった。

  だからこそ、正体をいつまでも明かさぬこの精霊体の言葉であっても無視するわけにはいかなかった。


  「ふっ……。他にアテなどないんだ。お前の言葉、信じてみるとするか」


  こうして、アベルたちの知らぬところで人間界に新たな危機が迫っているのであった——。

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