36話 ブラック冒険者ギルドへようこそ(1)

  おれとアイシスは今、ゼノシア大陸のローナ地方というところのフリントという街にやってきた。

  正直この世界の文化を見くびっているところがあった。

  フリントは地球時代の西洋の街並みそのものだった。


  レンガや石で作られた2、3階建ての建造物に、整備された道路。

  道の端には水路が通っており、なだらかに水が流れている。

  あぁ、なんかおれの厨二心が踊る風景だ。

  まるで駆け出し冒険者の街のようだ。


  そういえば昔、ハンナ母さんがゼノシア大陸とはエルフ達が暮らす大陸で人間や獣人はあまりいないという話を聞いた。

  しかし、実際には人間しか見ていないぞ。


  ハンナ母さんの情報は古くて、今では人間たちが暮らしている大陸になってしまったのだろうか。

  それとも、おれが人間とエルフの違いを認識できていないかだな。


  「アイシス、ゼノシア大陸にはエルフがたくさんいるらしい。もしかして、エルフって人間と同じ姿をしているのか?」


  おれはアイシスに尋ねてみる。

  すると、彼女はいつものように淡々と答えてくれる。


  「今のところ純血のエルフには出会ってはいませんね。先程の検査員たちの中に、ハーフやクウォーターのエルフならいましたが——」


  まじかよ。

  全く気づかなかったぜ。

  っていうかアイシスはそんなことまでわかるのかよ。

  本当に有能だな。


  「アイシスって本当にすごいな。何でも知ってそうだ」


  困ったときはアイシスに質問。

  これに限るな。


  「私は万能ではありません。私は1ヶ月前に初めてこの人間界に降り立ちました。魔界では人間もエルフも一度も見たことがなかったので区別は私にはわかりません」


  えっ……?

  なにそれさっきと話違うじゃん!


  「じゃあエルフはまだ見ていないって、適当に言ってるってことなのか?」


  「いえ、とんでもございません。正確には見た目の姿では区別ができないのです。私は魔力感知に優れているので魔力を感じればある程度の種族はわかります」


  なるほどな。

  それで人間とは違う魔力を持つエルフが感覚でわかるということなのか。


  なにそれ、やっぱ有能だよアイシスは。

  おれには全くわからないからな。


  「なるほどな。それでもおれには真似できないすごいことだよ。これからも色々と頼むよ」


  「はい、お任せください」


  そんなことをアイシスと話しながら歩いていたら、とある建物の前に着いた。


  《冒険者ギルド・ローナ地方本部》っと書いてある看板がある。

  どうやら言葉も通じたが文字もフォルステリア大陸と同様なようだ。

  っておい!


  「冒険者ギルドあるじゃんか!!」


  おれは一人で叫んでしまった。


  冒険者ギルドといえば、おれの中のイメージでは西部劇に出てくるような酒場のような木造一階建ての古い建物だった。

  しかし、目の前にあるのは石造りのでっかい建造物。

  まるで古代ギリシアにでもありそうな神殿みたいだ。

  これじゃ、どちらかというと教会と言われた方が近い気がするぞ。


  「なるほど。これがアベル様のおっしゃっていた冒険者ギルドなるものですか」


  アイシスは興味深そうにジロジロと観察をしている。

  まぁ、魔法で火だの水だのを出せる世界で木造建築っていうのはナンセンスなのかもしれないな。


  そんなことを思いながらおれは冒険者ギルドの建物に入る。

  観音開きの扉を開け、内観が現れる。

  とても広々としており、朝だというのに人で溢れかえっていた。


  もう見るからに戦士って感じのごっつい男や、見るからに魔法使いって感じのローブに杖を持った女とか、あとはギルド職員っぽい共通の制服を着た人たちだ!


  あぁ、すごい!

  すごいよ!!


  冒険者ギルドって本当にあったんだよ。

  おれは前世では二次元文化が好きだった。

  だからこそ、この展開には熱いものがある。


  よし、さっそく冒険者として登録しよう!!

  一人で興奮しているおれに声をかける者がいた。


  「初めて見かけるお顔ですが、本日はどういったご用件でしょうか?」


  ギルドの入り口で突っ立っていたおれとアイシスに制服を着た女性が話しかけてきた。


  この女性とても美人だ。

  おれは美人の顔を直視できずに視線を少し下へと向けてしまう。


  おぉっ……なんていうスタイルの良さだ。

  胸の膨らみにくびれのあるお腹まわり、すらりと伸びる美脚。


  パーフェクト!!

  もちろん、女性の制服はスカートで生脚が拝めるものとなっている。


  おれはオドオドとしてしまい、この綺麗な女性の質問に答えることができずにいた。


  「ぇ……あの……そのぉ……」


  アイシスはというとまるで人形かであるように表情一つ変えずにおれの方を見ていた。


  「どうかなされましたか?」


  案内人である綺麗なお姉さんがおれに話しかける。

  うわあ、どうしよう。

  な、なにか言わないとだよな。


  「あっ、あの! こっ、ここは……なにをしているところなんですか!?」


  おれは何を言っているのだろうか。

  そうだな、前世で言えばきっとド田舎から都会に出てきて、田舎では見かけない有名なハンバーガーショップやコンビニエンスストアに来て、店員さんにここは何のお店ですかと聞くようなものだろうか?

  きっと冒険者ギルド本部というのだからほとんどの街には存在するのだし、市民たちはみな何をしている組織なのかを知っているはずだ。

  それに気づいてから急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。


  「えっと……ぼくはいま何歳なのかな?」


  お姉さんは優しくおれに尋ねてくる。

  そうか、今のおれは10歳の男の子なのだ。

  無知でも恥ずかしくないんだぞ!


  「じゅっ……10歳じゅっさいです! 今日この街に来たばかりで何にもわからなくて……」


  おれは話しながら顔を見て話さないのは失礼だと思いお姉さんの顔を見つめる。

  うわ、やっぱすっげぇ美人。


  このお姉さんにもエルフの血が流れているのかな。

  そんなことを思いながらおれは言葉に詰まってしまった。


  「あら、そうだったのね。見たところご両親は一緒じゃないのかしら? 街に来たばかりなら、まずは泊まるところから探してみたらどうかな。あと、ここはぼくがもう少し大人になったらお仕事ができる場所だからね」


  お姉さんは優しくアドバイスをしてくれる。

  あぁ、やばい惚れそうですお姉さん。

  ぼくはあなたと出会うためにこの街に来たんだと思います。

  どうかもう少しぼくが大きくなるまで待っていて——。


  「そこの女! さっさとアベル様の質問に答えなさい。ここは何をする場所なんですか?」


  急に後ろでさっきまで黙っていたアイシスが口を挟む。


  おいおい、何言ってるんだよアイシス!

  別にそんなのもうどうでもいいだろう。

  おれは年齢的にダメだって言われたんだよ。


  しかし、お姉さんはちょっとだけ戸惑った様子だったがすぐに笑顔で質問に答える。


  「はい……失礼しました。こちらは冒険者ギルドローナ地方本部となっております。役割はローナ各地にあるギルドと連絡を取りながら人類を魔物たちの脅威から守るための中央組織です」


  「業務はローナ地方各地から魔物たちや冒険者の情報を集めるだけでなく、こちらの本部でも冒険者たちに魔物討伐の依頼をしております」


  お姉さんが説明してくれる感じだとおれの想像していた冒険者ギルドとだいだい同じだ。


  「あ、あの説明ありがとうございます。それで、おれはあと何年したら冒険者になれるんですか?」


  一応アイシスに、このお姉さんは年齢制限でダメだったからおれへの説明を省いたんだよと伝えるために質問をする。

  するとお姉さんは——。


  「はい……申し上げにくいのですが年齢制限は特にありません……。契約書にサインをして登録料を払えば誰でも冒険者になれます」


  なんとお姉さんは申し訳なさそうな表情で話し出す。


  えぇ??

  年齢制限ないのかよ。

  っていうかよくある試験とか魔力測定みたいなのも必要ないの?


  「それでは貴方はアベル様を、見た目で冒険者になるのは不可能の判断して説明をしなかったということですか?」


  「あっ……いえ、わたしは決して……そのようなことは……」


  「それでは私たちをこの場から追い出すために宿を取るように勧めていたのですか?」


  アイシスが無表情で絶えず言葉のナイフでお姉さんをエグる。

  アイシス、お願いだからもうやめてあげて!

  お姉さんはそんな悪い人じゃないんだよ!


  「アイシス! もうおれは大丈夫だよ。だからもうお姉さんを責めないであげて」


  聞いてるおれが耐えられたくなってしまい、すかさずアイシスを止める。


  「はいアベル様、かしこまりました。しかし、まずはこの女が謝るのが筋ではないでしょうか?」


  お姉さんは震えながらおれたちに謝罪をする。


  「はい……この度は私の不適切な職務態度により、お客様であられる御二人を不快な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」


  頭を下げる彼女を見てこちらの方が悪い気がしてしまう。

  本当におれたちの方こそごめんなさい。


  すると、奥の方から一人の女性がこの現場にやってきて声をかける。


  「うちのカレンがどうかされましたでしょうか?」


  どうやらこの綺麗なお姉さん。

  名前はカレンというらしい。


  それにしても、この人は彼女の上司だろうか?

  見た目は年齢20代後半、髪の毛はカールを巻いていて化粧が少し濃い目。

  女性にしては少し低めの声で女はおれたちに話しかける。


  すると、頭の下げているカレンさんの脚がガクガクと震え出す。


  「どうやら見たところ、うちのカレンが失礼なことをしてしまったようですね。まだ用件がお済みでないのでしたら私が彼女に代わり対応します」


  女は一度頭を下げてからおれたちの方を見る。

  この女のただ者ではないオーラがすごい。

  対峙してみておれはそう感じるのであった。

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