37話 ブラック冒険者ギルドへようこそ(2)

  「どうやら見たところ、うちのカレンが失礼なことをしてしまったようですね。まだ用件がお済みでないのでしたら私が彼女に代わり対応します」


  突如おれたちの前に現れた女はアイシスが泣かせてしまったカレンお姉さんに代わっておれたちに対応すると言い出した。


  「あっ、そこのお姉さんはおれたちにしっかりとした対応をしてくれましたよ。ですからもう大丈夫ですよ!」


  悪いのはこちらだし、特に問題はないことをおれは女性に伝える。

  しかし——。


  「カレン、お客様はこうおっしゃっていますが、それではなぜ貴方は謝罪をしているのですか? 私に説明してくださるかしら」


  女性は言葉づかいこそ丁寧だが、カレンさんに対する圧が強い。

  カレンさんの身体はガクガクと震えている。


  「その……これは……」


  言葉に詰まるカレンさん。


  「カレン? それでは後でゆっくりと聞かせてもらおうかしらね」


  女性の言葉にカレンさんの身体がぶるりと震えた。


  「はい……私が本ギルドについての説明を求められたときに真摯に対応しませんでした」


  カレンさんは声を震わせながら女性に語る。


  「あの! おれ冒険者になれるか聞こうと思ったんです! でも、ほらまだ子どもだから無理でしょ? それでこのお姉さんはもう少し大きくなったらねって……」


  おれは女性に先ほどのことを説明する。


  「なるほど。それでお客様は冒険者になられることを希望するのですか? でしたら今すぐにでも手続きに入ることもできますが?」


  女はおれに提案をしてくる。

  正直、この空気におれは耐えられない。


  「はい……じゃあまず冒険者について色々と聞きたいです。あと、このお姉さんは悪くないので許してあげてください! おれたち本当何も怒っていないので!!」


  おれは女に訴えかける。


  「それについては我々ギルド職員の問題ですので、こちらで処分は下します。一応先ほどの発言はお客様からの言葉として判断の材料にはします」


  女性はテキパキと事務的に対応する。

  なんだかこの人おれは苦手だな……。


  「カレン。貴方は一度下がりなさい」


  女性がカレンさんに向ける視線は鋭く、かなりキツいものでだった。

  カレンさんだけでなく、おれまでぶるりと震えてしまう。


  「それでは、入り口で説明するのも何ですし、あちらへ参りましょうか」


  こうしていきなり現れたカレンさんの上司のような女性におれたちはギルドの奥にある一室に連れていかれた。




 ◇◇◇




  女性の案内である一室に連れてこられたおれたちは椅子に座る。

  椅子といってもソファーのような座り心地だ。

  きっと獣の皮や動物の毛を使って作っているのだろう。


  そして、おれたちの向かいに座る女性の後ろにはローブをまとっている二人の屈強な男たちが立っていた。

  彼らは女性のボディガードとかだろうか?


  「改めまして、私は本ギルドにおける副ギルドマスター、セルフィー=ライト=グリーンと申します。それで、お二人は冒険者登録について興味があるということでよろしいでしょうか?」


  セルフィーと名乗る恐い女性はどうやらこのギルドにおける副ギルドマスターだそうだ。

  それでカレンお姉さんがあれだけ震えていたのだろうか?


  確かに、言われてみればギルド職員たちが着ている制服は同じだが右腕に特別な緑色の腕章が付いている。

  あれが副ギルドマスターとしての証なのだろうか。


  「そうです。おれはアベル、こっちはアイシスです。おれ、魔術学校に通うためにお金が必要なんです。それでお金になりそうな仕事を探していて……」


  おれはセルフィーに仕事を探していることを話す。

  ——って言っても、10歳の子どもが仕事を探しているって前世の常識なら門前払いなんだよな。

  こっちの世界では仕事は見つかるのだろうか。


  「なるほど、そのような事情だったのですね。ちなみに剣術やは扱えますか?」


  セルフィーは一応話を聞いてくれるらしい。

  これは冒険者になれる可能性があるということだろうか?

  だが、闇属性魔法を使えますなんて言ったら大騒ぎになるしな……。

  まぁ、適当に誤魔化しておくか。


  「剣術ももそこそこできますよ。そこらの魔物相手になら基本負けることはないと思います!」


  おれは具体的にどんな魔法が使えるかは説明しないでボカして伝える。


  そういえば、最近アイシスに聞いたのだが魔術と魔法という言葉に厳密な違いはないらしい。


  しかし、人間界では魔術師と魔法使いと一応分けているようだ。

  攻撃魔法を使うのが魔法使い。

  治癒魔法や特殊魔法を使えるのが魔術師というらしい。


  そして、王族や貴族の護衛として雇われている魔法使いや魔術師を敬意を評して魔導師と呼ぶらしい。


  ちなみにリノ調べだ。

  まぁ、厳密に区別する人たちは少ないらしいのだけどね。


  「それはそれはお若いのにすごいのですね。ちなみに今まで出会ったことのある魔物ではどんな魔物がいましたか?」


  まぁ、魔物に負けることなんてないと話す子どもがいたらこうなるよな。

  うーん、どうしようか。

  もしも、冒険者が金になる職業ならばある程度は本当のことを話すのもありだよな。


  ちなみに、先程カレンさんとの会話に口を挟みトラブルにあったこともあってかアイシスはジッと黙り込んで座っている。

  よしよし、えらいぞアイシス。


  「あの、冒険者って魔物を倒してお金をもらう職業なんですよね? やっぱり上位の魔物とか倒せたらいっぱいお金が貰えるんですか?」


  おれはセルフィーに聞いてみる。


  「はい、冒険者は基本的に依頼されている魔物を倒してお金を稼ぎます。冒険者として実績を積み上げ、ランクが上がっていくと仕事も増えますし、報酬は上がっていきます。もしも、上位の魔物をソロで倒せるのならAランク冒険者になるもの容易いでしょう」


  セルフィーは上位の魔物を一人で倒せるのならAランク冒険者になれると言う。

  確か100匹ほど大狼を倒したがあれは上位の魔物だったな。

  あれくらいならおれ一人で問題なく倒せる。


  「そうなんですね。ちなみにAランク冒険者ってどれくらいすごいんですか? あとあと、どれくらい稼げるんですか?」


  おれは思わずセルフィーに食いついて質問してしまう。

  ヤバいヤバい、もしかしたら今度長いお付き合いをしていくかもしれないのだ。

  変なやつだと思われないようにしないと。


  「Aランク冒険者はそう簡単になれるものではありませんが……稼ぎは悪くないですよ。一国の貴族並みに裕福な暮らしができますからね」


  「ちなみに、ランクはGから始まってAまでです。その上にはSランクも存在しますが各大陸に1チームしか存在しません」


  どうやら、Aランク冒険者になれれば資金面では問題ないようだ。

  よし、犯罪者狩りはやめて冒険者になろう!


  それにしてもSランクっていうのがあるのか。

  1チームってことはソロではAランクが最高ってことか?


  「あの、おれ冒険者になりたいです! Aランク冒険者目指して頑張りますよ」


  おれはセルフィーに意気揚々と話す。

  すると、セルフィーはにこにこと笑って書類を出してくれた。


  「かしこまりました。頑張ってAランクを目指してください。それではこちらの契約書にサインをお願いします。それと、登録料として1000リナ、年間費として500リナで合計1500リナをいただきます」


  ん……?

  なんだって?


  おれの頭が追いつかない。

  どういうことだ?

  登録料はまだわかるとして年間費?


  「あの、年間費って何ですか?」


  おれはセルフィーに問いかける。


  「はい。冒険者は年間費を払う義務が法で定められています。そして、そのお金はギルド運営に利用され、結果として市民の皆さまや冒険者の皆さまに還元されるのです」


  どうやら冒険者になるには法的にかなりのお金がかかるらしい。

  1500リナがどれほどの額かはわからないが、街の入場料の10リナと比べたら明らかに破格だ。


  「アイシス、あと手持ちには何リナ残っているんだ?」


  おれは大人しくソファーに座るアイシスに尋ねる。


  「はい、アベル様。手持ちの残りは480リナとなっております」


  アイシスが答える。

  うん、冒険者になるのは今は無理だな。

  地道に稼ぐしかないな。

  そんなことを考えてときだ。


  「アベル様、実は1500リナを支払わなくても冒険者になることは可能です」


  セルフィーがおれに笑顔で話しかける。


  「えっと……それは一体どういうことなんですか?」


  おれはセルフィーに尋ねる。


  「はい、法律上冒険者は登録料と年間費を払わなくてはならないという決まりがあります。しかし、実はこれは後払いでも大丈夫なのです」


  「それじゃあ、冒険者として稼いでから登録料なんかを払うっていうのでもいいってことですか?」


  もしそうだとしたら冒険者になりたい。

  おれは上位の魔物も倒すことができるし、きっとすぐに高ランク冒険者として稼ぐことができる。


  「少しだけ違いますね。後払いを選択される場合は私たちギルドが登録料と年間費を肩代わりします。そして、クエストのクリア報酬としての支払いはギルドへの返済として充てられます」


  「つまり、返済が完了するまでクエストのクリア報酬は直接受け取れないということです」


  はい?

  一体こいつは何を言っているんだろう。


  ようはタダ働きってことだろ?

  ブラックとかそういうレベルじゃないだろそれ。


  「つまり、おれたちにしばらくの間はタダ働きをしろと言ってるんですか?」


  おれは少しだけイライラしながらセルフィーに問いかける。


  「解釈としては間違ってはいません。しかし、ギルドへの返済が終了するまでクエストクリア報酬は通常の3倍支払われます」


  「だいたいの方は10〜15回ほどのクエストクリアで返済を完了しますよ。それに、すぐに現金が必要ならば利子付きでお金を借りられるサービスも用意しておりますよ」


  セルフィーはニコニコとしながらおれたちに説明する。


  おいおい、これって本当に冒険者ギルドなのか?

  巨大詐欺組織だろこれ。


  おそらく、本当は1500リナなんて支払わなくてもギルド運営はできる。

  払ってもらえればラッキー、払えないならばただ働きをさせられる。


  しかも、返済されるまで報酬は普段の3倍って返済後は気持ち的にモチベは下がるし、稼ごうとすればどんどんクエストをしなければならない。

  おまけに金融もやっているって……。


  「悪いけどやっぱおれたちには冒険者はできませんね。すみませんね、セルフィーさん」


  「いえいえ、誠に残念ですがまた気が変わられましたらいつでもお越し下さい」


  セルフィーはニコニコと笑顔を絶やさない。

  だが、お金を稼がなくてはならないのは変わらないんだよな。


  「そうだ! セルフィーさん、おれたち魔物を倒したときに毛皮や牙を剥ぎ取ったんですけど買い取ってもらえますか?」


  おれはセルフィーに尋ねる。


  「どのような魔物ですか? よければ私に見せていただけないでしょうか?」


  おれはカシアスからもらった魔法の収納袋から色々と取り出す。

  カシアスが言うには魔道具であるこの収納袋は、家一個分くらいの空間が内包されているらしく自由にアイテムを出し入れできるらしい。


  「ほう、ブレイブタイガーの牙に皮。それにこっちはデスベアーメイジの物まで……。そして、魔法の収納袋ですか」


  何やらセルフィーは顔には出さないが興奮しているようだった。

  これは案外いい値段が付くんじゃないか?

  わざわざ冒険者にならなくてもこうやってお金を稼げばいいんじゃないか。


  「それで、一体いくらで買い取ってもらえるんだ?」


  おれは期待満々でセルフィーに質問する。


  「何を勘違いさせているのかわかりませんが、私たちギルドがこちらの品々を買い取ることはありませんよ。しかし、貴方方あなたがたが持っていても意味がありませんので私たちが責任をもってこちらの品々を引き取りましょう」


  セルフィーはそう告げるとおれたちを見てニヤリと笑うのであった。

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