28話 別れのとき

  終わったのか……?


  おれは目の前には幅数十mはあろう黒く焼けたさら地の道ができている。

  これは戦いの最後に放った火属性と闇属性の魔法をかけ合わせた黒炎撃破ダークフレイムバーストの影響である。


  「お疲れさまでしたアベル様」


  カシアスが融合シンクロを解きおれの前に姿を現わす。

  しかし、おれはカシアスには目をくれずに一直線に走り出す。


  足が重たい。

  身体が思うように動かない。


  サラ……?

  サラ……!

  サラ……。


  もう少しでサラの所にたどり着くはずだった。

  しかし、視界がぼやけておれは倒れてしまう。


  あぁ、サラ……。

  ダメだ……回復魔法を……。


  だが、一体どうするというのだ。

  戦いの最中はエルダルフを倒すことしか考えていなかった。


  それがサラを助けるための必須条件だからだ。

  だが戦いに勝利した今、おれもカシアスも回復魔法は使えない。

  おれはハンナ母さんと違い、治癒術師のスキルを持っていないため、止血程度の回復魔法しか覚えられなかった。

  これではサラを救えない……。


  冷たい地面がおれの顔から熱を奪ってゆく。

  そして、意識がなくなる直前の最後に聞こえたのはカシアスの声だった。


  「それでは後のことは貴女あなたに任せますよ」


  カシアス……一体どういう……。


  ここで、おれの意識は途切れてしまうのであった。



 ◇◇◇



  おれは夢を見ていた。

  それは、この世界で過ごしてきた日常そのものだった。

  カイル父さんがいて、ハンナ母さんがいて、サラがいて、そしておれがいて——。


  カイル父さんが仕事から帰宅してくる。

  ハンナ母さんは夕食を作っている。

  サラはおれと椅子に座っておしゃべりをしている。

  本当に今までずっと過ごしてきた日々そのものだった。


  そして、食卓を囲み家族みんなで会話をしながら夕食をとる。


  「それでね、それでね! アベルの魔法で大狼たちがどんどん倒れていったんだよ。本当にアベルはすごかったな」


  「そんなことないよ。それに、サラだって一撃で大狼を何匹も倒してたじゃない」


  おれとサラは今日あった出来事を話している。


  「そうなのね。本当に二人とも立派になって、ママ嬉しいわ」


  「本当にそうだね。上位の魔物だよ? 二人とも怖くなかったのかい」


  ハンナ母さんとカイル父さんも会話に混ざって。

  本当にいつもの光景だ。

  サラが今日の出来事を話して、それにカイル父さんとハンナ母さんが楽しそうに反応して。


  幸せな光景だ。

  本当に……。


  「最初は怖かったよ。わたしまったく動けなかったんだから。でも、アベルがわたしを導いてくれたの!」


  「そっか……。やっぱりベルちゃんは頼りになるわね」


  ハンナ母さんがおれに微笑みかける。


  「そうなのよ! それからね、魔界の魔族だって倒しちゃったんだよ! もうアベルは英雄だよね」


  「そうだねセアラ。本当にアベルがきみを守ってくれてよかった。ありがとうアベル」


  「ほんとそうよね。わたしからもありがとう、アベル」


  カイル父さんとハンナ母さんがおれに感謝をしている。

  そんな真剣に言われたら照れてしまうな。

  おれはとても嬉しくなる。



  だけど、そんな幸せな時間も終わりのときが近づいていた——。



  「そろそろ、わたしたちは行かないとだね」


  「そうね、もう行かないとね」


  カイル父さんとハンナ母さんが立ち上がり食卓から離れる。

  どうしたの?

  まだ食事の途中だよ。


  「待ってよパパ、ママ。わたしも今行くから」


  サラも席から立ち上がる。


  「セアラ、きみはまだ来ちゃダメだよ」


  「サラちゃん、ベルちゃんと仲良くね」


  カイル父さんとハンナ母さんが玄関へと向かう。

  おれは何だか胸が苦しくなる。

  まるでこれが永遠の別れかのように感じてしまう。

  そんなわけないのに。

  おれたち家族はこれからも変わらず、ずっと一緒にいられるはずなのに……。


  「二人ともまだ一緒にいようよ! まだまだ話したいことがいっぱいあるんだ。伝えたいことだって……」


  どうしてだろう。

  涙が頬をつたう。


  「いやだよ。行かないで! わたしたちいつも一緒でしょ!」


  サラが二人の元へと駆け出す。

  おれもサラを追いかける。


  カイル父さんが玄関のドアを開けると光があふれ出す。


  そして、カイル父さんとハンナ母さんはおれたちに最後の言葉をのこす。


  「セアラ。きみは本当に自慢の娘だ。可愛くて賢くて勇気があって、そして何より家族想いの優しい子だ。父さんはそんなセアラのことが大好きだよ」


  「パパ……」


  カイル父さんがサラを抱きしめる。


  「セアラ。あなたがいてくれたおかでわたしたちは幸せだったわ。愛してる。これからも家族を大切にするのよ、お姉ちゃん」


  「うんっ……」


  ハンナ母さんもサラを抱きしめる。


  そして、二人はおれの元へとやってくる。


  「アベル。きみが家族でいてくれて本当によかった。セアラを救ってくれてありがとう」


  「でもおれ……大切な二人を守れなかった……」


  「何言ってるんだい。わたしたちはいつだってきみに救われたんだよ。それに、三人で大切な家族セアラを守れたんだ。わたしたちはそれで十分さ」


  カイル父さんがおれを抱きしめる。


  「アベル。あなたはわたしたちの大切な家族よ。幸せな日々をありがとね」


  「おれも……ありがとう……」


  「セアラのこと、これからもよろしくね」


  ハンナ母さんもおれを抱きしめる。

  そして、別れの時間はやってくる。


  「おれ、二人のこと大好きだよ! 今までありがとう。お父さん、お母さん」


  おれは二人にどうしても伝えたかったことを伝える。

  本当に家族でいてくれてありがとう。

  最後くらい笑顔で……。


  「パパ、ママ。わたし、これからアベルと二人でもがんばるから安心して! わたし、家族みんなで過ごしたこと絶対忘れないから!」


  サラも涙を拭き笑顔で気持ちを伝える。


  二人はおれとサラの元を離れ光の中へと消えてゆく。

  最後の別れのとき、おれたち家族は笑っていた。

  それはまるで、おれたちが家族となったあの日のように——。

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