26話 漆黒の召喚術師

  「出てこい悪魔! おれに、力を貸しやがれ!」



  おれは身体中にありったけの魔力を吸収して巨大な魔法陣を描いた。


  おれの身体が苦しいと叫んでいる。

  それでもおれは魔力操作をやめない。


  魔法陣に魔力を使いすぎたか?

  魔法陣からはバチバチと魔力がほとばしり溢れ出す。


  「お前……まだ死なねえのか。それにこの魔法陣……。ハッハッハッお前、召喚術師だったのか。やっぱし、さいっこうにムカつく野郎だぜ」


  エルダルフは再び立ち上がり魔法を発動するおれを見て興奮する。


  「だ……め……」


  サラが声を振り絞りおれを止めようとする。

  しかし、おれにはもうこれしか方法は残っていない。

  サラを助ける方法は……。



  そしてこの人間界に再び悪魔が降臨した——。



  あぁ、そうだよ。

  この禍々まがまがしい魔力。

  全てを呑み込んでしまうかのような漆黒の悪魔。

  彼は月に照らされた美しい黒い翼を優雅に広げ宙に浮いていた。


  「お久しぶりですアベル様。貴方様の方から呼んでいただけるとはわたくし光栄のいたりでございます」


  悪魔がおれに一礼をする。

  おれが悪魔こいつを召喚したのはこんな貴族ごっこみたいなことをするためじゃない。

  サラを助けるためには悪魔こいつの力が必要なんだ。


  「おれに力を貸してくれ。あいつから大切な人を守りたいんだ。そうしたらおれのことはどうしてくれても構わない」


  おれは悪魔に願いを込めて頼み込む。

  しかし、それを聞いていたエルダルフが口を挟む。


  「ハッハッハッ。その薄汚い腰抜け悪魔がおれを倒すだって? 笑わせるんじゃねーよ劣等種! お前ら劣等種が束になってもおれ様には到底及ばないんだよ」


  エルダルフが高らかに笑い、そして悪魔さえも劣等種呼ばわりする。

  どういうことだ、カイル父さんは高位の精霊や天使、悪魔は危険な存在だって……。


  「クックックッ。アベル様、私にはとても魅力なご提案です。……が、あのライカンの言うことは間違っていません。悪魔といえど上位の悪魔以外は魔界では陰に潜み隠れて暮らす劣等種です。残念ながらライカンには勝てません」


  ふざけるなよ。

  おれにはこれしか方法がないんだぞ。

  父さんと母さんを殺した悪魔おまえにすがるしか方法がなかったんだぞ……。


  「シネ!」


  エルダルフは火球ファイヤーボールをおれに向けて放つ。

  おれはありったけの魔力を全て召喚魔法に使ったんだぞ……。

  もう防御魔法なんて……。


  「ええ……私が本当に劣等種ならばね」


  おれの目の前に闇の壁ダークウォールが張られる。

  そして、闇の壁ダークウォールにぶつかった火球ファイヤーボールは炎が拡散して消え去った。

  これはおれの防御魔法ではない。

  おそらく——。


  「なんだ、てめぇは!? どうしてお前みたいな劣等種が……。おれは上位悪魔でお前みたいなやつ知らねえぞ!」


  「クックックッ。でしたら貴方は劣等種の中の劣等種ということではないですか?」


  悪魔がエルダルフをさげすみ笑う。


  「ふざけんな! おれは……おれはカインズ様の右腕、ライカンのエルダルフだぞ!」


  「カインズ……? あぁ、なるほど。クックックッ。カインズ様の右腕とはそれはそれは——」


  どうやらこの魔族はカインズとかいうやつの手下らしい。

  そして、この悪魔はそれを聞くなり唐突に笑い出す。


  「てめぇ……許さねえぞ! おれだけでなくカインズ様までバカにするのか!」


  どうやら、おれの心配は杞憂だったようだ。

  この悪魔はエルダルフよりも強い。

  これなら……。


  おれは希望が見えてきたことにより安堵する。

  しかし、現実はいつも冷酷で残酷で無慈悲だということをおれは忘れていた。


  エルダルフは火球ファイヤーボール土刃アースダガーを連射する。


  悪魔が闇の壁ダークウォールをおれとサラに張ってくれているおかげでおれたちは生きながらえている。


  すごい、防御魔法を複数展開……。

  おれにはできなかったことだ。


  そんな風に感心していると、悪魔がおれに話しかけてくる。


  「アベル様に一つ伝えておくことがあります」


  「どうした? 報酬ならおれの全てをやる。魂でも肉体でもなんでも好きなだけもっていけ」


  「いいえ、違います。実は私、上位悪魔ではないのです。防御魔法は自負しているのですが攻撃魔法は……」


  おい、なんだって?

  それじゃあ……。


  「私は回復魔法も使えません。このままではあの少女は死ぬでしょう。今すぐこの戦闘を終わらせなくてはどうしようもありません」


  「おい……嘘だろ。せっかく希望が見えたんだ。どうにかしろよ!」


  「どうにかしろと申されましても……。どうしてアベル様はあの少女を助けたいのですか?」


  おい、こいつ何を言ってるんだ。

  ぶち殺すぞ。


  「お前、ふざけるなよ……。あの子はおれの大切な人なんだ! だから助けるんだ」


  「では、なぜご自分でその大切なお方をお助けにならないのですか?」


  なっ……。


  「おれだって……助けられるものなら助けてるさ! でも、おれじゃあエルダルフあいつに勝てなかったんだ。どう足掻いてもダメだったんだ」


  「なぜ勝てなかったのですか?」


  「ふざけるなよ! 今サラは危険な状況なんだぞ! どうしてお前におれが責められなければならないんだよ。お前は一体何様なんだよ!」


  「お答えできないのですか?」


  こいつ……。

  悪魔はしつこくおれに質問を続ける。


  「おれが劣等種の人間で! あいつが優等種のライカンだからだよ! だから勝てないんだ。ハナっから相手にならねえんだよ」


  「では、アベル様は大切な方を守るために努力をしてこられたのですか? それでも尚、種族の壁を越えられなかったのですか?」


  「あぁ、そうだよ! おれは……」


  あれ……?


  何かが引っかかる。

  おれは本当に……?


  「それは大切な方を守るために魔法を覚え、腕を磨いていても尚、届かない壁だったのですか?」


  最初におれが魔法を使ったのは自分を守るためだ。


  確かにおれは魔法が使えたらきっとかっこいいと思った。

  きっとすごいことだって思った。

  だけど、実際にはそんなことに魔法は使わなかった。


  魔法を覚えたのは自分の身を守るため、生き抜くため。

  そして、サラの笑顔が見たかったから。


  それはおれが家族のみんなと過ごすのが幸せだったから。

  その幸せがずっと続くように守りたかったから。


  そのために魔法を覚えたんだ。

  決してくだらない私利私欲のためや見栄を張るために魔法を覚えたわけじゃない。


  おれはいつからその気持ちを忘れていたのだろう。

  七英雄にも使えなかった魔法が使えることで調子に乗ったのか?

  本当にくだらないな……。


  この世界の全ての魔法を覚える?

  最強の魔法剣士になる?


  おれが魔法を覚えたのはそんなもののためじゃない。

  大切な人の笑顔が見たかったから。

  その人との幸せを守りたかったからだ。


  それなのにおれはいつのまにかそんなこと忘れて魔法に対して取り組んでこなかった。

  とにかく多くの魔法を……とにかくかっこよくアレンジを……。

  おれは……。


  「すまない……さっきのは嘘だ。おれは……努力してこなかったんだ。大切な人を守るために努力をしてこなかったのに都合のいい言い訳見つけて諦めて……お前を頼ろうとしたんだ……」


  おれのせいでサラが死ぬ……。

  今までおれが見栄張ってきたどうしようもない日々の行いが、くだらない見栄とプライドが……彼女を殺すんだ。

  結局おれには誰一人守れやしない……。


  「では……諦めますか? アベル様が私に頼んだ彼女を助けたいというのも偽りなのですか?」


  そんなことはない。

  おれはサラを助けたい……絶対に……。


  「この気持ちに偽りはない! おれは……サラの笑顔を見たかったんだ。サラとの幸せを守りたかったんだ。だから……おれは魔法を覚えたんだ!」


  悪魔が笑う。

  先程のさげすみの笑みではなくにこやかな笑みで。


  「その気持ち、もう忘れてはダメですよ」


  悪魔がおれに思い出させてくれた。

  おれの視界がゆっくりとひらけてゆく気がした。


  「あーあ。いつまでお前らは殻に閉じこもってるつもりだぁ? 出てこないとそこにいる女、お前の大切な嬢ちゃん死ぬぞ」


  エルダルフが一度魔法の連射を止めておれたちを挑発をする。

  だが、もう隠れるの時間は終わりだ。


  「アベル様とエルダルフあやつに種族の壁があるというのなら、私がその壁を乗り越えられるようにアベル様を引き上げます。大丈夫ですよ、今のアベル様ならばもう——」


  やっぱりおれはサラのことを諦められない。

  この悪魔がどんなに邪悪な存在なのかはわからない。

  過去におれの父さんと母さんを殺したのかもしれない。

  だが、おれは悪魔こいつを信じる。


  「改めて頼む。おれに手を貸してくれ!」


  おれは悪魔に手を差し伸べる。


  「契約に関してはアベル様の全てでよろしいのですね」


  悪魔も笑いながら手を差し伸べる。


  「あぁ、全部持っていけ!」


  おれは悪魔が差し出す手を握りしめる。


  「私の名はカシアス。改めてよろしくお願いします」


  「こちらこそ、よろしくなカシアス!」


  こうしておれは再びエルダルフに挑む。


  サラを助けるために。

  そして、失った志を取り戻し、カシアスをいう仲間とともに。

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