第27話 視点③

 こんな生活を二年くらい続けていると、川下という男の子と百瀬という女の子が先輩のアルバイト先に加わった。先輩は面倒見がよく、後輩の指導も責任もってやっていて更にかっこいい、やっぱり好きだなぁと実感した。

ある日、私は会社の飲み会に参加して早く帰って先輩の様子を見ていたいのにお酒を注がれ不覚にも酔っぱらってしまった。久しぶりのお酒、つい飲まされてしまい結構視界がフラフラする。

もうきっと先輩は家についてるだろうなと思いながらコンビニに入ると、そこには先輩がいた。お酒のドキドキは瞬時に恋のときめきに変わり、先輩が出ていくのをただ見つめた。

私はリンゴジュースを2本買い、追うように外へ出ると先輩は入り口付近で苦しそうにもがいていた。

気づかれるかな?そんな気持ちもよぎって、更にドキドキしたけど気分が良かったのもあって私は思わず声をかけてしまった。

先輩は私が持っていたりんごジュースを受け取り、勢いよく飲んだ。

今、先輩の口の中はきっと甘いんだろうなぁ。私は飲み続けているリンゴジュースの味を思い出しながら必死に飲み込んでいる喉の動きに目を向けていた。

そのあとは怪しまれないようにあまり長く話さず、帰ることにした。

ずっと慎重に行動していたのに、帰り道先輩をコンビニで見かけてテンションが上がってしまった。

次の日、お酒がすっかり抜けた私は昨日の自分の大胆な行動を思い出して嘆いていた。あんなに気を付けていたのに、また田口先輩のように私のことを鬱陶しがって避けるようになるんじゃないかと思うと気が気でなかった。

それからというもの、先輩は私と頻繁に目が合うようになった。私は今までつけたり、先輩を見ていたことがバレているのかと内心ずっと心配していた。

でも、先輩の部屋のカメラや先輩の動きを見ているとどうやらそうではないことに気が付いた。先輩は、私の後を追うようになっていたのだ。

私が帰宅してすぐ、先輩は私のアパートを見上げている。嬉しかった、嬉しくて嬉しくて、笑いが止まらなかった。先輩が先輩の家に入る後姿も愛おしくてたまらなかった。

最初は何が起きたのかわからなかった私も、先輩が私のことを好きになったと確信できたのは先輩の部屋がリンゴジュースのペットボトルの空で溢れたときだった。

私は家に友達や家族を呼ぶのをやめた。どうせ、先輩に肩入れしすぎて勘づかれないようにするためのフェイクでしかない。仕事で疲れているから当分こなくていいと伝えるとみんなすんなりと受けれてくれた。

しばらくして、私は戸棚から微かに物音がしたのを聞き逃さなかった。確実に誰かがこの部屋にいる。

今日、いつもなら先輩はアルバイトなのに本屋にいなかった。家は電気がついている様子もない。先輩なんじゃないか、直感的にそう思うと私のことを愛し始めてくれてる先輩のことが愛おしくて仕方なかった。

私の直感は概ね当たり、先輩は双眼鏡のようなものを買ってきていた。

毎日そこから私の部屋を見ているようだったので、カーテンを閉めることはあまりしなかった。私はテレビにスマートフォンを接続して、先輩の部屋の映像を大画面で見ていた。双眼鏡を覗き込む姿が画面に映し出されていて、かなり長い時間私のことを見つめてくれているのがわかった。私は愛されている満足感でいっぱいだった。でも、時間で愛の深さが測れるなら私は先輩の二倍くらいずっと先輩を見ている。そしてこの先もずっと見ていることになると思った。

そんな先輩がずっと心地よく居られるように、トイレットペーパーを三角折にしたり、日用品は一か所に置かずに分けることで必要に応じて出すのに困らないようにと考慮した。

あと、先輩のいる場所を把握するために次の日にまたカメラを買いに行った。

好きな人のためにお金を使うのは楽しかった。四か所につけたカメラのうち、脱衣所に取り付けたカメラは先輩の姿が映ることはあまりなかったから、戸棚の中に設置しなおした。

寝る前も、こちらの様子をうかがう先輩をタイムリーにスマートフォンで確認できる。

必死にバレない様にと息を潜めている先輩は可愛くてその表情一つが愛おしくて、嬉しさを通り越して押し上げてくる言い表せられない自分の感情を抑えるのが大変だった。枕を噛んで、声に出そうな笑みを押し殺すことさえあった。

幸せな毎日だったのに、突然先輩は実家に帰ってしまった。自宅でどこかに行く準備をしていたから遠出することはわかっていた。先輩のあとをいつものようにつけて、梅雨の曇り空の下私は先輩と背中合わせでベンチに座った。予定時刻通りにきた電車に乗った先輩とは別の乗車口から同じ車両に乗り、一人だけ別の人を挟んで先輩が見える席に座った。先輩はまっすぐ前を向いて景色を眺めていた。その横顔も美しい絵画のようで見慣れたはずなのにどれだけ見ていても飽きることはなかった。何駅か乗ったところで、見覚えのある女も乗ってきた。

桜田君、なんて馴れ馴れしく先輩の名前を呼んだ挙句、その女は先輩の隣の席に座った。

電車の中では話をしている人は少なく、かろうじてここまで会話の内容が聞こえてくる。

耳をすませて聞いていると、仕事の話をしていたのにあの女は何思ったのか大学時代の話をしていた。私は自分の心が氷のように冷たく冷えていくのを感じる。それとは真逆に胃のあたりから熱くけたたましい憎悪の感情が喉の方へ押しあがってくるのも感じた。

女が、先輩に気持ちの悪いはにかんだ笑顔を向けたところを私は見ていた。

何か更に続けて言おうとしたところで私と目が合った。その瞬間女は思い出したかのような表情を浮かべてすぐに下を向いた。許さない、あの時も同じことを言ったはずだった。あの女は結局しつこく先輩のことを諦めてはいなかったのだ。絶対に許さない、私はそれ以外考えられなかった。

やっとうまくいきそうなこの状況を、またあの女が壊そうとしている。その事実が私の怒りを恨みとして根深くするのは簡単だった。女が逃げるように降りて行ったその背中を穴が開きそうなほど見ていたが、あとで駆除する方法を考えようと前に向き直る。

先輩が乗り継ぎを経て、駅に着いてからバスに乗るものだと思っていたらお父さんが迎えに来ていた。私は残念な気持ちを胸にバス停に並ぶ。車の窓越しに先輩はこちらを見ているように見えた。

それからすぐに来たバスに乗って、私はゆっくりと先輩の実家へ向かっていた。

バスは事故による渋滞で予定時刻から遅れ、私は少し遅く先輩の家の付近にあるバス停にたどりついた。高校の時に生徒のたまり場だったゲームセンターの前を通り、先輩の家へ向かう前にコンビニに寄った。実家へ行くと楽しそうな家族の会話が窓から聞こえていた。

私は近くのホテルに泊まり、先輩の様子を一時間に一回は見にきた。

夜は先輩の部屋が暗くなったのを見届けて私も眠りにつくことにした。

次の日には、さすがに仕事に行かなくてはならなかったので朝一の電車で自宅に帰った。

先輩が帰ってくるまで寂しい夜が続いたが、一週間後になることは電話での会話を聞いて知っていたので、その間は先輩の家で過ごしていた。先輩の布団で眠ったり、お風呂に入ったり。バレない確信なんてものは常にないけど、バレても先輩は私のことが好きだから大丈夫だと思っていた。結局、予定通りに帰宅した先輩を自分の家でカメラを通して確認し、元の生活をまた始めた。

先輩はあまり規則正しい生活ではなく、私のことを食い入るように見ている時期もあれば、突然興味を失ったかのように全く見向きもしなくなることがあった。私はその行動の真意がわからず、心穏やかに過ごせない時期もあった。

先輩がコンビニに来なくなったりもするので、本屋さんの方へ顔を出すことも増えた。その行動の理由がわからない間は不安も多く、立ち読みするフリを忘れて先輩を見つめてしまうことが多々あった。本屋に顔を出す機会が増えてきたので、私はバレないようにウィッグとマスクもしていたが、よくお店に来ていることが従業員の人たちに知れていて警戒されているようだった。

先輩の周りの人間には注意を払っていたから、百瀬という女が先輩に色目を使っているのも目に付いた。年下だからって調子に乗っている、私はきちんと教えてあげようと思った。でも、川下という男の子が百瀬とかいうやつを特別な目で見ていることにも気が付いた。この男とあの女がくっつけば万事解決で、私が特別何かしなくても事が片付くことが予想される。私はずっと川下という男が行動に出るのを待った。でも、あの女の方が男より行動力があって、先輩の腕にしがみついたり、一緒にご飯を食べたりしていた。その様子を見ていると握った手のひらに爪が食い込んだ。あの女の後ろの席で聞いていた会話は吐き気を催した。先輩が困っている、声を聞いていて困惑しているのが十分すぎるほど伝わってきた。私の中で、邪魔な存在という以前に先輩にとっても邪魔な存在というのは自分が行動を起こすのに十分な理由だった。

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