第25話 視点①
「ただいまー」
今日、桜田先輩は本屋のアルバイトを17時に終えている。
私はいつも19時半ころに帰っているからその時間までには部屋に来るだろう。
いつもみたいな時間に毎日帰りたいけど、たまには残業して遅くなったりした方が社会人っぽいよね。
「はぁ、残業しちゃったよ~。明日も朝早いのに」
私は廊下にある戸棚の前を通り過ぎた。今、桜田先輩は戸棚にいる。
帰ってきた私の様子が気になるのか大抵戸棚にいることが多いように思った。
部屋には全部で4か所カメラがある。玄関の招き猫の目の中に一つ、居間のテレビ台、寝室の目覚まし時計の中。もう一つは元々、脱衣所につけていたけど先輩が映ることはあまりなかったから、場所を移した。私はいつもスマートフォンに転送される録画を見てから
帰るから彼がどこにいるかを把握できていた。
「もう23時かぁ、ニュースしかやってないじゃん」
私は大きめに独り言をつぶやいて、シャワーに入った。
お風呂から上がりスマートフォンを確認すると、押し入れに移動しているのがわかった。
髪をタオルで拭きながら、冷蔵庫のリンゴジュースを飲む。
あの日、間違いなくこの味が桜田先輩の口の中に広がっていた。にやけてしまいそうなのを必死にこらえて、もっともっと話していたい気持ちを必死で抑えて、私は手を振ったのだ。先輩と話せたその事実が嬉しくて、帰り道はずっと会話が脳内で繰り返されていた。
桜田先輩の存在を知ったのは、高校生の時。
私は田口先輩のことが好きだった。いつもキラキラしていて、ファンがとても多い人だった。
一つ後輩の私は同学年の人と比べて接点が少なかったからたくさん連絡したり、一緒に帰りたくてそれとなく近づくことも多かった。
先輩に近づく女はみんな消えればいいと思っていたし、実際にその女どもの物を校舎裏の川に捨てたこともある。スマートフォンも、カバンも二度と使えないようにハサミで切り刻んだり学校の屋上から校舎裏に捨てるのも爽快で気分がよく晴れた。
最初は後輩だったからか優しくしてくれたのに田口先輩は私を鬱陶しがるようなった。
最後なんて顔が無理って、ひどい言葉を浴びせられたのも忘れていない。
急に優しくしてくれなくなったから、田口先輩もいなくなればいいと思った。
私は踊り場で田口先輩に話しかけたけど、めんどくさそうな顔をしてすぐに降りていっちゃったからそのまま足で背中を押した。いくら運動神経の良い田口先輩でも、階段の上ではただ打ち付けられるように落ちていくだけだった。
先輩は動かなかったから死んだのかと思った。でも、息はしてたしもう部活も終わって外も暗い時間帯だったから見回りの人が見つけてくれるかなって思って置いて帰った。
足の骨も折れて、頭を強く打ったとかで先輩が入院した話は翌日のホームルームで聞いた。先輩の意識は戻ったみたいだけど、私が落としたことは覚えていないみたいで先輩は階段から滑り落ちてしまったようだということで話が落ち着いていた。
「ばかじゃん」
田口先輩のことを追いかけるのはやめたけど、今までのつきまとい的な行為が同級生には知れていて、陰でストーカーと呼ばれていることはわかっていた。
自分は間違ってない、好きだからそばにいたいだけなのに。そんな歪んだ愛情表現しかできない低俗な生き物と私を一緒にするなんてどうかしている。
私の周りには誰もいなくなった、でも理解度の低い魅力のない人間が傍にいなくてもいいと思ってた。そんなとき、食堂の自動販売機であたりを当てた桜田先輩は後ろに並んでいた私によかったらどうぞとりんごジュースを差し出した。
男の人から物をもらうことは初めてだったし、校内中で噂されていたのに優しくしてくれた桜田先輩を好きにならないわけがなかった。その瞬間、少女漫画のようだとも思った。困ったヒロインに手を差し伸べて優しくする主人公がヒロインと結ばれないわけがないのだ。
もう十二月になって寒さが一段と強くなっていた。あと三か月もしたら先輩は卒業してしまう。私は先輩が推薦受験で大学に合格していることを知っていた。当然、私も同じところに行くことを決めていた。
残り少ない高校生活を先輩はいつも通り平凡に過ごしていたから、私も休み時間やお昼には決まって先輩を見に行った。本を読んでいるか、田口先輩と話していることが多かったけど、下校途中では良い情報を得ることもできた。
「桜田はさ、クラスメイトの女子で誰が一番可愛いと思う?」
「うーん、あまりそういう風に考えたことはなかったなぁ。 そもそもあまり話したことがないし」
「いいんだよ、見た目で! 今クラスで投票会してんのよ」
「なんだかあまり良い気のしない投票会だね。そうだなぁ、河野さんとか結構顔が整っているよね」
河野?誰かなぁ、私は次の日すぐに先輩のクラスを覗きに行って、河野という女が誰か確かめた。
目が二重で鼻も高い、笑うと頬が際立っている。その日のうちに、河野という女をつけて無音のカメラで顔を前と横から何枚も撮った。
先輩は三か月という月日をあっという間に通過して高校からいなくなってしまった。
私も同じ大学に入学するために、たくさん勉強をした。
そしてアルバイトも入れてお金も貯めた。それ以外の時間は桜田先輩の後を追ってどこに住んでいるかを特定したり、先輩が何のバイトをしているかなどを調べる時間に当てた。
一年間、バイトと勉強と先輩のおっかけで忙しかったけど、先輩のことを思えば私はなんでもできる。もちろん大学は志望校に無事合格し、春休みの間に大学の準備と整形をした。
たくさん撮った河野さんの写真を整形するときに見せて似せてもらえるようにした。
お金がかかるから全部を似せることはできなかったけど、満足のいくものにはなった。
計画通り、入学する頃にはダウンタイムも終わって何の違和感もなく過ごすことができた。
先輩と同じ学部で同じ学科、学年が違う分直接かかわることはなかったけど、キャンパスで先輩を見かけることはたくさんある。
住まいは先輩のアパートの隣のアパートにしたけど、これは失敗だった。
朝出かける先輩と夜帰ってくる先輩しか見ることができなかったからだ。それに私は先輩と同じ電車に乗るから、その姿が見れるというのはあまり意味がない。
先輩の取っている講義もサークルもバイト先も、全部わかっていたから彼女がいないことも知っていた。
ひょっとして私のこと好きで、彼女を作らないんじゃないかな。
そう考えると明日告白されたりして、なんて妄想が止まらなかった。
それでも私は高校の時、ストーカー扱いされて好きな人に距離を取られたこともあったからできるだけ慎重に行動をするように心がけていた。
直接話すことはほとんどなかったけど、桜田先輩がお昼に何をよく食べているかとか、お酒はあまり強くないとか、アニメをよく見るとか情報は毎日更新されていった。
私はいつ先輩に話かけようかその機会をうかがってはいた。
そんな時に、安田とかいう女が先輩に告白した。先輩を見つめているから先輩の周りをウロウロする女もよく見えていた。最近やたらと先輩に話しかけているから怪しいなとは思っていたから女の方も情報収集のためにつけていた。そしたら食堂で先輩に告白したと同級生に話ているのが聞こえて、私はこの邪魔者を排除しないといけないと考えた。その日は安田とかいう女がバイトを終えたところを待ち伏せしていた。この女が一人で帰る帰り道は街灯が少なかった。
私はそこで女を追い抜かし、目の前を塞ぐように立ち止まった。突然立ちはだかった私に少し驚きはしたものの、よけるように前に進もうとしたから腕を掴んだ。さすがに顔がこわばったのが暗がりでもよくわかった。
「桜田先輩のことは諦めてください」
私は変声機を使って語りかけた。機械音の声が静かな道に不気味に響く。
女は私の指示に返事はせず、誰?と返してきたので、同じ言葉をもう一度繰り返した。
暗い帰り道に、たった一人でいるときに男か女かもわからない機械の声が響けば誰でも恐怖を感じることだろう。それでも女は諦めるとは言わなかった。
「諦めるまで諦めないからね、許さないからね」
と伝え、私はその場から立ち去った。
そのあとは女の携帯に無言電話を色んな公衆電話をめぐって一日に何百回もかけた。
途中で電源を落としたのか、電話はかからなくなってしまった。
電話作戦ができなくなったので次の手を考えながら大学へ行くとあの女がフラフラと構内を歩いているのを見かけた。
それから桜田先輩と話すところを一度も見かけなかったから私はその女を許してあげた。
やっとその女を排除したのに、一年も経てばまた別な女が桜田先輩の周りをうろついていた。同じ方法で女を追い払ったら、その女は精神を病んだようでそのまま退学した。
先輩の周りをうろつく女の排除も大変だったけど、私も整形してから男の人に声をかけられることが増えた。その度に自分が特別だと思えたし、先輩しか考えられないんだと改めて実感することができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます