第23話 悪あがき

 僕はせっかくならと玉ねぎとピーマンだけではなく、トマトやレタスなどサラダの材料とお菓子も買った。

「そういえば、お金拾っただけなのにスナック菓子くれたことありましたよね」

お菓子コーナーで彼女はぽつりと呟いた。

「覚えてたんですね、何かお礼しないとと思ったんですけど持ってたのがあれだけで。でも堂本さんあの後コンビニ来なくなりませんでした?」

僕はずっと気になっていたことを自然にまかせていつの間にか口に出して聞いてしまった。

少し静かな時間が流れたあと、堂本さんはただ帰り道を変えたい気分になって違う道を使っていたと教えてくれた。

レジに並び、会計を済ませると僕はやっぱりこのまますんなり帰りたくないなと思った。

「わらび餅シェイク、気になりません?」

僕の突然の問いかけにきょとんとしている堂本さんは、しばらく考えた後においしそうですねと答えてくれた。

「ここから、そう遠くないところに売ってるんです。 よかったら、せっかくこの駅まで来ましたし、行ってみませんか?」

僕は相手が好きな人だと思うと緊張してしまうので、社員の時の得意先への対応を思い出してなんとか普通を装った。

堂本さんもとても優しい性格をしていると思う、僕の突然の提案もいいですねと受け入れてくれてさっき来た道を一緒に戻ってくれている。

ビニール袋をガサガサと鳴らしてパンドラの前を通り過ぎると、神社についた。

「神社?」

堂本さんが鳥居を見上げながら僕に聞く。

「はい、実は神社の敷地の中で出店として出しているみたいですよ」

「ご利益のありそうなシェイクなんですね」

彼女は鳥居の前で一礼し、そのまま敷地に踏み込んだ。僕も真似をして彼女の後を追う。

少し歩くと既に行列ができていて、探すまでもなかった。

わらび餅シェイクを手に入れた人たちは、ベンチで飲んだりそのままお持ち帰りしている人も多そうだった。僕らは最後尾に並び、順番が来るのを待った。

「せっかくなら、おみくじも引いていきませんか?」

彼女はまだ奥にある神社を見ながら僕にそう提案した。

今年、初詣も行かなかったからもう一年の半分が過ぎたのに今年のおみくじを引いていない。

「いいですね、去年は小吉だったなぁ」

「私もです」

僕は小吉でショックだったけど、彼女と一緒だと思うと悪くないと思ってしまった。

「初詣では、中吉でした。大吉がほしいです」

彼女は今年、初詣に行っておみくじをひいているようだった。 

一年に何回もおみくじを引くのは珍しいなと思った。

十五分ほど待って、僕らはわらび餅シェイクを受け取った。

一口飲んでみて、なんとも言えない初めての食感と味が口の中に広がる。

まぁ、食レポしていた女性アナウンサーのように美味しいを連呼するほどではないけど、まずくもないかな。

「おいしい! なにこれ、おいしい!」

彼女が今朝見たアナウンサーのように美味しいを連呼し始めた。

その瞳はキラキラと輝いていて、とても美味しいと思っていることが伝わってくる。

そのまま再び飲みかけのシェイクを写真に収め、彼女はたった今空いたベンチに座った。

僕も少し距離を置きつつその隣に腰をかける。

「すごい美味しいですね、これ! 世界で二番目に美味しいです」

世界で一番目はきっとあのコンビニのリンゴジュースで間違いないなと瞬時に答えを導き出した僕だったが、一番目は何ですか?と問いかけた。

「最初に会った時に渡したリンゴジュースですよ!」

僕は、たった今回答を理解したかのようなリアクションをする。

「あのリンゴジュース結構おいしいですもんね」

僕が同調すると彼女の表情は一段と明るくなった。

可愛らしいその表情を見つめすぎておかしくならないように、すぐに僕は視線を前に戻す。

まだまだ続くわらび餅シェイクの行列を眺めていると、髪の毛の短い女の人が並んでいるのを見つけた。

僕の心臓には突き刺さるような痛みが一瞬走り、思わず二度見する。

いつも本屋に来るストーカーに似てる、僕は百瀬さんの言う通り自分がストーカーされているのかと思いしばらく見ていたが、その女の人はこちらを向くことなく横にいる友人らしき人と話していた。

僕はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま後姿を見つめ、絶対こちらを振り向くはずだと目を離さなかった。

「桜田さん?」

横からの不意な呼びかけに堂本さんが隣にいることを思い出す。

「あ、はい」

「どうかしたんですか? とてもこわばった表情していましたけど」

慌てて表情をやわらげ、僕はなんでもないですと誤魔化した。

今この状況を見られると、ストーカーが勘違いするのは避けられない。百瀬さんが被害に合っていることを考えても確実に堂本さんに被害が出るだろう。

まだわらび餅シェイクは残っているものの、おみくじを引きに行きましょうと立ち上がりながら僕は堂本さんに言った。

堂本さんもそうですねとすぐに立ち上がり、一緒におみくじの方へ向かう。

五円を入れてまずは参拝、それから百円を入れておみくじを引いた。

彼女のお願い事はなんだったんだろう? 僕のお願いごとは言うまでもないけど背後が気になってあまり集中できなかった。

おみくじは開けてみると相変わらず小吉だった。

「わぁ! 大吉です!」

彼女はまた瞳をキラキラとさせている。

僕は一番気になっていると言っても過言じゃない恋愛の欄を見る。そこにはシンプルに諦めなさいという文字が記載されていた。

「おみくじって意外と当たるかもですね」

僕が呟いたその言葉に、彼女はそうですね!と意気揚々と答えた。

少し寄り道が出来て、いい思い出になった。僕はこの日のことをこの先ずっと忘れないだろうな。階段を降りるときに正面からはさっきのストーカーらしき人が上がってくるのが見えた。僕は少し堂本さんとの関係を見誤られないように距離を置きながら、すれ違い様に顔を確認した。こちらの動きに気が付いたのか、目が合う。

「人違いだ……」

僕の肩の力はすっと抜けた。髪の色や背格好まで似ていたから完璧にそうだと思ったけど顔は全然違った。

安心して彼女の隣に戻り、帰り道を歩く。

「そういえば、最近アルバイト先に後輩を目当てにしたストーカーがよく来るんですよね」

僕が唐突にそんな話をしたので彼女は目を丸くしていた。

「ニュースとかでもよく事件に発展してるじゃないですか。 堂本さんはそういうことないですか?」

仮に百瀬さんの言う通りなら僕が堂本さんのことを好きなのはストーカーにバレていることだろう。堂本さんの安否確認を兼ねての話題だった。

「その後輩さん大丈夫なんですか? 私は……そういえば最近誰かにつけられているように感じることがあります。その話を聞くと、なんだか急に怖いですね」

既に被害に合っている可能性が高いと感じる反面、ひょっとして僕の行いで度々そう思っているのかなと思う部分もあった。

「それも心配ですね。後輩は男なのでそんなに精神的に参ったりはしていないんですが、堂本さんは女の人ですし怖いですよね。それに、つけているのが異性とは限らないと考えるとなおのこと怖いですし」

「どういう意味ですか?」

「いや、これもその後輩の話の続きなんですけどその後輩と仲良くしている女の子のところにもそのストーカーが現れたみたいで」

「へー、それで何をされたんですか?」

堂本さんは怖いのか表情がみるみる暗くなった。

「それがその女の子に何をしたかまではわからないんですよね。その子がすぐにアルバイトやめちゃったので。でも、この話少し疑問が残る部分もあって」

「疑問ですか?」

「その女の子がこの間、アルバイト先の前まで来ていたから声をかけたんですよね。 そしたらまぁ色々あって紙を渡されて、そのまま走り去って行っちゃって。その紙に、その女の人は僕のストーカーをしているみたいなことが書かれてたんですよ。すごい怖くないですか?」

僕は笑いながら、でもずっと不安に思っていたところもあったので彼女に話すことで気分を落ち着けようとしていた。

「ホラー映画が作れそうなくらい怖いです」

彼女は手で顔を覆って怯えているようだった。

「こういうのって自分がされているかもと思うと急に怖くなりますよね。すみません、怖がらせてしまって」

「いえ、私のはたぶん気のせいだと思うので大丈夫です。それより、その後輩の女の子は勇気がありますね。その行動すら見られている可能性があったわけじゃないですか」

「確かにそうですね。その子は結構気が強いというか……思いやりもありますしね。僕より良い意味で男っぽいかもしれません。でも、虫が大の苦手で店舗に入ってくる蛾とか倉庫に出る蜘蛛を見つけると毎回叫んでいましたよ。その中でも特に蝉が苦手みたいで、バイト帰りに自転車に蝉がついていた時は泣きながら助けを求めてきましたね」

僕は百瀬さんとの思い出を振り返りながら意外と女の子らしいところもあったのだなと再認識した。

「蝉だと、今が特に旬ですから大変ですね」

「旬ってなんですか。急においしそうに聞こえますね」

僕がそう笑うと、彼女もまたふにゃりと笑い返した。

あぁ、幸せだなぁ。僕らはたった2時間半のお礼という時間を過ごし解散した。

それ以降は、ナポリタンの画像を送ったきり特に何の連絡も取らなくなってしまった。どんなメッセージを送ればいいのか迷いに迷って期間が空いてしまった。

それに、堂本さんには好きな人がいる。あくまでこの間の出来事はお礼に過ぎないのだ。

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