第22話 最後の思い出
道路に出ると日差しは強くジリジリとしている。
紺色のズボンはみるみる太陽の熱を吸収している気がした。
最寄りの駅まではすぐなので、ついて時刻を確認すると待ち合わせの十五分前だった。
まだ来ている様子はさすがになく、僕は目立ちそうな銅像の近くの日陰に入った。
十五分後には彼女もここにいる、そう考えるとまだ実は夢の中にいるんじゃないかと思うほど足元がふわふわする。
僕は彼女と出会った頃のことから順に思い出していた。
なんにもなかった僕の人生に迷いなく差し込んだ光は間違いなく彼女だ。僕は光に群がる蛾のように夢中でそれを追いかけている。その方法が間違っているとずっと思ったまま、ただ本能が僕を突き動かしていた。
こんな夢のような展開で喜んでいていいような人間じゃない。
いつか手ひどいしっぺ返しがくることは免れないだろうな。
それでも今はこの時間を楽しんで、一生の思い出にしたい。僕は改めて、今日これから訪れる夢の時間を楽しむ決意をした。
「桜田さん?」
僕は気がつくと隣にいた堂本さんに驚き、飛び跳ねる。
「ふふっ 驚かせちゃいましたね」
麦わら帽子をかぶり、暑いのか髪の毛をまとめている彼女はこちらを覗き込むように見て笑っていた。上目遣いに開始早々心臓を痛めている僕をよそに彼女は駅の中へ入っていく。
「今日は一段と暑いですね」
「そうですね、今から行くパンドラというお店はアイスもおいしいみたいなので楽しみです」
彼女は食後のスイーツまでしっかり食べるタイプなんだな、これはわらび餅シェイクまでは、やっぱりいけそうもない。
「なんだか独特の雰囲気のお店でしたよね、少し離れたところにありますけど何で知ったんですか?」
「ええと、友達がおすすめだよって教えてくれて」
彼女も待ち合わせの時間より早く来て合流したからか、話の途中で一本早い電車が到着した。
僕らはそれに乗り込み、そんなに長い時間乗らないので立ったまま少し話を続ける。
「僕は結構コンビニでご飯を済ませることが多くて、友達としか外食はあまりしないんですよね」
「そうだったんですね! コンビニのご飯ばかりだと、健康によくないんじゃないですか?」
「いやぁ、本当にそうですよね。 もう一人暮らしを始めてから六年以上?経つんですけど、部屋で一番きれいな場所は間違いなくキッチンですね」
僕がそう言うと彼女はまた、あのふにゃりとした笑顔を見せた。
「それに、自炊しようとしても卵焼きとか野菜炒めばっかりで焼くと茹でるとか基本動作それだけだから作れる料理がそもそもあまりないんですよね」
「でも、焼いて茹でることができれば意外と色々なもの作れません?」
「そうですか? 例えば……?」
「そうですね……ナポリタンとか!」
僕は頭の中でナポリタンを調理する。確かに、麺を茹でて野菜を炒めて最後にからめればいいのか…僕もナポリタンを作れるということか。
「僕ナポリタン好きなんですよね、自分で作れたら毎週食べてる自信があるなぁ」
「茹でて、焼くことができれば作れますよ!」
彼女はなんだか楽しそう僕にナポリタンを勧めている。
「帰りにピーマンと玉ねぎ買って帰ります」
「いいですね、作れたら写真送ってください!」
僕はあまりにナチュラルで軽快なやりとりに心では感動していた。むしろ感涙している。
是非と食い気味で答えるころに、目的の駅へたどり着いたため僕らは改札を抜けた。
迷うことなく店に辿り着き、土曜日ではあるもののまだ店はそこまで混んでいなかった。
席に座り、メニュー表を眺める。
「結構メニューありますね、迷うなぁ」
「メニュー選び、結構迷う方ですよね?きっと相手が頼んだものを頼んだりしてそうです」
「う、なんでわかるんですか?」
僕は言い当てられたことに驚きながら、誰の目で見ても優柔不断な性格がわかるんだなと自分に落胆した。
「優しいじゃないですか、だからなんとなくそうかなって」
彼女は少し意地悪そうに微笑みながらそう返した。
「女の人に言い寄られて困ったりすることもあるんじゃないですか?」
「僕がそんなモテる男に見えましたか? そんな人生歩んでみたいですね」
僕は自虐風にそう言うと、やっていられないという感じで背もたれに大きくもたれる。
またふにゃりとした笑顔を見せながら、彼女は早々とメニューを決めていたらしく僕も慌てて決めた。
お昼に近づくに連れてお店の中も少しずつ混雑してくる。
何組かカップルらしき人たちも来ていて、もしかして僕らもカップルとかに見えているのかなと思うと恐れ多いと思いながら嬉しい気持ちになった。
ただ同じ空間にいて、話をしているだけなのにやっぱり好きだなぁと強く思う。
こんな風に毎日とはいかなくても、話をしたりご飯に行ける関係を維持していけたらなぁ。
でも、彼女には前から好きな人がいるみたいだし、僕との今日も彼女にとってはただのお礼だ。こんな風に夢を見させてもらえてる分ありがたい、わかってる。
僕は性懲りもなく、この時間がずっと続けばいいのにと思っていた。
堂本さんが他の人の彼女になったら、僕は今の生活をやめられるだろうか。
この間のお兄さんの一件のように、自分で勝手に色々妄想してコントロールを外れてしまいそうなのが怖い。
あの時ほど自分の異常性を強く認識した瞬間はない。そのことしか考えられなくなって、社会的なルールなんて『その他』だった。
僕なんかがもし告白したら彼女はすごく驚いて、困惑して、申し訳なさそうにするんだろうな。
僕がまた考え込んでいると、彼女は急に静かになった僕を不思議そうに見つめた。
料理が運ばれてきて、彼女は目をキラキラとさせた。
すぐにスマートフォンを取り出し、何度か写真を撮っている。
僕もせっかくの彼女とのご飯だったので写真を撮った。本当は料理よりも彼女の写真の方が百万倍欲しいけど。
一口食べると、更に目はキラキラと輝いて何も言わなくてもおいしいということは伝わってきた。
「下手な食レポよりおいしさが伝わってきますね」
彼女は恥ずかしそうに水を飲む。
「このレタス、すごく甘いです」
「そんなに色々とメインもあるのに、レタスの感想から入るんですか」
そう笑うと、彼女は少し不満そうにメインのお肉を食べていた。
僕も柔らかく肉汁たっぷりなお肉を食べ、普段のコンビニ弁当とは比べ物にならないなと心から思っていた。
「こういうの食べてしまうと、外食にまた行きたくなりますよね」
僕がそう話すと、彼女は口に食べ物が入っているからか大きく頷いた。
僕はご飯中何を話せばいいのかわからなかった。初対面ではないけど、ほとんど話をしたことない人って最初はどんな会話をしているものだっけ。
休日何をしているかや普段何を食べているかなどの基本情報はストーカーしているだけあって熟知しているつもりだ。正直、話を広げすぎて墓穴を掘りそうなのが怖い。
「そういえば、動画の視聴とか結構しますか?」
僕はまだ自分が知らない、気になっていることをこの機会に聞くことにした。
「はい、そこまで頻繁ではありませんが眠る前などはよく見ます」
「僕もたまに見るんですけど、堂本さんは何を見るんですか?」
「そうですね、お気に入りの人がいるのでその人の動画をよく見ます」
動画投稿者でお気に入りの人っていうことかな、僕はあまり詳しくないのもあり深堀はしなかった。
「ちなみにその動画の内容はどういうものなんですか?」
「内容は……そうですね、ルーティーン動画ですね。寝る前とか起きてからとか」
僕のおすすめにも結構出てくることがあるのでなんとなく流行っているということだけ知っている僕は帰ったらすぐに確認してみようと思った。
「その人、気が小さいというか……なんか動きが可愛いんですよね。頑張っている感じが応援したくなっちゃって」
彼女は楽しそうにその話を続け、他には猫やパンダの動画も観ると教えてくれた。
やっぱり女の子だし可愛いものが好きなんだ、僕は妹や姉はおろか女友達もほとんどいなかったからとても新鮮だった。
よく見ると、つけているブレスレットもピンクで女の子らしい。
僕の今日の恰好は彼女と釣り合っているだろうか、急に不安になる。
それでも彼女のふにゃりとした笑顔を見ると僕の不安もどこかにいってしまった。
いくらゆっくり食べるとはいえご飯は一時間ほどで済んでしまう。ちょうど十二時頃となり、お会計してくれた彼女にお礼を伝えて僕らは駅の方へ歩きだした。
もうあとはこのまま帰るだけか、数分前までの楽しい気持ちとは打って変わってとても寂しい気持ちが心を占領していた。
僕のこんな気持ちに彼女は全く気が付いていないんだろうな、それがまたこのままずっと気づかれることなく終わることを示しているようで切なかった。
駅に入ろうかというところで、彼女は突然立ち止まった。
「そうだ、玉ねぎとピーマン!買わなくていいんですか?」
最初のナポリタンの話を思い出し、駅横のスーパーを指さしていた。
僕は彼女と少しでも長く一緒に居られればそれでよかったので、そうですねとスーパーに寄ることにした。
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