第21話 出発

 やっぱり川下君のストーカーだよな、タイミングが正にって感じだし。

しゃがみこむ僕に気が付いていないのか女の人は店内をきょろきょろと見回している。

川下君は倉庫に入っていってしまったから店内にはいないけど、また店内でしばらく待つのかな?本を補充しながらしばらく彼女の様子を見ていた。

レジの人たちが顔を見合わせて、女の人がきたことをアイコンタクトで共有しているのがわかった。

こうやって一人の人間に執着したり、一つの行動に集中すると周りが全く見えなくなるんだよな。あの人もきっとここの従業員がどれだけ自分のことを見ていて、その動向に目を光らせているか気づいてないんだろう。

僕も周りから見るとあんな感じに映るんだろうか。実際、堂本さんの近隣住民には直接出くわしたことは今までないけど、僕の姿を見たことがある人くらいはいるんだろうな。

まぁ、この人はただ見ているだけという線を越えて大学まで行って川下君や百瀬さんとも接触しちゃってるからなぁ。そこの線を越えてしまうとまた話したいとか色々と欲が出てきて自分を止めるのは難しくなる。この女の人もきっと止められなくて苦しんでるんだろうな。

そういえば、川下君はおせーよって言われたみたいだけど何が遅かったんだろう。

僕なら話しかけてくれただけで飛び跳ねてしまいそうなほど嬉しいし、どれだけ待ってもいいから話がしたいと思う。

まぁ、僕と同じ考え方とは限らないし可能性で言えば僕より貪欲である場合もある。

それならもっと早く話しかけてほしかったとか言い出してもおかしくはない。

ショートカットに耳にピアスを三つほどつけている彼女は結構ボーイッシュな雰囲気だった。

僕が彼女の気持ちに想いを馳せていると、川下君は着替えて倉庫から出てきた。

するとその女の人は隠れるように本棚の陰に身を潜めた。

明らかに川下君を意識している。 レジの人が川下君に何か言っているのを見て、彼女はすぐに店から出ていってしまった。

レジからこちらに近寄ってきた川下君からは、若干怒っているのが伝わってきた。

「あの女、また知らない間についてきてたんだ。 百瀬のこともあるし絶対ガツンと言ってやろうと思ってたのに帰っていきましたよね」

川下君の表情は真剣で、百瀬さんのことが本当に好きだったんだなと顔を見るだけで伝わってきた。

「でも、ストーカーに直接否定的なことを言うのって良くないんじゃないの?」

「そうなんですか?」

川下君が驚いたようにそう言うと、後ろからおばさんパートが会話に加わった。

「そうよ~? 拒絶するとエスカレートしたりもありえるから警察に相談するのが一番ね。 その前に証拠集めとかした方がいいんじゃない?」

「拒絶するとエスカレートすんの? ああ、だからいい加減にしろって言った時あんな態度だったのか。俺、火に油注いだってことですよね」

川下君はやってしまったと言わんばかりの表情を浮かべる。

「でも本当にエスカレートして怪我する前に親御さんとか警察には相談するべきだと思うよ」

おばさんパートには川下君に年齢の近い息子さんがいる。自分の息子と重なるのか、従業員の中で一番心配しているように見えた。

堂本さんの家族も、女の子の一人暮らしをきっと心配しているだろうな。

僕は自分の犯している罪を棚にあげて、川下君を心配するおばさんパートに賛同した。

ストーカーする女の子の来店含め、僕の日常は普段通りに滞ることなく過ぎた。

デート前日のアルバイトを済ませた後は解放感と連勤後とは思えないパワフルな気持ちがあふれた。

家に帰るなり、明日の服装と持ち物確認、時間と場所も見直して完璧の状態にした。

寝るには早いけど早く明日になるといいと願う僕はすぐに布団に入った。

連勤の疲労があったのか、一度も起きることなくカーテンから漏れる日差しで目が覚める。

時刻は六時、昨日はコンビニではなくアルバイト近くのスーパーでご飯を買っていた。

僕はうがいをして水を飲み、朝ごはん用に買ったパンに口を付けた。

朝風呂に入って、髪を乾かし、まだ部屋着のままテレビをつける。

土曜日なので平日とは違う番組が流れた。もうすぐ七時半か、天気予報が流れるはずだ。

会社員として働いていた時に染みついた天気予報を見る癖のおかげで今日の天気が一日晴れるということがわかった。

「良かった、昨日の段階だと雨予報だったし折り畳み傘を入れるとバッグがパンパンになるんだよね」

天気予報のあとは最新のおすすめデートスポット特集が始まった。

最初は聞き流すだけの僕だったが、失敗した履歴書の裏にペンを走らせた。

市内が取り上げられていたこともあり、見たことがある場所もあったけど新しくできたところもある。

「あれ、ここって今日行くところの近くじゃないか?」

僕は改めてパンドラの住所を調べると、記憶していた通り最新のデートスポットはそこから徒歩数分だった。

「いや、待て待て今日はご飯に行くだけだ」

一瞬テレビに映るこの場所で一緒に歩く映像が脳内再生されたが、すぐに停止した。

「へぇ、おすすめはわらび餅シェイクか。一杯650円……僕の普段のご飯代より高い」

最近のスイーツの値段の高さに恐れつつ、堂本さんは甘いもの好きそうだなと考えていた。

まだ八時を過ぎたくらいで着替えるのは早いと思ったが僕は着替えを済ませた。

「タグも切ったし、これで大丈夫なはず」

社員時代に使っていたワックスを引っ張りだし、手になじませてから髪の毛につけた。

「久しぶりすぎてうまくつけられないな。それに髪の毛もちょっと伸びすぎてる」

髪の毛を切れば良かったと後悔しつつなんとかヘアセットを終えた。

まだ家を出るまで一時間以上あるのに全ての準備を終わらせてしまった。

テーブルのコップに水を注いで、引き続きテレビを眺める。僕のスマートフォンがカバンの中で鳴るのが聞こえた。

「誰からだろ」

確認すると、堂本さんからだった。

「おはようございます、今日はよろしくお願いします……」

できる女の人すぎる、僕は純粋にそう思った。結局何の仕事をしているのかまではわからないけど仕事をしっかりこなすタイプの人なんだろうな。いつも同じ時間帯に帰ってきているのを見ても定時で帰れているってことだと思うし。

家で作業している姿もあまり見ないから、作業効率もいいんだろうな。

そして得意先とかにも失礼とかしないタイプだ。

僕は勝手に彼女を仕事ができる素晴らしい人間だと想像した。

時間が過ぎるのが遅いなぁ、おなかがすいているときのアルバイト中くらい時間が過ぎるのが遅い気がする。

再び僕のスマートフォンの通知が鳴り、飛びつくように確認すると相手は田口君だった。

「グッドラック…?スペルが違うけど、多分そうだよね」

寝起きで打っているのか、田口君はスペルを間違えながらも僕にエールを送ってくれていた。

ありがとう、楽しんでくるねと返答して僕は忘れないようにスマートフォンをカバンにしまった。

ニュース番組も一通りみたところで、待ち合わせの時間も近づく。

「そろそろ家を出よう」

僕は靴を履き、外に出た。

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