第20話 準備運動
「よっす、桜田が洋服を選ぶの手伝ってなんて、雪が降るかと思ったよ」
開口一番に僕をからかう田口君は、やっぱり今日も洋服をばっちり着こなしていた。
頼んだのが田口君で正解だったなと思いながら、一緒にショッピングモールへ向かう。
「んで? なんか軽くしか教えてくれてないけど好きな子とデートということでいいですか?」
田口君はいたずらに笑いながら訊いてきた。
「うん、せっかくならちょっとはいい格好していこうかなって。あんまりお金はないからあれだけど」
「今時、古着屋もあるし、安くても高見えなんていう服いくらでもあるから心配すんな」
「そうなんだ、僕そういうの全然わかんないから」
「というか、そんなことよりその好きな子ってどんな子なのよ」
僕の洋服の話はすぐに終わり、本題という感じで田口君は興味津々だった。
今までの経緯を話すと、桜田って純粋なんだなぁと安心したように笑っていた。
「そうかな?」
「あぁ、でもそんだけ可愛いってことなんだろうけど」
「あ、河野さんに似てるかも」
「マジ? 結構可愛いじゃん。 というかほんとあの顔の系統好きなんだな」
僕は高校のクラスメイトに似ていたことを話した。ようやくたどりついたショッピングモールでとりあえずウィンドウショッピング的なことをした。
「今の流行りってこんな感じか。ちなみになんかマネキンが着てるのとかで気になったやつあった?」
僕は少し見渡し、向かいの店のマネキンを指さした。
「あんな感じだと、あまり派手じゃなくていいかも」
紺色のズボンにグレーのシャツ、黒いキャップに黒いボディバッグをしているマネキンは統一感があって着やすそうだと思った。
「あー、ぽいね。なんか、地味だけどシンプルで桜田っぽい気がする」
田口君はとりあえず着てみと言い、僕は言われるがまま試着室に入った。
着替えると、伸縮性のあるズボンで動きやすかった。カーテンを開けて田口君も悪くないと言ってくれた。
「でもさすがに何か寂しいな、上着はこのカーキがいいんじゃないか?」
田口君が持っているカーキの上着を着ると少し地味さが抜けた気がして自分でも気に入った。
「おお、 このままマネキン買いって感じでいいんじゃない?」
「確かにそうだね」
「あとは靴だな、おしゃれは足元からって言うし」
ここまでのトータルでも予算くらいだったので、生活費を少し節約しないといけないなと思いながら靴屋さんへ入った。
「これいんじゃない?」
お店の表の方に出ている黒いスニーカーを僕に見せた。
「型落ちしてて安くなってるし、デザインもいい。有名なとこの靴だし」
田口君は決断が速いなぁ。僕はお店にまだ一歩も入ってないけど田口君の見立てがいいと思い、そのまま会計へ行った。
買い物を始めてすべてそろえるまで一時間もかからなかった。
僕一人だったらきっと一日かかっていただろうから、本当にすごいなと感心していた。
「よし、思ったより早く終わったしゲーセンでも行こうぜ」
正直僕の服選びよりそっちが本命だったんじゃないかと思うほど田口君は楽しそうにしていた。
僕らは高校生の時、地元のゲームセンターでよく遊んでいた。社会人になってから一緒にゲームセンターへ行くのは初めてだ。
「おー、懐かしい。この音ゲー桜田異常に得意だったよな」
僕が一時期はまっていた音ゲーは収録曲こそ違えど、まだ多くの学生に支持されているようだった。
「久しぶりにやろうぜ」
「いいけど、さすがにもうできないよ」
お互い財布から小銭を出し、バトルモードで対戦した。
最初は感覚を完全に忘れてミスを連発したけど、中盤以降はミスなしで乗り切り田口君には大差をつけて勝った。
「なんだよ、できないって言ったじゃん」
高校の時も田口君は僕に勝ったことがないのに負けるとよくいじけていた。
「はは、途中から感覚思い出せたからかな」
音ゲーの前を通り過ぎて、次はダンスを踊るゲームをやることになった。
「このゲームって田口君よくやっていたよね。ダンスが苦手な僕には向いてないゲームなんだよなぁ」
「いいだろ、久々にさ!」
田口君は意気揚々と台に上がった。見様見真似で踊るのは難しく、難なくタイミングも合わせてノリノリで踊っている田口君は本当にすごい。
「あ~、楽しかった」
ほぼパーフェクトで踊り切った田口君はご満悦だったけど、必死に動きについていこうとしていた僕は普通に踊るよりも体力を消費したと思う。
「そういえば、結構頻繁にこのゲームやったけど一時期やらなくなったよね」
僕は高校の時の思い出をふと振り返った。
「ああ、俺が足の骨折っててできなかった時だろ」
「そうだ! 田口君学校の階段から落ちたんだよね」
「そうそう、頭も打って意識飛んだし死んだかと思ったわ」
「たぶん田口君を最初に見つけた数学の先生が一番怖かっただろうね」
確かにと笑っている田口君の額にはその時の傷跡が残っている。
田口君はその後もゲームセンターのゲームを遊びつくすつもりなんじゃないかと思うくらい一つ一つのゲームを回った。
いくつかお菓子やぬいぐるみをゲットして得意げな田口君だけど、たぶん普通に買った方が安いんだろうなと僕は思っていた。
「じゃあ、今日はありがとな」
「ううん、こちらこそ洋服一緒に探してくれてありがとう!」
「おう、ちゃんと進捗報告してくれな」
手を振りながら改札を抜けていく姿を見届け、僕は洋服や靴、お菓子など大荷物を抱えて帰宅した。
「よいしょっと」
居間に荷物を置いて、袋から出し、ハンガーにかけた。
再び彼女との食事デートに妄想を膨らませて布団に入った。
「うーん、ダンスのゲームのせいで明日筋肉痛になりそうだなぁ」
僕はなんとなくふくらはぎの筋肉がジンジン痛むのを感じていた。
朝起きて、僕の予感は的中していた。アルバイトで立ち仕事しているとはいえ運動習慣があるわけではない僕の体に昨日のダンスゲームは過酷だったらしい。
「あいたたた……」
お年寄りのようなありきたりなセリフを口にしてしまうほどの筋肉痛に僕は今日の出勤がとても憂鬱になった。
おじいちゃんのようにゆっくりと支度をし、アルバイト先へ向かった。
「桜田君、どうしたの?」
店長が半笑いで話しかけてきた。まぁ僕のおかしな歩き方を見て声をかけてきてることはわかっている。
「昨日、友達とダンスゲームしたら筋肉痛になりました」
その回答がツボにはまった店長は笑いをこらえることなく声に出して笑った。
「ちょっと、まだ二十八歳でしょ? やわだねぇ」
店長は忙しい日々の業務の他に休みの日にはジムに通うという強者だ。
その視点からみればゲーセンのダンスゲームを三回やっただけで筋肉痛になり、しゃがむのがきつい僕を見て笑ってしまうのもわかる。
僕は極力痛みを表情に出さないよう、しゃがんで本の補充をした。
約束の日まではまだ時間がある、その日までに筋肉痛は治さないと。
帰ってからお風呂を入れてゆっくり浸かり、マッサージをしてなどと考えていると川下君が出勤してきた。
「おはようございます」
川下君は通りすがりに僕に挨拶をして倉庫へ吸い込まれていった。
そのすぐ後に、いつも来る女の人も来店した。
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