第19話 デートの誘い
それからは、コンビニで見かければ挨拶をする中になり、目が合うことも増えた。
彼女は助けてもらったからなのか先に挨拶してくれることも多かった。
僕は相変わらず放置されている家の鍵を使って、出入りを繰り返し、家の外と中の彼女を存分に堪能していた。
そんなことが日常と化したある日、コンビニでまた彼女と会った。
僕が会釈すると、彼女は近寄ってきて恥ずかしそうにこちらを見上げた。
「あの、もしよかったらこの間のお礼をさせてもらえませんか?」
この間、というのが風邪で倒れた時のことだというのはすぐにわかった。
「あ、いえいえそんな大層なことは何もしていないのでお礼何てとんでもないです」
僕は彼女に話しかけられた喜びでプチパニックを起こし、甘んじて受け入れるべき誘いを断るような返事をしてしまった。
何やってるんだ自分、と言い終わってすぐに後悔する。
「ご迷惑じゃなければ、助けてもらって何もお礼しないという訳にはいかないので……」
彼女は食い下がってくれたので、僕はそれならと了承した。
僕らは帰り道をゆっくり歩きながらお礼の内容について話し合った。
「あれから色々と考えて、菓子折りとかが妥当かと思ったんですが甘いものがお好きかもわからなかったので……。その、ごはんとかご馳走するのがいいのかなと」
彼女は手ぶりをしながら一生懸命提案してくれていた。
ご飯?僕が堂本さんと?いつも戸棚か双眼鏡越しでしか食事しているところを見ていないのに、そんな僕がご飯を一緒に食べるのか?
「あ、あの…」
「あああ! いや、いいんですか? 本当に、僕は全然いいんですけど!」
とても食い気味に返してしまった自覚がある。恥ずかしい、なんで好きな人の前だとこんなに態度がおかしくなるんだろう。
「いいんですか? それなら、前からちょっと行ってみたかったお店もあって……勝手にお店とか決めちゃってますけど、大丈夫ですかね」
「もう全然大丈夫です! どこでも行きますよ!ははは!」
明らかにおかしい僕の態度に彼女は特に動じることもなく、良かったと小さく呟く。
「じゃあ、詳しい日時や場所は後日連絡したいので、連絡先を……」
れ、連絡先!? 僕はポケットから素早くスマートフォンを出したものの手汗ですべり大胆にアスファルトに叩きつけてしまった。
「大丈夫ですか?」
何から何までかっこ悪すぎる……僕は画面が割れていないことを確認して堂本さんと連絡先を交換した。
「ありがとございます。では、近々連絡しますのでよろしくお願いします」
おっとりとしているのにしっかりとした喋り方は聞いていてとても心地よかった。
話に夢中で気が付かなかったけど、いつの間にか家の前まできていたんだな。
僕はそのままお別れし、自宅へ戻った。
帰ってすぐ、雪菜と書かれた連絡先を眺めてベッドの上をゴロゴロとのたうち回り、喜びに浸った。
「ラッキーボーイすぎるだろ……連絡先? ごはん? 堂本さんと?」
僕はその日の想像をするだけで全身から力がみなぎるようだった。
そんな喜びに浸ると、僕がやっている立派なストーカー行為に対する後悔も襲う。
あんなことをしなくても自然な流れでこうやって仲良くなれたんじゃないか?
僕のやっていることを知ったら、僕の目を見て話したり、笑ったりしてくれることは一生ないだろうな。
あの反応を見ていても僕のやっていることなんて気が付いてもないし、夢にも思わないだろう。この事実を知った瞬間に凍り付く彼女の表情や怯える様子を想像するとやっぱり胸が痛んだ。助けてくれたと思っていた人が、実は自分の家に勝手に出入りして自分の生活する様子をもう一年近く見ていたなんて知ったら正常な神経の人は人間不信になる可能性も十分に考えられる。
わかっているのに、なんでやめられないんだろうな。そして、どうしてこうもバレないんだろう。彼女の隣の住人も、僕の家の隣の住人も隣人がストーカーしてるとかされてるとか全く思わないんだろうな。彼女の苦しむ顔が見たいんじゃない、楽しく過ごしている様子を見ていたい。何の危害を加えるわけでもないけど、ただずっと見ているっていうのはやっぱり怖いよなぁ。
僕はまたマイナスに考え始めている自分に気が付き、目を閉じた。
「大丈夫、堂本さんとごはんに行けるんだ!」
自分を元気づけて、連絡を待っている間に僕は眠りに落ちた。
彼女と話して二日後、僕のスマートフォンが鳴った。
飛びついて通知を確認すると待ちに待った彼女からだった。
「よし! うーんと? 来週の土曜日、パンドラという店でランチでもいいですか……」
動く絵文字がいくつも使われた文面を僕は何度も読み直した。
すぐに返信するのは急かしているようで良くないよな、スマートフォンをテーブルに置いてテレビをつけた。
しばらくテレビを見た後に、返信をしようと時間を見るとまだ十五分くらいしか経っていなかった。
楽しみにしていることがあると時間って全然過ぎないんだなと再びテーブルに置いた。
来週の土曜日は都合のいいことに休みだった。実家に帰ってからはまた土日の出勤が増えていたのでタイミングもばっちりだった。
「いつも土曜日は出勤が多いけど、この週は休みだったんだよな~」
運がいい、僕はすべてのことが後押しをしてくれているように感じた。
テレビを見ていても時間は進まなかったので、パンドラというお店について調べた。
何駅か離れたところにあるお店で、何て言うんだろうかエスニックと言えばいいんだろうか。金の象や民族の置物が色々置かれているお店で独特の雰囲気を醸し出している。
「あ、でも料理はおいしそう」
僕はそこまで好き嫌いがないので、こういう初めて行くお店は興味があった。
彼女と食事というだけでも楽しみで仕方ないのに、ご飯もおいしそうだった僕は思わず鼻歌を歌った。
「あ、そろそろ返してもいいかな?」
三十分ほど経ったので、予定が空いていることとお店に興味があることを伝えた。
彼女からは比較的すぐに返事がきて、11時に最寄り駅に集合という話で落ち着いた。
来週の土曜日までがとても長く感じる。それでも僕は、この時間を有効に使おうとクローゼットを開けた。
「うーん、最後に服を買ったのっていつだっけ」
僕の服の種類はあまりなく、アルバイトと自宅の往復のためパーカーやジーンズなどラフなものばかりだった。しばらく服の前で悩んだあと、通帳を開く。
「双眼鏡の出費が痛かったなぁ。でもしょうがない、これで最後になるかもしれないんだし、少しくらいおしゃれとかした方が良い気がする」
僕はなけなしのお金をはたき、服を買いに行くことにした。
服のセンスに自信がない僕は頼れる友達の田口君に連絡する。
田口君からは数時間後連絡が返ってきて、一緒に服を選んでくれることになった。
僕は改めて気合を入れ、ちょっとでもかっこいい状態で挑もうと決意していた。
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