第17話 自己嫌悪

 というか、冷静に考えてストーカーってされるのは怖い。僕の場合、堂本さんの家に入っていたこともたくさんあるし、もしずっとつけられていたとしたら弱みとして握られている可能性が限りなく高い。

家まではついてきてなかったのかな。どちらにせよ、まだ警察のお世話になる事態に発展してはいない。百瀬さんが追いかけられた理由がもし僕への好意だとしたら、僕が好意を向けている堂本さんにも何か被害が出るかもしれない。

僕はふと立ち止まって後ろを急に振り返ってみる。

そこには知らないおじさんがいた。僕のことを不思議そうに見ながら追い抜かし、そのまま歩いて行く。

僕も自宅へ戻ると部屋の電気をつけた。カーテンの間から、彼女の部屋はまだ暗いのがわかる。引き出しから双眼鏡を出して、自宅付近を見渡した。特に誰も歩いている人はいなかったのでやっぱり気のせいだと言い聞かせカーテンを閉める。

一週間連休をもらっていた僕は連勤続きだった。その後はあの女の人が来ることもなくなって、しばらく話題にも上がらなくなった。まぁ川下くんも百瀬さんがやめてしまってからあまりシフトに入らなくなったからそこも理由として考えられるけど。

僕は店長を倉庫に呼び、正社員について話を聞いた。

「あぁ、あったねそんな話。なりたいの? まぁたぶん上にかけあってみてからだけど大丈夫じゃないかな」

店長は特に深く考える様子もなく僕にそう答えた。

「でもどうしたの?結構前だけど声かけたときは絶対無理ですみたいな感じだったのに」

「うーん、ずっとこのままっていうよりはもう少し頑張ってみようかなと思ったので」

僕が前向きな気持ちを話すと店長は応援しているよとにこやかだった。

思っている以上に好感触な返事がもらえたのもあって、僕は終始機嫌よく働いた。

連勤で疲れはたまっている感じがしているものの、心が軽いからか家に帰っても多少元気がある。そんな僕は最近めっきり覗かなくなった双眼鏡を目にしてなんとなく覗いた。

久しぶりに覗く先には、相変わらずまだカーテンを閉めないでテレビを見る彼女が見えた。

最近ずっと見ていなかったのに、見ると彼女を見つめ続けていた時の感覚がすぐに戻ってくるのを感じる。

そして何か面白い番組でも見ているのか、あのふにゃりとした笑顔が僕の心を捕えていた。

何度見ても可愛らしいなぁ、その可愛さに呑み込まれそうになりはしたものの僕はすぐに双眼鏡から離れた。

今の僕は前までの僕とは違う、生まれ変わるんだ、何もかも!

そんな強く前向きな気持ちが僕の心には芽生えていて、ちゃんと根付き始めていた。

正社員になって、収入を得るようになって、もっと自分を高めることができたらその時にはきちんと話しかけにいこう。

いつかそんな日を思い描いて、理想の自分を追いかけていた。

「あ、メールだ」

僕はスマートフォンにメールが来ていることに気が付き、すぐに開いた。

前に履歴書を送った会社からで、内容は不採用という言葉が記載されている。

採用内容が魅力的な会社で、中途採用にも力を入れているとホームページに書かれていたから若干期待していたけどやっぱりだめだったか。僕はもう一つ履歴書を送っている会社からの返事がまだ来ていないことを確認し、スマートフォンを閉じた。

大丈夫、前向きに考えよう。不採用通知は何通届いても、自分が社会に必要とされていないように思える。今までは誰にも期待されていないことで自分は無価値な人間だと思ったし、ブラック企業勤めだったことを思い返せば今回も受からなくて良かったのかもと安堵の気持ちがあった。

今は早くこの状況を脱したい気持ちが強く、前者の気持ちが自分の中で強くなっていった。これも変化への第一歩、すぐにメンタルが傷つく僕はそう自分を奮い立たせた。

 しかし現実はそんなに甘くはなかった。翌日退勤すると、すぐに店長に倉庫に呼ばれた。

「桜田君、正社員昇格の話なんだけどね……最近店舗の売り上げが落ちていることもあって、新規採用を減らしているみたいなんだ。だから、正社員に昇格させる人数もかなり減らされてて……上にかけあってみたんだけど今は無理だって言われたんだ」

店長は自分のことのように悲しそうな表情で僕にそう告げた。

僕はもちろん期待していた分、目の前が真っ暗になるほど辛かったけど、店長の前ではわかりましたと答えた。

たぶん、帰る前を選んで話してくれたのは僕が悲しんで仕事に影響が出ないようにだったんだろう。そんなところまで配慮してもらって本当に申し訳ない。

僕は上着を着て、すぐに店から出た。また振り出しに戻ってしまった。

スマートフォンを取り出し、募集をかけている会社をまた探す。募集要項や採用条件に少し目を通して、どこでもいいから受からないかと応募をしようと履歴書の入力をしていた。焦りで打ち込みを何度も間違えている間にメールが届いた。

僕はそのメールが残っている一社からのメールであることを確信し、開いた。

「不採用」

わかっていたけど、本当に辛かった。頑張りとは逆に全く進展しない就職活動。なんかこの感覚、覚えがあるなぁ。彼女を追いかけていた自分の頑張っても報われてないこの感じ、

情けなさはたちまち自己嫌悪に発展して僕の存在価値をひたすらに下げていった。

もちろん正社員を断られたからと言って、今の自分の経済状況的にアルバイトをやめることはできなかった。必要とされていないであろう職場でいつも通り働くのはなかなか大変で、店長に気を遣わせないように気を遣うのがまた僕の疲労を蓄積させた。

その間も僕の気持ちが止まらないように何社にも履歴書を送っている。お祈りメールの件数は応募件数が増えるにつれ同じだけ増え、メールが来ても開く意味がないんじゃないかと思えた。

この会社の採用したい人じゃなかっただけ、そう考えるべきだと思っているのに気が付くといつも結論が同じところにあった。

「僕って、本当に必要なのかな」

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