第16話 疑問

 しばらく眠って実家でゆっくりする時間を楽しみ、獲ってきた魚もきれいなお刺身になっていたり、フライにされたものを食べた。

「なんか久しぶりに魚食べたかも」

「あんたねぇ、少しは健康にも気を遣わないといつか体壊すわよ」

コンビニ弁当は意外と魚が少ない。野菜や果物も嫌いではないけど自分で準備してまで食べることは少なかった。

「あ、そうそう! 白菜の漬物が良い感じに浸かってるのよ!帰り、持たせてあげる」

そう言って僕の前に置かれた白菜は甘く、適度に塩味が聞いていておいしかった。

獲ってきた魚は小さいものはリリースしたりもしたから、晩御飯で食べきることができた。

ご飯を食べた後は今日もゆっくり湯舟につかることに決め、スマートフォンを持ち込んで動画を観ていた。大学の時たまに聴いていたアーティストも知らない曲をたくさん出している。自分が二十八歳になったことを改めて感じ、僕は小さく音楽を流した。防水とはいえ、スマートフォンが湯舟に落ちないよう、タオルで何度か拭いた。

そんな風にして、気が付くと僕は大学時代となんら変わらない日常を送っていた。

次の日からまたアルバイト生活が始まるため、持ってきた荷物はすべてカバンに詰めこむ。母さんが一階で漬物や、おかずを袋に詰め込んでいる音がしている。

電車の時間まであと少し、僕が一階に降りると母さんは上着と袋を持って待っていた。

「じゃあ、父さんにもよろしく伝えといて」

「うん、気を付けて帰りなさいよ」

母さんは僕を玄関で見送り、僕はバス停に向かって歩き始めた。

予定時刻にバスは到着し、やっぱりまだまだ無意識に彼女を探す癖は抜けないけど、僕は気にしないように窓の外に目をやる。

「ここから3時間か…」

持ってきたイヤホンをスマートフォンにさし、久しぶりに聴いていたアーティストの曲を再生した。新曲も結構いい曲が多い、僕はまたしばらくこのアーティストの曲を聴くことになりそうかなと予想した。

駅につくとICカードで改札を抜けて電車に乗った。あんまり部屋を片付けてから出てこなかったから、ひとまず帰ったら掃除からかな。僕は背負っていたかばんを電車の荷物置き場にのせ、漬物などはひざの上において座った。

走り出した電車に揺られているうちに僕は眠っていたようだった。

時間を確認すると30分ほど経っていて、次の駅で乗り換えだった。

ギリギリのところで起きたと自分の体内時計に感心する。

これを乗り継げないでいると家に着くのは更に30分遅くなる。僕は降りる準備をし、電車が止まるのを待った。

乗り換える電車は既に駅に到着していて、僕は降りてすぐ別の電車の椅子に座った。

そのまま電車は予定通りに進み、予定時刻に最寄り駅についた。

僕は自宅に入り、なんだかんだで重たかった袋を冷蔵庫の前に下ろした。

着替えは実家で洗ってもらったので、そのままタンスにしまう。

冷蔵庫に作り置きのおかずをしまい、僕は久しぶりにお米を炊いた。

一段落したので、テレビの前に座りチャンネルをまわした。

「今日は水曜日か、なんかやってるかな」

ドラマやバラエティなど面白そうな番組がやっている。その中から僕はバラエティを選び、リモコンを置いた。彼女もよくバラエティを見ている、とても楽しそうに笑う姿はまだ記憶に新しかった。

窓際に置いたままの双眼鏡を引き出しにしまって、僕は机に向かった。

履歴書を眺め、電車の中でずっと今の仕事で正社員を目指した方が良いんじゃないかと思っていた。五年以上勤めているし、実は二年ほど勤めていた時にそういう話を店長からもらったことがあった。僕はまだ精神的に立ち直っていなかったから断ってしまったけど。明日、もう一度その話を店長に聞いてみよう。

僕はボールペンのインクが切れたことを思い出し、コンビニへ向かった。

彼女がいるんじゃないかと少しだけ期待する自分もいたが誰にも会わずに店を出た。

まぁ、彼女がこのコンビニを利用するとしたらあと一時間くらい後だしな。

歩き出そうとすると、何かを蹴飛ばした。バラバラと音を立てながら足元にリンゴジュースが転がってきた。

思わず固まり、そんなわけないと周りを見渡すと誰もいなかった。

リンゴジュースは中途半端に中身が残っていて、アスファルトによってラベルがかなり傷ついていた。

僕はそのリンゴジュースを拾い、コンビニのゴミ箱に捨て、家へ戻った。

あのリンゴジュースを見ただけで胸が弾むんだから重症だ。

帰る頃にはご飯も炊けていて、さっそく持って帰ってきたおかずを食べた。

明日に向けて早めに眠ろうとテレビと電気を消した。

 次の日僕は早めに起きて、アルバイト先へ向かった。

店に入ろうとしたとき、前から見覚えのある人影が近づいてきた。

「あれ、百瀬さん?」

僕は思わず名前を呼んだ。百瀬さんはこちらの存在に気が付き、慌てた様子で走り出した。

「え?なんで!?」

僕は思わず百瀬さんを追いかけた。少し走ったところで百瀬さんの腕を掴み、引き留めると彼女はそれを振り払おうとした。

「待って、百瀬さん!どうしたの!」

「離してください!!」

そう言って僕の手をほどこうと手を重ねた。

僕の手の甲にはチクッとする感触があり、それが紙切れなのは見えなくてもわかった。

彼女は嫌がる素振りはそのままで、僕の手の中にその紙切れを握らせ、走り去った。

全く訳がわからない僕は、それでもアルバイトに遅れないよう本屋に戻って休憩室へ入る。

改めて握らされたくしゃくしゃの紙切れを開くと、見慣れた百瀬さんの字が連なっていた。

「いつも来ている女の人は、桜田さんのストーカーです。逃げてください……?」

いつも来ている人って、川下君のストーカーのこと……?

それに大学まで来てるって言ってたし、僕は後をつけられている気配を感じたことがない。加えて、なんで僕のストーカーだってわかるんだろう。僕の頭の中にはクエスチョンマークがたくさん出ていた。いつも来ている女のお客さんを僕も見たことがある。マスクをしていて顔はあまり見えないけど、髪が短くて爪にネイルをしている。たまにレジを打つ時があった僕はぼんやりとした記憶をたどり、知り合いにいたかを思い出す。

「いや、見たことのない人だった。川下君の言う通り、知らないところで何かしてしまっているものなんだろうか」

僕の疑問は深まるばかりだった。

久しぶりに見た百瀬さんが思ったより元気そうだったのは良かったなと思いながら僕はその紙切れをカバンにしまい、着替えを済ませて出勤した。

倉庫を出ると、その女の人が倉庫前の本棚にいた。僕は一瞬驚きながらも、気づかないふりをしてレジへ向かった。

「お、桜田君おはよう」

「おはようございます。朝礼なんかありますか」

「いや、変わったことはないね。強いて言えばあの女の人がまた来てるってことくらいだよ。 川下君には今日休むように伝えておいたから」

僕と川下君は結構な頻度で出勤が被る。あの女の人はそれがわかっているんじゃないかな。それを見て百瀬さんが勘違いしたとか、それなら僕のストーカーだと思ってしまうのも頷ける。

本のメンテナンスをするため、売り場に出るとその女の人は川下君を待っているのか入り口付近にいた。僕は入り口付近の本棚の整理をするフリをして静かに近づいた。

その時、彼女はすごい勢いでこちらを振り返った。

「え?」

僕が思わずそういうと、その女の人は慌てて店の外へ出て行った。

どこかで見たことのある目だった。一瞬の目元しか見えなかったけど。

僕はそんな風に思った。ここにきて百瀬さんのくれた紙切れが信憑性の高いものに思えて僕は仕事になかなか集中できなかった。

どこで見たんだろう、どこかで会ったことがある、社会人になってからじゃない気がする。大学?高校?それくらい前にどこかで見ている気がした。

でも、そうだったとしてどうして今更?高校時代の友人で連絡を取っているのは田口君くらいしかいないし、地元にもあまり帰っていない僕はそもそも旧友と合う機会が少ない。

ということは見間違いでやっぱり川下君のストーカー?ますます訳がわからなくなる僕は、帰り道はずっとこのことを考えこんでいた。

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