第14話 願い事
自分の部屋へ戻り、再び布団に横になった。諦められないなら諦めなくてもいいように行動しないといけないんだ、もう反省も自己嫌悪もやめて前に進まないと。
不思議と実家にいる間は時間が過ぎるのはいつもより穏やかで、時間が多くあるように感じた。学生の頃集めていた漫画を読み直したりしていたがそれをしても時間があまり進まなかった。ついに本棚の一番端にあった、高校の時のアルバムを開いた。
「うわぁ、懐かしい。田口君あんまり変わってないなぁ」
クラスメイトの写真を一人一人見ていると、とある女の子の写真に目が留まった。
「あれ、堂本さんに似てる」
もちろん堂本さんとは別人だが、高校の時に田口君にクラスの女の子で可愛いと思う子を聞かれて答えた覚えがある。たしかに今見ても可愛くて、いわゆるタイプというものだったんだろう。そうか、だから堂本さんも一目見て可愛いと思ってしまってるんだ。こういう顔が僕は好みなんだな、自分のことなのになんだか恥ずかしい。
その後も、先生が書いてくれたコメントや修学旅行の写真などを見返して懐かしさが僕の心を満たしたところでアルバムを閉じた。
「まぁ結局ほとんど時間は進んでないな……」
あまり暇つぶしにならなかったなと思いながら、僕は父さんの朝の言葉を思い出し、サンダルに履き替えて物置へ向かった。
「おお、釣り竿って……どこだ」
僕は想像以上に物が詰め込まれた物置の中を見渡した。
ずっと昔にやっていたテニスのラケットやボール、最後に乗ったのがいつかも思い出せないほど前の自転車。薄暗い中、ほこりがかぶっている物をよけるように探す。
「うわ、蜘蛛の巣。全然掃除してないんじゃないかここ」
あまり息をしたくないほどほこりが舞っているのが見えた。
父さんが帰ってくる時間には真っ暗になる。その前に出しておいてあげないと、朝まで見つからないんじゃないかと考えながら少しずつ物を出した。
中学校くらいの時に買ってもらったキックボードが出てきたときは思わず乗って遊んでしまった。かなり持ち手が低いところについていたが、乗れないこともなかったので家の前をくるくる遊んでいると近所の子なのか男の子が近づいてきた。
僕の乗っているものを物珍しそうに、見ながら僕と目が合うと足を止めた。
少年は何も言わなかったが、何が言いたいのかはわかった。
「乗ってみる?」
僕がそう聞くと、少年はしょっていたカバンを歩道に置いて走り寄ってきた。
「そうそう、片足をこっちにのせて……」
乗り方を少し教えたら、少年は勢いよく進み始めた。
僕が乗っていたときよりもタイヤの負担が軽いのか比較的に静かに走る音が響き、少年は華麗にターンして戻ってきた。
今の子はあまり乗らないのかな、心から楽しそうな少年を見てぼんやりそんなことを思った。
「それ、お兄ちゃんはもう使わないからあげようか?」
持ち手やタイヤカバーの部分のほこりをほろいながら、少年に尋ねる。
「いいの?」
とても良い教育がされてるんだろうな、少年は欲しいと言う前に遠慮するような素振りを見せた。
「うん、このキックボードも遊んでもらえるほうがいいと思うし。ただ、車とかには気を付けて乗ることを約束してね」
少年は大きく頷き、カバンを背負うとキックボードに乗っていなくなった。
「というか二十八にもなって家の前でキックボード乗ってたの見られたって恥ずかしすぎる。純粋な子供で良かった」
遊び道具を失った僕は再び物置へ戻り、探し物の続きをした。
なかなかお目当ての釣り竿が見つからない中、捕った魚を入れるケースやルアーのようなものは発見できた。すべてがほこりを被っているので僕は母さんから使わない布巾を受け取り息を止めながら拭いた。
大体物置の中を一通り探したはずなのに、釣り竿だけは出てこない。
少しずつ日が暮れ始め、早く見つけないといけないのにと焦りが増した。
「もう、普通ルアーとかと一緒になってるもんじゃないの?」
僕は独り言を呟きながら、諦めずに探していると奥の奥の方で大学の時に使っていたカバンが出てきた。なんでこんなところに?
「確かこのかばん……失くしたんじゃなかったっけ」
ほこりをかぶり、色がよくわからない状態だったがついているストラップや缶バッチがカチャンと音を立てて僕は失くした時のことを思い出した。
前日まで普通に使っていたのに、家にも背負って帰ってきたはずなのに、翌日カバンが忽然と消えていた。朝に大学の講義の準備をする僕は、いつも通り教科書を机に置いてカバンに入れようと思った。いつもカバンは帰ってきて玄関に置き去りにすることが多く、そこから母さんもお弁当箱を出してくれていた。でも、その日の朝は玄関にカバンがない。
「あれ、自分で部屋に持ってったかな」
僕は再び階段を上がり、自分の部屋に戻ったが見当たらない。
「母さん! 僕のカバン知らない?」
朝食の準備を進める母さんは、知らないと端的に答えて終わりだった。
「ええ?弁当箱洗ったんじゃないの?」
「なかったわよ」
僕は準備をしたら大学に行かなきゃいけないのに筆記用具も何もないことに焦った。
「というか財布とかもカバンの中だったし……」
「財布なら、上着のポケットに入ってたわよ。 危ないから、カバンにしまいなさいっていつも言ってるでしょ」
今日の母さんはいつもより怒りっぽいというか、ちょっと冷たく感じた。
結局僕は家にあるボールペンやシャープペンを適当な巾着に入れ、まとめた教材はいつもと違うカバンにしまい家を出ることになった。
あれ以降一度も見ることがなかったけど、そのうち見つかってこんなところに追いやられたのだろうか。僕は懐かしさから、物置の外へ出てカバンのほこりを振り落とし、チャックを開いた。
虫がいないか心配になりながら、中身を確認すると空っぽだった。中にあったはずの教材の類は捨てられたのかな。それならこのかばんも捨ててしまえばよかったのに。
僕は、カバンをいらなさそうな段ボール箱に詰めてついでに物置の不要品も詰め込んだ。母さんは少し綺麗になった物置を喜んでくれた。
そのままゴミ捨て場に段ボールごと運び、ごみの日が近かったのでそのまま置いてきた。
すっかり真っ黒になった手のひらに石鹸をよくなじませ、お風呂の準備をした。
結局釣り竿は見つからなかったけど、明日の釣りはどうなるのかな。
僕がお風呂に入っている間に父さんが帰ってきたようだった。
「おかえり、物置の中で釣り竿探したけどなかったよ」
父さんはきょとんとした顔をして、思い出したような表情に変わった。
「あぁ、家の物置じゃなくて会社の物置にこっそり釣り竿を置いてたんだよ。 ほら、母さん扱いが適当だからルアーとかはまだいいけど釣り竿は折れたら嫌だなって」
それは何時間探しても出てこないはずだ。釣り竿はもう車に積んであるらしく、ルアーやケースを発掘しておいたことは感謝された。
「なぁんだ、春真もなんだかんだ楽しみにしてるんじゃないのか?釣り」
釣りをする真似をしながら嬉しそうに父さんはそう言ってきた。
僕は呆れたように溜息をついて、アイス買ってくるとだけ伝え再び外に出た。
ゲームセンターへ向かって、昨日買い損ねたアイスの自販機にお金を入れる。
懐かしい、僕はクリームソーダをよく食べていた。母さんと父さんの分も買い、僕の分は包装から取り出して歩きながら食べた。
アイスを食べながら、一人暮らしだと考える時間が長すぎて悪い方向へ考えている時も歯止めがきかないのかもと思った。今のように話す人がいる生活の方が自分には合っているのかもしれないな。
晩御飯の前にアイスを食べたことを母さんに叱られながら、買ってきたアイスを冷凍庫へしまった。
晩御飯を食べ終え、まだ眠るには早い気がしていた僕はカーテンを開いた。僕が一人暮らしをしているところほど都会ではないからか星が綺麗に出ていた。
「こういうときに、望遠鏡があればなぁ」
暗闇でスマートフォンを見ることも多くなっていた僕の視力は前に比べ格段に下がっていた。
「お、あれはなんて星座だったかな」
なんとなく見覚えのある星座を見つける。小学校くらいのときは星空が綺麗な日や流星群がくる時には家族でよく天体観測をしていた。冬場の方が星は綺麗に見えるような気がしたけど、母さんが寒がってあまり長い時間はできなかったな。
あの頃は流れ星に何をお願いしてただろう。今の僕は叶えたい願いが多すぎて一つに絞れないかもしれないな。
「自分に負けない心がほしい、なんてね」
僕はしばらく星空を眺め、いつの間にか眠りに落ちていた。
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