第5話 疑惑と証明

 さっき入っていった男の人は、いつも来る友人にも男の子がいたけどその人たちとは違う人だったし、遠距離恋愛なのかな。

今頃あのカーテンの向こうで何をしてるんだろう。見えないとわかっていても、僕は双眼鏡を覗くのをやめられなかった。カーテンの向こう側を想像すると気持ち悪くなり、頭がフラフラとする。それでも、僕の手は双眼鏡を離さなかった。

2時間くらい経ったんだろうか、またカーテンが開いた。カーテンを開いたのは彼女のようで、男の人は少し怪訝そうにしている様子が見えた。いつも彼女が座っているソファに我がもの顔で腰かけている様子も見え、何を話しているのかわからないけど彼女が笑って、男の人が頭を撫でるところも見えた。

彼女は嫌がる素振りはせず、されるがままで見れば見るほど親密そうな関係性が浮き彫りになる一方だった。

そのまま一緒にテレビを見たり、彼女が作ったご飯を一緒に食べているところまで見て、やっぱり彼氏で間違いないんだと僕は悟った。信じたくない、熱烈にそう思ったがそれからしばらく、その男の人は彼女の家に寝泊まりしていた。

一週間近くずっと毎日、朝の彼女も夜の彼女も見れるのが正直に言えば妬ましかった。

その男の人は、ポストに入っていた鍵をカバンにしまい、どこかに出かけているようだった。スーツを着ていたから恐らく仕事なのだろう。

見ていると彼女より早く出勤し、遅く帰ってくる。僕は居てもたってもいられなかったが、あのポストの鍵を持っていかれてしまってはもうどうすることもできなかった。

僕の一番恐れていたことが現実になってしまったのだ。信じられなかった、当然のように信じたくなかった。全部夢なんじゃないかと毎日朝起きて思った。それなのに、決まった時間に男の人は彼女の家から出てきた。立派なスーツを着た人だった、きっと良い会社に勤めているんだろうな、僕は男の人の素性に想像を膨らませた。

それでいて背も高い。顔も彼女とは対照的な細く切れ長な目が、最近もてはやされている俳優さんによく似ている。顔も整っていて、仕事もできる、それでいてあんなに素敵な彼女がいるのか。僕には何もないのに。あの男の人はどんな風に今の生活を手に入れたのだろう、彼女とはどこで出会ったのかな。そんなに僕とあの人で違うものなのか、彼女もイケメンでお金があって、背も高い人がいいに決まっている。

でも、あんなに見た目や能力が高くて他の女の人が放っておくのかな?

彼女の事をちゃんと大事にできているのかな?僕なら彼女を絶対大事にするし、もし付き合えたらそれから、いやこの瞬間もだけどずっと大切にする自信がある。

自分の何を犠牲にしてでも絶対幸せにする。その覚悟があの男の人にはあるんだろうか。

僕は、アルバイトが休みだったこともあり、朝から男の人の後を追った。

なんとなくだけど、毎日同じ時間に帰ってくる感じではない、僕も会社員をしていた時は残業がある日と比較的早めに帰れる日とまばらではあったからただの仕事量の違いかもしれない。でも、もし誰かと会っていたり、やりとりをしているとしたら恐らく仕事の前や合間ではなく仕事の後だろう。仕事中の彼女に代わって、僕が男の人が本当に彼女のことを愛しているか調べよう。彼女の幸せを願っている僕は、本当に彼女のことを大切にできる人だと判断できたらきっぱり諦めるつもりでいた。

男の人が仕事の服で入っていった会社は、彼女の職場とは真逆にあった。

僕はとりあえず男の人の職場を特定し、会社のことを調べるといわゆる総合商社という部類だった。これから、あの男の人に不審な動きがないか見張らないといけない。僕は刑事になりきったような気持ちで、近くのカフェに入った。窓際の席で、スマートフォンをいじるフリをしながらずっと会社の入り口に出入りする人の顔を見ていた。途中でアイスティーを頼み、ゆっくりしていると早速男の人は外に出てきた。もう一人男の人を連れて、車に乗ってどこかへ行ってしまった。

「こういう時に車があればなぁ」

免許は持っていたものの、ペーパードライバーで免許を取ってから実家の車に何度か乗ったきりもう何年も運転していなかった。

会社員をしていた時も、車に乗るような業務はなかったし、電車で通勤可能かつ車で遊びにいけるような時間もあの頃はなかった。今じゃ遊びに行く時間はあるけど車を維持するお金がない。運転は彼女の彼氏がしていた。あの人は普通に運転していたな、彼女を連れてドライブとかもしたことがあるんだろうか。僕の妄想はまた派生し、広がっていった。

助手席で楽しそうに乗っている彼女を想像するだけで幸せだ。

行きたい場所はどこへでも連れて行くし、きれいな景色が見れる場所にいつだって連れてく。そんな理想を妄想に盛り込みながら、僕のアイスティーは少しずつ減っていった。

さすがに何時間も同じカフェにいるわけにもいかない僕は、会社の出入り口が見える公園のベンチに座った。

平日の公園、遊んでいるのは二、三歳くらいの子供と母親。 無邪気に走り回る子供が年々羨ましくなる。いつか僕のように壁にぶつかって、その壁の超え方がわからないともがく日がこんな健気な子供にも平等に起こるんだろうか。

僕は自分の置かれている不幸な立ち位置はよくわかるけど、他人の不幸にそこまで気が付くことがないような気がする。自分のことで精いっぱいというのもあるけど、なんでみんなあんなにずっと幸せそうなんだろう、どうしてそんなにすぐ立ち上がれるんだろうと周りの人をみて思うことが多々あった。自分だったらもっと引きずっている、そんな簡単に切り替えられないと立ち直って前を向いている人が不思議だった。

その精神の力の差は一体どこで生まれるんだろう。

筋トレみたいにやった分だけ精神も鍛えられたらいいのに。僕はぼんやりとただ楽しそうに遊ぶ親子を眺める。名前も知らないあの親子は、同じ空間に僕がいることに気が付いているんだろうか。もしすぐそばに座っている知らない男の人が自分たちを見てこんな風に考えこんでるとわかったら、純粋に怖いって思うかな。

そのまま公園で時間が過ぎるのを待っているといつの間にか親子もいなくなった。

誰もいない公園は静かで、道行く人はスマートフォンを見るばかり。公園の存在はあるようでないように思えた。僕の存在に似ているなぁ、子供のように純真無垢な存在は僕に近寄ってくるけど、もう色々なことを理解している大人は触らぬ神に祟りなしという感じで目の前を通りすぎるだけのこの感じが。 

「独りぼっちの公園で黄昏る二十八歳ってやばすぎる」

僕は冷静になった。浮き沈みの激しい自分の精神と向き合うのは気力が必要で、なかなか良い状態を持続させることは難しかった。

そうこうしている間に、車が会社に戻ってきて、彼氏も会社に入っていった。

僕のお目当ては仕事が終わった後だ。まだまだかかるだろうと予想しながら、公園で時間をつぶした。

いい大人が公園で何時間も時間を潰すのは大変だった。スマートフォンや本は持っていたがそれに集中して彼氏を見逃してしまっては元も子もない。

犬の散歩も3回目のおじいちゃんがずっといる僕を不思議そうに見ていた。

段々と日が沈み、見ている間に空は夕焼けに染まった。

「久しぶりに見たなぁ、こんなゆっくりと」

夕焼けができるころには僕は戸棚の中にいたり、双眼鏡を覗いていたり、アルバイトをしている。たまに帰り道夕焼けに遭遇しても、そこまでまじまじと見るということはあまりない。真っ赤になった空は、燃えているようだった。あまりの綺麗さに目を奪われていると、会社から彼氏が出てきていたようで、僕の前を通りすぎる。

我に返った僕は、見失わないよう距離を取りながら進んだ。

「お待たせ」

そう言った彼氏の先には彼女とは別の女の人がいた。


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