第2話 捜査/襲撃
―1―
スプーキーがくれた調査先一覧の中に、次世代科学技術開発振興機構があった。
ニュースリリースに気になる内容がある。
次世代科学技術開発振興機構は三年前にKMSの出資で設立された組織だった。
現在の合成人間の機能や強度をそのままに、より人間に近い新しい生命の可能性を模索する研究を行っており、例えば脳死した人間の脳をAIとして再製するなど、新たな医療の可能性が切り開ける、とのことだった。
ニュースリリースに書いてある文章の行間を読むならば、非常にキナ臭い。KMS自体がキナ臭いといってしまえば身もふたもないが、スプーキーが悪の秘密結社と表現したように、司法の手が届かない部分があるくらいには巨大なのだ。
次世代科学技術開発振興機構は大学や企業の研究所の集まるラムダ区画にあった。
正門から軽く一キロはありそうな広大な人工芝に囲まれた道を歩き、ガラス張りのエントランスにたどり着く。
受付嬢AIが流暢なイントネーションでお待ちしておりましたと言い、俺のIDチェックを行うため、モニタに視線を落とす。
「EL980257-0051SA-01 ケビン・シモムラ様ですね。十四時から所長のアポイントを頂いております。所長室へご案内致します」
もちろん、COAで用意されている潜入捜査用の架空の人物のIDだった。
俺は今、子供用科学誌のライターとしてここにいる。
カメラ・アイで俺の容貌を撮影し、来客用データベースに登録をする。彼女の動きを見るに、来客用システムは汎用制御システムと一般的な電波帯を使用しているようだった。
「ここには私しか常勤のスタッフがいないもので、お茶の用意などなく申し訳ありません」
「いえ、おかまいなく」
所長は四十歳前後の痩せた男だった。
巨大な研究施設の中で、彼は基本的にひとりきりで研究を行っている。
研究は支援AI三十機のチームを構築しており、事務作業や施設維持も工業用ロボット型AI・人型AIを使い分けているとのことだった。ニュースリリースなどの広報活動はKMSマーケティングに外部委託を行っており、研究論文の発表の場以外で人前で話すことには不慣れなんですと、男は曖昧に微笑んだ。
「このような夢のある素晴らしい研究は、実際にお話を伺って記事を書きたいのです。今日はお忙しい中お時間ありがとうございます」
監視カメラは目視で確認出来るもので数台だけだった。研究所を維持する制御システムや、外部と通信するためのネットワークとは研究に使用するシステムは切り離してある。出資者であるKMSへの報告書や各種外部委託との連絡のためにある程度の情報は得られるだろう。
受付嬢AIの案内で出口に向かう中で、俺はおもむろにペンを落とした。
「失礼」
ペンを拾う動作の中で、自然に彼女の後ろへ回り込む。
「おや、お嬢さん。ワンピースのホックが外れていますよ」
受付嬢AIは人に限りなく近い見た目のアンドロイドを使用しているため、人型の素体に市販の衣類を着せて使用するのが一般的だ。
誰の趣味なのか、いわゆる乙女の恥じらい的なアルゴリズムをプログラムされている。案内業務を遂行するためには余計な機能でしかない。
受付嬢AIは頬を赤らめ、自らの背中に腕を回す。
彼女の腕が背中に届く前に、俺は前から抱きかかえるように腕を回した。
ハイネックのタイトなワンピースに隠れた首筋には、メンテナンス用のポートがついている。監視カメラに映っていたとしても自然な動作で、俺はポートに小型デバイスを差し込んだ。
ここに再度訪れるための
調査一件目にして、かなりの収穫があった。
研究用資材のオーダーや稟議資料の提出のため外部に送信したメールにアクセスしたところ、事件に関連がありそうなものを発見できた。
機構設立後すぐの稟議資料の名前は「プロジェクト・ヴァシュタル」。
概要は新型合成人間の開発で、多くの生体素材のほか、大量のゼノ・プリズマやKMS医療研究所への外注費が組まれていた。
それだけでは研究内容までは分からないが、現在の法律規定に基づかない規格の合成人間ならば、セキュリティシステムが検知できない可能性は十分ある。
―2―
「ヴァシュタルという言葉を知っているか?」
いかなるデータベースにもヴァシュタルという単語は存在していなかった。
別の時代になら存在しているかもしれないと、次元戦艦にいたガリユに質問した。
「ヴァシュタル……だと?何故貴様がその名前を知っている」
船室の中を落ち着かなさげに歩き回っていたガリユが足を止める。
「心当たりがあるのか?」
「オレ様を育てた精霊の名だ。サラマンダーの次に強い」
「それは有名な存在か?」
ガリユは不機嫌そうに大きく舌打ちをした。
「悪意で聞いているわけじゃない。この時代の文献をいくら検索しても、どこにもヴァシュタルという単語は残っていない。サラマンダーならフィクションで数件ヒットする」
「残っていない……だと……」
あの研究者の造語である可能性はある。
だが、未知の光と熱エネルギーを操る新型合成人間を開発するプロジェクトの名前が、高位の火精霊……しかも、姿が酷似したガリユの育ての親の名前とは。
偶然の一致である可能性は、限りなく低い。
「……さすがにまだここにいると確定したわけじゃないから帰ってくれないか。お前がいると目立つ」
次元戦艦にガリユを残し、一旦捜査のためにエルシオンへ帰ろうとしたら付いてきてしまった。古代人は物分かりが悪い。
レトロでさえ空気を読んでいるというのに。
「早くオレ様を偽物のところへ連れて行け」
ガリユに発行されたゲストIDを無効にして、強硬手段で置いて来ることはできるが、そんなことをすれば、ガリユはゲートに炎を放ち破壊するだろう。
目立つ格好の男を連れて歩くより、もっと悪い。俺の仕事のことを説明してもおそらく理解しないだろう。彼の生きた世界に警察など存在しない。
夜は廃墟のように静まり返ったラムダ区画。研究所のほかにはKMSの化学薬品部門・電子機器部門、KMS重工のオフィスビルが並んでいる。
「ラムダ区画の都市計画データによりますと、この地下に主要インフラのポイントが集中しています」
クロックが小声で目的地をアナウンスする。
「わー、爆破するならボクの出番かなーっ!」
普段より気持ち程度小声でレトロがはしゃぐ。
「爆破は、まだしない。いくらシステムを独立させたって、電力供給で必ずどこかに繋がっているからな。そこに手を加えさせてもらう」
エルジオンのインフラはすべて地下――プレート内を通っている。メンテナンス用ダクトをアンロックしようとした。その刹那――
轟音とともに、真昼のような光に網膜が焼かれる――
「――現れたな、偽物」
ガリユが何者かと対峙している。ガリユの迎撃と空中で相殺されたのか、一瞬で光は消えた。暗闇の中に男が立っている。
ガリユと同じ、長くうねった赤い髪。
遠くからでも目につく、炎を象徴するような外見。
――こいつが新型合成人間『ヴァシュタル』だ。
実物の力をこの目で見た瞬間、そう確信した。
「エクスプロージョン!」
ガリユの放った紅蓮の巨大な火柱がヴァシュタルを包み込む。
これで機能停止させられたのなら幸運だが、ガリユの炎を研究して作られたのだとしたら、当然対策も取られているだろう。撤退すべきか。
ダクトの扉に開錠コードを打ち込みながらガリユとヴァシュタルの戦いを垣間見る。
火柱の中から白い炎が放たれ、ガリユはすかさずそこに自身の紅蓮の炎をぶつける。威力がかき消された。
「クソっ!」
ガリユが悪態をもらす。
ダクトの扉に「インフラ管理者のアカウントを承認しました。アンロック中……」と表示されている。もう少しだったが、仕方がない。ガリユの分が悪いらしい。
「ガリユ、撤退だ!」
振り向き、叫んだとき、ガリユの背中が目に入った。
「動くな!消し炭になりたいのか!」
ヴァシュタルが放った炎は威力を増し、間近に迫っていた。
恒星が爆発したがごとき閃光――
モニタの中で式典会場を包んだあの光だ。
熱気が肺胞を焼く。
式典会場の時と違い、それは一瞬ではなく数秒にわたって保持されている。俺たちを焼き殺すまで続けるつもりか。
ガリユは俺を影にするように立ち、自身の炎を盾のようにしているが、表情を見る限り長くは持ちそうにない。
ガリユの衣服の端がちりちりと燃えている。
ふと俺たちを包む白い炎が消える。動力の限界か。
合成人間はメンテナンス用ポート部の装甲が薄いはずだ。俺は跳躍し、ヴァシュタルの首筋めがけて槍を一閃する。
ヴァシュタルはひらりと身体を反転させて避けると、反動で俺の腹に回し蹴りをたたき込む。
振りかぶったせいで、もろに食らう。
「かはっ……!」
俺の身体は数メートル吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
近接戦闘も並みの戦闘用合成人間以上の性能を持っているようだった。
「今は分が悪い!仕切り直しだ!」
「なんだと!?」
「ガリユ!俺に三秒時間をくれ!ダクトに飛び込む!お前も来い!」
ヴァシュタルの大きな一撃が再度来る。核融合のような大爆発。それに対してガリユも最大の魔力を込めて一撃を放つ。
ダクトの扉を開くと、奈落が見えた。
直径二メートルほどの管の中に無数のケーブルが血管のように張り巡らされている。タラップを下っている余裕はない。
俺はガリユの腕を引き、ダクトから飛び降りる。
自由落下の最中、頭上でエネルギーが爆ぜた。
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