正義の炎は燃やせない【アナデン×カクヨム】
カミムラ
第1話 事件
―1―
壁一面のモニタに映っているのはエルジオン建立百年記念式典の様子だった。
数千人の人が集う式典広場の中央で、司政官が訓示を読み上げている。
この行政区で、式典の場に立つのは司政官の役割だった。量子コンピュータが公平に選出した、エルジオンの為政者のトップとして相応しい人物――俺が所属するCOAの統括であり、監視対象でもある――白髪の知的な紳士がモニタの中でスピーチを終え、厳かに礼をする。
式典はグレイブヤードに併設された記念公園で行われていた。人工の大地に作られた芝生や樹々は穏やかな太陽光を表示した全天候型スマートディスプレイに照らされ、美しく輝いている。
「F35からG45まで、ズーム」
オペレーターAIに指示を出す。リアルタイムで撮影されている遠景から切り出された画像がサブモニタにポップアップする。画面にはそこに映る人物のメタデータ――シティズン・ナンバーをはじめ、所属や名前のほか、身長体重、サーモグラフィ、心拍数や脈拍など、さまざまな生体データが表示されている。
あらゆる安全性を考慮して作られた都市は旧時代よりも暗殺のリスクは低い。要人が立つことを想定された広場はスナイパーに狙われたりしないよう、景色を投影した防壁に囲まれている。出入り口は生体認証ゲートが設置され、警備ドローンはクラッキングにも備え、エルジオンの汎用制御システムからは切り離されている。
人類が地上にいた旧時代の生活から想定することが可能だったリスクをすべて排除した都市は、合成人間の襲撃から人類を守るのにも適していた。市民の生活をより便利にするために作られた、人間により近い高機能AIを脳殻に持つ彼らの一部は、数年前人類に対して武装蜂起した。
記念公園の外部は、対合成人間用に当時組織された軍――特殊機動隊が固めている。
俺の所属するCOAは、司政官直属の組織として、エルジオンの警察機構であるEGPDと軍の特殊機動隊を統括する役割を担っていた。
この式典における俺の任務は、COA本部の作戦室で指揮を執ることだった。
「責任者サマがわざわざこんなところでモニタリングしなくてもちゃんと仕事はしてるぜ」
背後から軽口が飛ぶ。
振り返ると、オペレーターAI達の並ぶ机の背後から、寝ぐせだらけの丸っこいフォルムの男が顔を覗かせた。
「スプーキー」
「モニタとにらめっこの生活が恋しくなったか?お前は一課で陣頭指揮を執るところまで出世したんだ。バックアップをオレに任せておくのは不安かね」
「あんたの仕事ぶりは信頼してるさ。俺の師匠のようなもんだ。COAで一番できる奴だと思ってるよ」
スプーキーは最初に配属された情報課の二期上の先輩だった。
作戦を執行する一課や二課のバックアップを専門とする情報課の中で、オフィスでも寝間着のような恰好を貫く男は変わり者として敬遠されていたが、仕事ぶりは信頼できた。
「今のところ広場に入場した人間のデータの改竄の形跡はないね」
合成人間は人間と”構成素材”が違うから、生体認証を求められる場所ではリアルタイムのハッキングで”私は人間です”という生体データに上書きし続けなければならない。
害意のある者が人間だったとしても、他人に危害を加えるためには武器が必要だ。
自爆テロのように爆発物を厳重に肉の下に隠したとしても、会場すべてを常に監視する生体認証カメラの目をかいくぐることは非常に困難だった。
「真実は必ず自分の目で確認する――ってよく言ってたよな、お前。まあさすがにこれだけの予算と人数を割いて、司政官が暗殺でもされたら俺たち全員の目が節穴ってことになるよな。類まれな天才ハッカーが居てドローンやセキュリティシステムすべてに同時ハッキングを出来たとしてもだ。外で待ち構えている一個軍隊なんか間抜けの極みになっちまうな。機械の目も人間の目も欺ける奴がいたとしたら、お手上げだぜ」
「そんな間抜けにならないように仕事しているんだよ、俺は」
そう言いかけたとき、閃光に包まれた。
「―――何!?」
とっさに伏せ、両手で耳をふさぎ、口を開ける。
何者かの襲撃か?
網膜を焼かれるほどの刹那の閃光の後、つんざくような轟音に鼓膜がダメージを受ける。空調機器からは快適な微風がそよいでいた。
「
閉じた瞳孔が開く時間すらもどかしい。
「司政官の様子を教えろ!F25だ!」
オペレーターAIは即座に司政官の立っていた場所をズームアップする。
見えない目で必死にモニタを凝視する。
そこにあったのは、人とは思えない赤い肉の塊だった。
呼吸停止、脈拍ゼロ、心拍数ゼロ――モニタの中に何人分もの人体の死亡データが羅列されていく。
「スプーキー!会場内のすべての人間を
脂肪の焼ける臭いが鼻を突く。
閃光の中心だった場所へ近づくにつれ、搬送を待つ負傷者は増えていった。
「死亡者は司政官の半径三メートル以内に配備されていたSP五名と判明しました。司政官は意識不明の重体。エルジオン医科大学へ搬送中です」
解析用AIを搭載した小型ポッドのクロックが現場に配備された支援AIと同期し、状況を報告する。
「――その他死傷者なし――重傷者は司政官の半径十メートル以内に居た二十名」
あの閃光と轟音にしては被害範囲が狭い。体感では記念広場ごとクレーターになりかねない威力のように感じた。被害状況からすると司政官が爆心地となったようにしか思えない。まさか司政官自身が自爆テロを行ったとでも?ありえなかった。
「死亡者の遺体の様子は」
「外傷が酷いので死因は複合的なものとみられますが、重度火傷によるショック死です」
「鑑識がこれから現場検証を行う。お前は引き続きデータの収集と分析をしてくれ」
特殊機動隊が重傷者の搬送と、避難誘導を行っている。
戦場に身を置かない無辜の市民たちは苦痛と恐怖におののいている。怒号やすすり泣きが方々から上がる。機動隊に状況を詰問する者もいる。
そんな混乱から離れたところに一人の若い男が立っていた。妙に落ち着いているように見えた。何も気に留めることもないようなことだが、俺の記憶の端に彼の姿は残った。
この状況におおよそ似つかわしくない穏やかなそよ風が、男の長くうねった赤い髪を揺らしていた。
―2―
翌日、司政官暗殺事件の捜査本部の責任者として、臨時に選任された副司政官が就任した。
司政官は命を取り留めたものの、十時間に及ぶ手術を終えた今でも意識不明。予断を許さない状況だった。
「以上が、この事件の概要だ」
副司政官が事件の概要を述べる。
ルドガー・ハウエルという三十代半ばの男だった。
中肉中背でこれといった特徴は特にないが、柔和な印象とは裏腹に視線は妙に鋭い。
「凶器が不明なんです。被害者らは高エネルギー外傷、つまり何らかの熱エネルギーによるものなんですが、爆発物および規定量を超えるゼノ・プリズマの持ち込みは認められませんでした」
鑑識が発言する。
確かに、爆発したようにしか見えなかった。
人間は素手で爆発を起こせない。この時代にも魔法と呼ばれるものを使える人間はいるが、それもゼノ・プリズマがあってのことだ。ゼノ・プリズマを使用するための機器の持ち込みがあればセキュリティに引っかかる。
しかしアルドの旅に関わる中で、太古の時代には精霊やら翼人や、魔獣やオーガやら想像を超える神秘が存在していることは知っていた。時空の穴に迷い込んだ者がいる可能性はゼロではない。
動機は想像しづらいが、彼らなら群衆の中にいてセキュリティに一切検知されずにあの事態を引き起こすことが可能かもしれない。
とはいえ、別の時代から来た者がすんなりIDを取得し、あの式典会場に訪れることは可能だろうか。
「軽症者に絞ると、皆熱傷を負っています。やはり何らかの爆発物による犯行ではないでしょうか……」
「爆発物とするなら、衝撃波による建物の損壊が少なすぎます」
「警備に当たっていた特殊機動隊から、炎のように見えたという証言もあります」
炎。現場に悠然と立っていた赤い髪の男が脳裏に浮かぶ。初めて見た顔ではないことを思い出した。
いつだったろうか、ガンマ区画の路上で火炎魔法を放っていた奴がいた。アルドが連れてきた古代人だ。幸いけが人はおらず、大ごとにはならなかったが、彼の奇行を撮影した監視カメラのデータは改ざんする必要が生じた。建造物等以外放火罪にあたるので、逮捕しなければならない。無辜の客人であるアルドも共犯者としてゲストIDが停止されてしまえば、彼の旅に不利益が生じてしまうだろう。
他人の空似かもしれないし、偶然迷い込んだ本人かもしれない。念のための確認は必要だ。見境なく街中に火を放つ古代人が犯人でないことを祈った。
時空を超える旅人アルドのことは、一部の人間しか知らない。逮捕したとて「古代の魔法使いが司政官を殺害!」なんてマスコミが騒ぎ立てたりしたら、どんな混乱が起こるやら。
想像しただけで頭が痛くなる。
デスクに戻り、現場の映像のチェックをしていると、スプーキーが現れた。
「式典参加者全員分のデータをストレージに置いたぜ。式典前後四十八時間の行動データ付き。どうも一人怪しいやつがいる」
「赤毛の若い男か?」
「当たり。なんでわかった?」
「勘だよ。今のところはな。俺が駆け付けたとき見かけた。妙に落ち着いていた。ハッキングの形跡は?」
「形跡はない。だがこの男のIDを調べたんだが、存在しないんだ。不正な番号であればアラートが鳴るはずなのに。このオレが及ばない超ウィザード級ハッカー、それとも悪の秘密結社の陰謀か?」
エルジオンの監視カメラを含む汎用制御システムやシティズン・ナンバー管理システムはKMS社の製品だ。
KMS社はエルジオンを代表する巨大企業だった。あらゆる分野の子会社を持ち、それぞれの分野でシェアを独占している。人々の生活が空に移る前から存在し、この足元のプレートの製造にまで携わっているという話だ。ここには競争原理なんて機能していない。
俺たちは今までいくつもの疑惑がKMS社の中へ消えて行くのを見てきた。
「あんたはデキるのに余計なひと言が玉に傷だな。証拠もないのに下手なことを言えば名誉棄損で訴えられるぞ」
「そりゃそうだ。だからオレが分析した結果、お勧めの調査先をいくつかこのデバイスに入れておいたぜ。訴えられないように上手く調べてくれよな」
「ありがたく使わせてもらうよ」
―3―
男の名前はガリユと言った。
本人が名乗ったわけではなく、アルドから聞いた。
ガリユは次元戦艦の船室の椅子に腰掛け、けだるげにテーブルに肘をついた。
「何の用だ」
「単刀直入に聞こう。つい最近この時代の大規模な集会で炎を放ったりしたか?司政官が狙われ、死傷者が出た」
ガリユは眉根を吊り上げる。
「オレ様は最強だ。チンケな人間をわざわざ殺したりはせん」
「チンケって……エルジオン行政のトップ、重要な人物だ」
「国を治める文官だろう。力試しにもならん」
こいつにとっては力がすべてなのだろうか。古代人の価値観はよくわからない。アルドに連れられガンマ地区に到着した瞬間、路上に火炎魔法を放つような奴だ。
「……もうひとつ質問だ。エルジオンに訪れて誰かに捕らえられたり、何らかのデータを計測されたことはあるか?」
ガリユはあからさまにむっとした表情を浮かべた。
「あるんだな」
「捕らえられてなどいない。合成人間とかいうチンケな機械に少し付き合ってやっただけだ」
物言いからして、プライドが高そうな奴だ。
不機嫌なガリユをおだてつつなんとか聞き出した話をつなぎ合わせると、KMS社のエンジニアと名乗る男が現れ、ガリユの炎のメカニズムを研究させてほしいと言ったらしい。計測用戦闘ロボットを破壊したら、自身も機械の体のくせに弱弱しく逃げて行ったとのことだった。
合成人間はKMS社にスパイとして入り込んだ、叛乱軍の合成人間が開発したものだろう。この時代の知識や前提を持たない人間から話を聞き出すのは苦労したが、このガリユという男が常に強敵と戦える機会を求めていることは分かった。
ガリユ本人が式典に参加して司政官を爆殺しなくとも、ガリユの姿も魔法も、この時代にデータとして存在している。合成人間が兵器としての利用価値を認めているのだから、模造した存在を開発した可能性はある。
「話はそれだけか?」
「最後にもうひとつ。礼と言っては何だが、俺はお前が興味を持ちそうな話を提供できる。協力してはくれないか?」
「断る」
「お前の姿にそっくりな正体不明の炎使いが居るんだ」
「オレ様の偽物だと?」
興味を持ってくれたようだ。
「まだわからない。俺はその正体不明の炎使いの正体を突き止めたい。解析不能な力で何人も殺した奴だ。戦うことになる可能性が非常に高い。お前は強敵を求めているんだろう?お互いメリットがあると思うんだが」
「……貴様の口車に乗るのはしゃくだが、オレ様をその偽物ところへ連れて行け。本物の神世の炎で灰燼に帰してやる」
「どうも。契約成立だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます