第46話 技比べ
◆
表へ出よう、と朱雀様に促されて、昼食の後、屋敷の正面玄関を出た。
見物すると公言していた伯爵が出てきて、そこにシュバルトさんも付いている。エリアもいるし、トワルさんもいた。
僕は朱雀様と向かい合い、しかし朱雀様は剣を抜こうとしない。
「試しに技を使ってみろよ、サク」
この人がこういう態度を取る時は、絶対の自信がある時だ。傲慢ではなく、慢心でもなく、油断でもない。
それよりも、僕はその剣聖に挑むことが、久しぶりにできる。
それが純粋に嬉しかった。
剣に気が行き渡り、それが魔力に変わった瞬間、点火する。
激しく炎が吹き上がり、周囲の庭木が揺れ、その葉が縮まり、枝は火を吹く。
おお、などと伯爵が声を漏らす。エリアなどは口元を手で押さえている。
僕の剣に炎が集まり、振り抜けば火炎が朱雀様にぶつかる。
朱雀様が炎の中に消える。
「まぁ、こんなものだろう」
平然とした声は、火炎の渦の中から。
パッと炎が押し返され、弾ける。
先ほどと少しも変化のない朱雀様の両手を、炎が取り巻いている。
技が来る。
剣ではなく、両手でだ。
それは本来は剣で火炎を放つ剣聖剣技、飛炎。
しかも一発ではない、六連続攻撃がきた。
僕は剣を引き寄せ、火球に襲われる寸前に、心気を統一し、火炎を操る。
剣聖剣技の防御の技、燐舞。
僕の周囲を火炎が渦巻き、螺旋の激流が壁となり、それが朱雀様の火球を飲み込む。
しかし最初の一発だけは、間に合わない。
剣を振るい、飛び込んでくる炎を打ち払う。
燐舞の火炎の壁が消えた時、朱雀様が拳打の構え。
もちろん、ただの拳ではないし、それ以前に拳が届く距離ではない。
両手が輝き始める。
そこから光がほとばしり、巨大な鳥の姿に変化していく。
炎王翔翼という名前の大技だった。
僕の手札にそれに対抗できるのは、同じ技しかない。
一度、目を閉じ、全ての気を剣に集める。
それが練り上げられ、僕も火の鳥を作る。
目を開いた時には、二羽の火の鳥がそれぞれ相手に飛び、ぶつかっていた。
二つの炎が一つに溶け合い、それも一瞬、僕の生み出した鳥が弾け、朱雀様の技が押し寄せてくる。
どうしてもこうなる。
なら、次の手を打てばいい。
剣にはまだ気が、魔力が残っている。
最後の一滴まで力を注ぎ込んだ、剣聖剣技の一つ、業火を繰り出す。
火炎を纏った剣を振り抜いた時、目の前で火の鳥が弾けて消え、低い音が辺りに響き渡った。
「見事、見事」
朱雀様が手を叩き始める。彼の周りにはすでに取り巻く火は少しもない。
楽しそうで、どこかおどけた雰囲気もある。
「最後はしのげないかと思ったが、ちゃんとやるものだ」
僕はホッとしたせいもあるのか、姿勢がぐらりと崩れ、剣を杖にして姿勢を保った。
エリアが駆け出して、こちらへやってくるのが見えた。
「サク、もう少しここで過ごせ。発見もあるだろう」
朱雀様の軽い調子の言葉に、ええ、それは、と答えたけど、些細な風にも吹き散らされそうな、弱い声しか出ない。
極端な集中と、極限まで気力を使い果たして、体が重い。
片膝をついた時、エリアが僕を支えてくれていた。
「あまり女の世話にもなるなよ」
からかうような口調に、伯爵が笑っている声がする。エリアは朱雀様を睨んでいるようだ。
僕はもう、気が抜けて、疲れに支配されていた。
「お前はこの地で、技を磨くことと、人を学べ。弟子を育てろとは言わんがね」
「はい」
やっと言葉が出た。
剣を鞘に戻して、そういえば、と声がした時には、いつの間にか朱雀様がすぐそばに立っている。
僕は膝に力を入れて、まっすぐに立った。それでも体が揺れて、エリアが寄り添うようにしてくれる。
ニヤニヤと朱雀様が笑ってるのは、王都に帰ったら噂を広めてやる、とでも言いたげだった。
本当にやりそうで怖い。
でも次の話題は、もちろん、噂云々ではない。
「お前に渡すように仕向けた例の剣はどうした?」
「ああ、あの、古い剣ですか?」
「あれは貴重なんだぜ。まさか、なくしちゃいないよな」
お返ししましょうか? と問い返すと、朱雀様は平然と答えたものだ。
「預けておく。お前が剣聖になる時に必要になるし、次の剣聖にも必要になる」
なにやら、由緒正しい剣らしい。
そういえば、あの朱雀の少年に見せられた、遥か過去からの映像の中にも、似たような剣があった。
もしかして、何百年も受け継がれているのだろうか。
「お前もいつか、知るさ」
その一言で、もう朱雀様は剣に関する話題は終わりと示したようだ。
僕は呼吸を整え、そっとエリアの手を離れ、自力で姿勢を取り戻した。
一度、朱雀様が頷く。
「私に何か伝えたいと思えば、トワルを使ってくれ。あいつはそれなりに、使える男だから」
「トワルさんですか?」
意外な名前に、そう問い返すと、朱雀様はいたずらを告白するような顔になる。
「あいつは私に繋がっている。伯爵のそばで、伯爵と反目するように見せて、伯爵を害する奴を招き寄せるつもりなんだ」
思わずすぐそばのエリアを見るけど、彼女も驚いている。
「俺は明日には王都に戻る。次にいつ会えるかは知らないが、お前のことを忘れることはない。俺の後継者だからな」
「はい、ありがとうございます」
僕が頭を下げると、肩を叩いて朱雀様は伯爵のほうへ歩いて行った。
背中が、こんなに大きく見えるとは、今まで気づかなかった。
「大丈夫?」
エリアがこちらの顔を覗き込んでくる。
僕は笑みを返した。
「少し疲れただけで、特に問題はないよ。支えてくれて、ありがとう」
「あんなデタラメの使い手に、手助けなんて必要ないと思ったけど」
……デタラメ、と思えないあたり、僕もだいぶ毒されてきたかな。
伯爵と朱雀様、シュバルトさんとトワルさんが建物に入り、僕はしばらく、エリアと一緒に外に立っていた。
まだどこか、焦げ臭い匂いがするけれど、風は爽やかで、山間の屋敷を包む空気は静かだ。
何気なく息を吐き、誰にともなく、頷いた。
「名前を決めたよ」
僕がそういうと、エリアが不思議そうにこちらを見る。でも彼女に向けているわけじゃない。
「君の名前は、フォレスト」
ざわざわっと木々が揺らめく。
(わかった。僕の名前は、フォレストだね)
「短く呼ぼう。レッタ、と普段は呼ぶ」
「何の話をしているわけ?」
いよいよ不審そうに、正気を疑うような目で、エリアがこちらを見る。
「まぁ、独り言じゃない独り言かな。僕たちも中に入ろう」
僕が歩き出すと、エリアがまだ何か、疑り深い目でこちらを見ながら、横をついてくる。
とにかく、状況は一つ、先へ進んだわけだ。
(続く)
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