第42話 覚醒

     ◆


 何か強い口調のやり取りが聞こえてきて、僕はぼんやりと覚醒した。

 首が強張っているので、捻るだけでもしんどい。ただ一度、捻ってみるとそれでほぐれたようだ。

「このヤブ医者! 余計なことをして!」

 そうエリアが叫び、医者がもごもごと応じる。

 どうやらやり取りというのは勘違いで、エリアが一方的に詰問している。

「もう三日も目を覚まさないじゃない! このままになったら、あなたを残酷に殺してやるから!」

「その必要はないよ」

 僕はそう言って、ベッドの上でどうにか起き上がった。

 悲鳴をあげたエリアが駆け寄ってきて、手を貸してくれる。医者はだいぶ安心したようで、表情があからさまにホッとしている。

「大丈夫? サク。医者の薬で、また三日も眠って、心配したんだから」

 ああ、うん、などと言いつつ、まさか医者を否定するわけにもいかず、笑うしかない。

「とりあえず、万全になったらしいから、心配しないでいいよ、姉上。ただ、お腹は空いたかな」

 素早くエリアが医者の方を見ると、医者は消え入るような声で、重湯から始めるべき、という意見を言った。これはどうも、エリアは医者をだいぶ恫喝した、もしくは恫喝し続けたらしい。

 エリアが部屋を飛び出して行き、医者は首を振ると、何も言わずにゆっくりとやっぱり部屋を出て行った。手にはタバコがあったのは、見なかったことにしよう。

 一人でベッドで上体を起こしたまま、僕は何気なく、周囲を見た。

「まだそこにいるの?」

 そっと誰もいないところで声をかけてみるけど、返事はない。

 自分の胸の内側を探るように、無意識に手で胸に触れていた。

 少しだけ熱いだろうか。

 あの光の玉のことを、僕は何も知らない。それを知っているだろう人を、僕は一人しか知らなかった。

 その人は、王都にいるはずで、どうやったら話を聞けるだろう。

 伯爵に頼むしかないのかな。

 足音が聞こえ、ドアが勢いよく開け放たれる。

 お盆を持って飛び込んできたエリアがすぐに僕に器を手渡してくる。手が震えるけど、やっぱり一度、動かしてみると、元のように自然と動くようになった。

 エリアは僕に、眠りに落ちる前に医者から聞いた話を繰り返した。新しい話は、伯爵の家にいる下男下女の大半が、領民の田畑の再生のために働いていて、屋敷はいつになく静かだということだ。

 山はもう火の気が絶えて、地震も起きないという。

「あなたは何をしたわけ? サク」

 そうエリアに訊ねられ、どう答えていか、わからなかった。

「あの神獣を倒したわけ? それで終わったの?」

「そうじゃないよ。むしろ逆なんだよ」

 どこまで話していいかは、わからないけど、エリアに語ることは、僕自身が状況を整理する必要の一助にはなりそうだった。

「僕は一度、神獣を傷つけてしまった。その時に、あの溶岩の災害が始まったんだ。だから、僕はもう一度、あそこへ戻った。神獣を鎮めなければ、噴火は止まらず、全てが燃えると思ったから」

「それならあなたが、神獣を鎮めることに成功した、ということ?」

 鎮める、という表現は僕自身が使ったけど、実際、何をもって、鎮める、と表現するかは、わからない。

「神獣と話をした。それが、全てだね」

「でも噴火は終わったじゃない。あなたは成功したんでしょ?」

 そういうエリアの言葉を聞いて、何がずれているか、ふとわかった。

 戦いじゃないんだ。

 相手を倒すこそ、相手に倒されること、そういう二つに一つの結論の導き出すことは、求められなかった。

 勝ちか負けしかないと勘違いしたから、僕は一度、失敗したんだ。

「勝ちも負けも、ないんだよね」

 僕がそういうと、エリアは眉をひそめて、でももう何も言わなかった。

 食事が終わると、急に体に力が湧いてきて、楽になった。いつになく体の動きが良さそうな気がするほどだ。

 医者が戻ってきて、どうするか確認したので、自分の部屋に戻ります、と答えた。

 明日にも一度、診察すると医者がいうと、エリアがすごい目で見ていて、何故か僕がエリアをなだめることになった。

 ベッドを下りると足が少し震えるけど、すぐに消えた。

 エリアに付き添われて廊下に出て歩いていく。足の送りはすぐに元通りだ。

「スイハさんはどうした?」

 これは、確認しないといけないことで、エリアが眉間に皺を寄せる。

「姿を見せないけど、魔術人形は何回か見たわ」

 つまり、生きているのだ。良かった。僕のせいで、彼女が傷を負っていたら、僕の後悔にもう一つ、新しいものが加わることになっただろう。

 部屋に戻る前に、屋敷の一角が燃えて無くなっているのが、窓の向こうに見えた。修復されるのは、だいぶ先になるんだろうな。

 部屋のベッドに横になり、エリアは夕食をどうするか確認して、僕は食堂へ行くと伝えた。少しでも体を動かして、機能を取り戻したい。

 これから、何が起こるかははっきりしないけど、少なくとも、寝たきりとか、体が不完全な状態でこれからに対処することは、きっとできない。

 夕方まで横になっていて、エリアが呼びに来た時にベッドを降りた。この部屋に来た時より、動きは格段にいい。もうエリアの助けを借りず、食堂まで行った。

 食堂では、伯爵、シュバルトさん、トワルさんがいる。下女が一人、配膳をしていた。

 伯爵が席を立ち、素早くこちらへ来た。

「もう回復したのか? どこか、痛むところ、具合の悪いところはあるか?」

「いえ、もう回復しつつあります。ご心配をおかけしました」

 うん、うん、と何度か伯爵が頷き、僕に空いている席を示した。伯爵とは距離がほどほどにある席だ。

 椅子に腰掛けて、目の前の病人食を食べようとすると、伯爵が言った。

「今回の件で、朱雀の剣聖殿に、陛下から南部を査察する勅命があった」

 その言葉に僕が顔を上げると、伯爵が微笑んでいる。

「彼がここへ来る、ということだ。二週間ほど後になるそうだが、楽しみにしていなさい」

 はい、と頷いた後に、実感がゆっくりと湧いてきた。

 また、朱雀様と会える。

 僕はその時のことを考え、思わず頬が緩んでしまった。

 視界が少し、揺らめいた気がした。



(続く)

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