第40話 解放
◆
思い切るしかない。
剣を構える。
剣聖剣技の灼覇が発動し、剣に火炎が渦巻き、岩壁に叩きつけられる。
しかし岩は崩れない。
なら!
構えを変え、呼吸が一瞬で切り替わる。
剣聖剣技の中でも高速の連続技、炎破を繰り出す。
体が加速し、火炎の斬撃が縦横に岩壁に叩きつけられる。
渦巻く炎が叩きつけられる回数は、一度や二度ではない。
五度、六度。
十、十一。
十九、二十!
岩の壁が揺るがないが、僕の剣が纏う炎の熱で、岩は半ば白くなっている。
二十二、二十三。
二十五!
限界の二十五連撃で、僕は剣を下げた。
ひび割れていく。岩に、ひびが入る。
次で、あと一撃で、破れる。
激しい運動に呼吸はすでに半ば止まり、しかし極度の集中が、体力、身体機能の限界を超過した運動を現実にしていた。
剣聖剣技の中でも、小さな目標に最大の威力を発揮させる技、業火を繰り出すべく、剣を引きつける。
身体中の気が全て剣に集まり、それが魔力へ置き換わり、魔力は熱に置き換わる。
白銀に輝く剣が赤みを帯び、その赤さえもが熱で白に変わる。
超超高温は全てのもの焼ききることができる。
目の前の岩を切った時、何が起こるかはわからない。
溶岩が押し寄せてきて、僕は飲み込まれるかもしれない。
それでも構わない。
僕は神獣の首を刎ねた。
山を焼き払ったのは、僕だ。
それを償うことも、僕の役目だろう。
そうやって命を投げ出すことが、償いじゃないことは、よくわかっている。
でも今、僕にしかできないことがあるんだと、僕は知っている。
この扉を破ること。
神獣というものを、より理解すること。
ついさっきの対話で、僕は恐怖や怯えで暴力に逃げた。
自分より強大で、圧倒的な存在を前にして、逃げたんだ。
だから今、改めて、僕は自分を試す必要がある。
神獣を前にする資格があるのか、どうか。
ついに剣は光を放ち始める。
剣を振るのなんて、簡単なことだ。
一閃。
岩の表面に斜めに、光の線が走った。
ずれる前に、岩は崩れた。
大量の溶岩が押し寄せてくる。
僕はそれをじっと見据え、全てを受け入れた。
真っ赤に染まり、全てを焼き尽くす熱を発するどろりとした液体が壁となって迫り、飲み込んでくる。
目を閉じなかったので、よく見えた。
目の前で、溶岩が二つに分かれ、僕の左右を走っていく。
息を吐くことも、吸うこともできない。
剣を下げ、一歩、踏み出す。溶岩は流れ続けている。
僕を避けて、だ。
そのまま僕は奥へと進んでいった。
溶岩の激流は勢いを失い、ただ僕の周りだけを溶岩が避けているような形になった。
足を置く地面が溶けていないのが、超常現象で、つまり今、僕が選んだことは間違っていないらしい。
そのまま真っ直ぐに溶岩の湖のあった辺りへ、たどり着いた。
(よくぞ、戻ってきた)
声はするが、神獣の姿はない。
(しかし、なぜ戻ってきた。今更、炎に包まれたものを戻すことはできん)
「あなたともう一度、向き合いたかった」
(向き合ってどうする?)
相手の姿は見えない。
今は、目を閉じる必要はない。
「向き合えば、何かがわかる」
(何がわかる)
「あなたが、わかる」
自分でもわからない問答だった。
僕はただもう一度、あの火の鳥を前にしたかった。
僕はあの時、目の前にいる存在を倒さなくてはいけない、となぜか思っていた。
そう思い込んでいたんだ。
でも実際は、違うんじゃないか。
倒す相手ではない。そもそも挑む相手ではないし、それよりも、異質な存在ですらないのかもしれない。
(どうするつもりだ?)
頭の中に響く声は、小さくなっている。
僕は剣を鞘に戻し、呼吸をした。
久しぶりに息をした気がする。喉があまりの高温の空気に痛むけれど、空気そのものは新鮮だった。
一歩、先へ進む。溶岩の流れが割れるが、その先は、もう足場がない。
どこまで深さがあるかわからない、溶岩の湖なのだ。
もう問答は必要なかった。
僕はすっとそこへ足を踏み出した。
溶岩に足が、沈まない。
そのまま僕は溶岩の湖の上を歩いていく。爆ぜる気泡からの溶岩の粒さえ、僕を避けていく。
ついに湖のただ中に立ち、僕は両手を足元の溶岩の中に差し込んだ。
手が燃える、溶けるとは、思わないのだから、不思議だ。
まるで自分が正気じゃないのに、しかし、僕はまるっきり正気なのだ。
何かが僕を導いている気がした。
両手が溶岩に入った。熱を感じるが、まるでぬるま湯だった。
両膝をついて、腕をもっと奥まで入れる。
両手首が沈み、肘が沈んで消える。
まだ足りない。
ほとんど這うようにして、胸が触れるような位置まで腕を差し込んだ。
何かが触れる。
それを掴んだ。
(成長の速い男だ)
そんな声がする。
僕は答える余地もなく、両手で抱え込んでいるものを引き上げる。
巨大な球体のようなそれは、途方もなく重かった。下向きに力が加わっているか、そうでなければ何かで溶岩の奥の巨大すぎるものと繋がっているかのようだった。
腰を入れて、上体に渾身の力を込める。
声が自然と漏れた。
次には、叫んでいた。
唐突に手応えが消え、勢いのままに尻餅をついた時には、僕の体にのし掛かるようにして、そこに現れたのは、真っ赤な光を放つ球体だった。
(死が恐ろしくないのか?)
頭の中の声は、掠れているような気がする。
言葉がするすると出た。
「恐ろしいと思います。ただ、同じように同じ場所で生きる人がいて、世界は、僕が死んでも続いていくはずです。そう思えば少しは、安心もできる。自分が死んでも、何も変わらないのですから」
愚かな男だ。
そんな声が微かに聞こえ、僕の全身に今度こそ溶岩が押し寄せてきた。
目を閉じなかったので、その光景もよく見えた。
周囲の光景が、全く別の絵画に書き換えられるように変化した。
そこは、例の岩場で、僕は座り込んでいて、抱えるように赤い光の玉を持っている。
周囲では火がまだ森林を焼き続けていて、煙が立ち込めているけど、やはり岩場だ。
今から逃げるのも、手遅れだろうか。
それにしても、この球体はなんだ?
しかし、うーん、疲れた。
体の感覚が曖昧になり、まぶたが重い。視界が霞み、暗くなる。
太陽は高いはずだ。溶岩も木も、地面も燃えているのに、いやに暗い。
ついに周囲は真の闇に閉ざされ、その瞬間に僕は何かから解放された気がした。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます