第31話 剣聖の意志

     ◆


 屋敷へ帰ったのは夕方で、シュバルトさんは何も言わないし、エリアも黙っている。魔術人形は山の途中で帰って行った。スイハさんの家の方へ行ったのだけど、三人になっても沈黙しかない。

 何か適当な話題があればいいけど、僕も考えることはあった。

 王都を焼く、とあの巨大な火の鳥は言った。

 それは朱雀様が王都にいるからだろうか。あの方がここへ来られる、そうすることで事態が解決するなら、ぜひそうして欲しいけど、まさか朱雀様がそういう大事なことに気づかないわけがない。

 朱雀様は全てを承知して、僕をここへ送り込んだんじゃないか。

 何もかもが唐突だけど、僕にいったい、何ができるだろう。

 屋敷の正面玄関でトワルさんが不安そうに待っていて僕たちを見ると屋敷へ駆け込んで行った。

 下男や下女が僕たちの世話をして、それぞれにお風呂に入ってから、食堂でまた顔を合わせた。伯爵も今日はいつもより、表情に硬いものがある。

 まず伯爵はシュバルトさんに説明を求め、シュバルトさんは岩を叩き割ったこと、地震が起きたこと、岩場の一部が崩落して地下へ僕とエリアが落ちたこと、対策を考えているうちに、唐突に岩場に炎が吹き荒れ、その中に僕とエリアが現れたことを説明した。

 次に僕が質問され、僕は縦穴に砂利と一緒に落ちたことと、そこにエリアが巻き込まれていたこと、二人で地下遺跡を進んで、溶岩の湖から現れた巨大な鳥と対話をしたことを話した。

 エリアにも質問があったけど、エリアが口にしたことで今までになかった情報は、彼女が縦穴に飲み込まれようとした僕を助けようと手をとって、そのまま引きずり込まれたという部分だけだ。

 それを聞いて、僕は思わずエリアを見たけど、彼女はまだ恐怖が拭えないようだ。

 僕にも押し隠してはいるけど、似たところはある。

 三人の話を聞いて、伯爵は黙っている。今日は食堂にトワルさんがいるのに、この話をしているのも、普段とは違う。

「私は、朱雀の剣聖殿と約束した」

 伯爵が淡々と語り始めた。

「王都で居場所を失った弟子を引き取って欲しい、と剣聖殿は言われた。その弟子を、私の元で剣術を指南するという形で保護しておくということになった。ただ、剣聖殿は別のこともおっしゃられた」

 僕を見ている伯爵の瞳が、光る。

「それは、朱雀の剣聖として契約する神獣からの強力な力を、分かち合う存在として、その弟子を預かって欲しい、ということだ」

 僕は何も言えなかった。

 神獣からの力を、分かち合う?

 どういう意味だろうか。想像もつかない。

「そういうことだ、サク。きみはこれから、あの神獣と向かい合わなけばならない。それは剣聖候補生として、避けられないことだ」

「全てが仕組まれていたのですか?」

 そう言ったのは僕ではなく、シュバルトさんだった。

 青年の方を見た伯爵は、小さく頷く。

「理由はあったのだよ、シュバルト。これもまた、国のためだ」

 際どいところで、僕は伯爵の背後に控えるトワルさんに視線を向けそうになった。

 誰がどういう形で、何に関わっているのか、僕にはすぐに読み解けなかった。

「サク、神獣は強いものを好む」

 また伯爵がこちらを見て、そしてわずかに口元に笑みを浮かべる。申し訳なさそうな、後悔の混じったような笑みだ。

「朱雀の剣聖殿は、きみを選んだ。私もそれを信じた。あとは、やるしかない」

「神獣を倒せと? 僕に、そんなことができるわけが、ありません……」

 あれだけの巨大な存在を、僕にどうすることができるだろう。

「倒す必要はない。今までに、倒せたものはいないからこそ、あの神獣はあそこにいるのだ」

 曖昧な表現だ。

 倒さなくても、認めさせることができるということか。

 あの巨鳥なら、そういう超然とした存在としていることができるのかもしれないな。

 でも僕は、とてもそこまで辿りつけない。

 自分自身の無力さに変に納得しながら、変な気質のせいで、恐怖を忘れること、恐怖にどうすれば打ち勝てるか、そんなことを考えている自分がいる。

 食事が手付かずのままの食卓を見て、僕は考え続けた。

 倒さずに勝つ。

 難題だが、挑むべきかもしれない。

 僕が求め続けた何かが、急に形を持ったようなものじゃないか。

 絶対に倒せない相手、絶対に追いつけない相手が、人間じゃないとしても、僕の前に現れた。

 王都にいた時とは違う。朱雀様という、最後には守ってくれるという人は、ここにはいない。

 伯爵も、エリアも、シュバルトさんもスイハさんも、とても神獣なんて手に負えないだろう。

 僕がどうにかするしかない。

 僕だけが、どうにかすることができる。

 食事にしよう、と伯爵が言った。それぞれによく考えることだ。そんな言葉と同時に伯爵が食器に触れる澄んだ高い音が鳴った。

 それでも、僕が屋敷に来てから、今までで一番重苦しい空気で食事は終わり、僕は伯爵に呼ばれて書斎へ行くことになった。

 その途中の廊下で、小さな影が待ち構えている。

 エリアだった。

 彼女は不安そうにこちらを見て、でも何も言わなかった。

 彼女の前で足を止めて、僕も黙ったまま、しばらく二人で視線をぶつけていた。

 エリアの瞳には責めるような色と、何かを懇願するような色が同居している。怒りと優しさが、入り混じっていた。

「大丈夫だと思う」

 僕がそう言っても、エリアは何も言わない。

 その彼女の手がすっと僕の手を取り、握りしめ、放し、そうしてから背中を向けて、彼女は廊下を走って行った。

 僕が死ぬとでも思っているようだったけど、そうはならない。

 僕は負けるつもりはないし、死にたくもない。

 まだ、エリアの本当の腕試しをしていないし。

 そうか、さっき、こういうことを言えれば、ちょっとはエリアも落ち着いたんじゃないか。

 次の機会には、そうするとしよう。

 僕は伯爵の私室のドアの前に立ち、ノックして声をかけた。

 入りなさい、という声を受けてドアノブを握った。

 そのドアノブがひんやりとしていることが、逆に地下での熱波を思い起こさせた。



(続く)

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