第26話 真夏の到来

     ◆


 真夏の盛りがやってきて、山の中でも意外に暑い。

 山で走ることは続けていた。不思議とシュバルトさんについていくのに、少しも苦労はしないようになった。

 シュバルトさんはやっぱり無言で、何かを指導はしてくれない。

 道場では週に二回、稽古をするようになり、僕は彼と格闘技に打ち込むことができた。

 打撃の応酬、投げの応酬は拮抗する場面はあっても、最後には僕が絶息して、それで終わることが大半だ。

 それでもどことなく、シュバルトさんの癖のようなものは見えてきたし、虚剣と呼ばれている能力の癖もわかった。

 虚剣は攻めにおいては、弱い打ち込みに見せた強い打ち込み、と使うよりないのではないか。

 強い攻めに見せかけて弱い打ち込みを繰り出すことはできるけど、弱い打ち込みでは相手を倒せない。だからそれは牽制か囮、誘いで、本命は強く見える強い打ちか、弱く見える強い打ちだ。

 この本命に山を張れるようになったのを、反対に僕は意識しないようにした。

 もし僕とシュバルトさんが実戦の場で戦っていたら、最初のやりとりで僕は死んでいる。

 今、少しずつ技の特性を理解したり、隙を見出しても、それにすら数ヶ月もかかっている。

 本当の勝負は一度だし、時間にして数分も必要としないというものだから、僕は理解が遅いし、何より、甘さにすがっているようなもの。

 お昼ご飯の後、僕は早めに道場へ行って、真剣を抜いて構えて、動きを止めた。

 頭の中で無数の像が走り、消え、また現れ、消える。

 切ることのできない相手がそこにいる。もしシュバルトさんが剣を取ったら、という想像の産物だった。

 わずかに足を引き、体を捻り、勢いで回転し、横薙ぎ。

 遅いな。

 僕は胸を切り裂かれて、きっと死んだだろう。

 自分が強いと自惚れたことは、王都にいた時もなかった。朱雀様がいたし、他の剣聖候補生も、抜群の技量の持ち主だった。

 そんな人たちを見るたびに、強くなりたいと思った。それも、強く、激しく、炎が燃え上がり、燃え盛るように。

 それがどこかで弱くなってしまったのは、王都から放り出されたからなのかな。

 自分でも気づかないうちに、腐っていたのかもしれない。

 シュバルトさんの存在は、僕の中の炎によく乾いた薪を放り込むようなもので、僕は改めて、強さというものを考えるようになっている。

 構えを取り直し、何度も技を繰り出した。

 何度、続けても僕が負ける。

 勝ちたい。

 死にたくないという衝動以上に、勝ちたい。

 勝ち誇りたいわけじゃない。

 僕という人間を、証明したい。

 ぴたりと剣を止め、膠着。

 いや、道場に気配がある。

 構えを解いて、顎の先から汗の滴が落ちるのがやっとわかった。

「誰を想定しているの?」

 稽古着のエリアがやってくる。片手に鞘に納まった剣を持っていた。

 僕は呼吸を整えながら「シュバルトさん」と答える。

「兄様を相手に剣を使うの? 兄様が得意なのは体術よ」

「それはきっと、偽装だと思うよ」

「偽装?」

「剣も相当に使える、と僕は思うけど、姉上はそうは思わない?」

 稽古しているところを見てないからなぁ、と言いながら、エリアが僕の前に立って、やりましょうよ、と言う。休ませて欲しい、などというほど、僕も軟弱ではない。体力には自信がある。

 僕は抜いたままだった剣を構え直す。エリアも涼しげな音をさせて剣を抜く。

 気がぶつかり合う。

 ここのところ、僕はもう彼女に気について説くことはない。

 どうやら一人で、気を研ぎ澄ませることをこっそりと訓練しているようだからだ。それは今のところ、うまくいっているようで、僕は口出ししていない。

 すっと、エリアが踏み込んでくる。

 桜花流の剣術の応酬になる。

 最初にエリアに教えた技、花嵐という連続攻撃が僕に向かってくるのを、僕は風花という防御の技で弾いていく。

 本来的に風花は受けていく中で相手を誘い込み、巧妙に隙を作り出してそこへ打ち込む技だけど、それは僕自身がエリアに教えたので、エリアも要点は頭に入っている。

 形の上では、技を知り尽くしたもの同士が力を競っていることになる。

 右、左、上、下からの終わることのない攻撃を全て弾き返し、僕の方から間合いを詰める。

 いつか見せた手首を切る技。

 だけどエリアはちゃんと覚えている。

 一瞬、両手を剣から手放し、引っ込める。

 僕が手首ではなく剣そのものに目標を変える。違う、それもエリアの想定内。

 僕が手首を落とす動きを取った時点でエリアは、手放した剣が僕に弾き飛ばせない位置に来るように、加減している。

 なかなかやるようになった。

 僕はさらに間合いを詰めようとし、一方ではやっとエリアは空中で回転した剣を片手で取っている。

 際どいタイミングでこちらの攻撃を受け流したものの、さすがにエリアは姿勢を乱した。

 すでに二人の間合いは近すぎるほどだ。

 エリアがこちらの次の一撃を嫌って、直蹴りで僕の胸を突き放す。

 僕は自分から後ろに飛んで、姿勢を取り戻す。

「うまくいくと思ったんだけどなぁ」

 エリアが片手で剣を振り回しながら言う。そういう腕力が身についたし、剣の扱いにも慣れたか。

「本気でやっていいよ、エリア」

「殺す気で、ってこと?」

「まぁ、剣術は最後はそうだから」

 怪我しても知らないわよ、と言ったエリアの瞳の色が変わった気がした。

 それからエリアは桜花流の連続攻撃の中でも、特殊な技である流花という技で僕を攻め立てた。

 この技は間合いを常に支配し、連続攻撃も花嵐などよりはるかに小刻みで、何より、間断がない。

 僕はそれに対抗し、やはり流花を繰り出す。

 同じ技同士の勝負になった。

 二人の間で火花が満開に咲き誇り、一瞬の瞬きが長い時間、途切れない。

 それでも最後には、僕の剣がエリアの首筋に触れる寸前で止まる。

「期限まで、あと五日」

 汗みずくのエリアが悔しそうな顔をして、まだ五日ある、と荒い呼吸の中に混ぜるように小さな声で言った。

 その日、稽古を終えて部屋に戻って着替えようとした時、稽古着に小さな切れ目があるのに気づいた。

 エリアもそれくらい、剣を使うのだ。

 これはうかうかしていられないかもな。

 それと、髪飾りのことは、忘れないようにしよう。



(続く)

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