第25話 勝ちたい思い
◆
そこまで必死になるかねぇ、とやっぱり倒れている僕のすぐ横にしゃがんで、エリアがいう。
シュバルトさんとの訓練は、ほとんど実戦になり、本気の打撃の応酬になった。
その結果、僕が負けたわけだ。
「兄様も何か、溜め込んでいるものがあるのでしょうけど、怖かったわよ」
そんな風にエリアが評価していた。
僕は少しだけ、虚剣の実際に接した気がして、今も横になったまま、考えているのはそれだけだった。
力の逃がし方、力の込め方、そこに違和感がある。
踏ん張れないはずの場面で踏ん張り、踏み込みが浅いはずでも、深く踏み込んだような打撃を繰り出せる。
そんなことができるとすれば、体術ではなく剣術でも、手に負えないだろう。
剣術の場合は、腕の延長に武器を持つために、弱い力から強い力までの幅が広いからだ。
力を完璧に制御できれば、もしかしたら、引き戻せないはずの勢いの剣を引くことができるかもしれない。早いが弱い一撃に、決定的な威力を乗せられるかもしれない。
ただ、現実的ではない。
「早く起きてよ、サク。私の稽古はどうするわけ」
「ああ、うん、ごめん」
上体を起こし、体の状態を確認する。そこここが痛むけど、打撲程度だ。こうなると、シュバルトさんは手加減したんだろうか、と思わざるを得ない。僕は結構、本気だったけど。
エリアとは真剣を持って向かい合った。
初めて向き合った時とは別人のような気を発するようになった。
それでも僕を驚かせるほどではないのが、短時間の成長であることを示していると言える。
僕の剣は動かない。エリアは逆に、剣の位置を変えようとしているようだ。僕の圧力に負けているわけで、それでも剣を動かせば、それで僕の勝ちになることは理解している。
負けないために、動かないのか。しかし動かなければ、やはり勝機はない。
僕は少しずつ呼吸を整え、逆にエリアは息が上がる。
剣を何時間でも持っていられるようになる、という目標もないわけじゃないけど、真剣を向け合うと、ただ剣を持っている以上の疲労に襲われるわけで、これだけは一人じゃ鍛えられない。
唐突にエリアが剣の位置を変える。
しかし、僕は踏み込まなかった。
初めてエリアが見せる、誘いだったのだ。
剣を今、下段にしている。そこへ剣が滑るその一瞬、気が張り詰めたのがわかった。
もし僕が踏み込めば、エリアはそこで逆襲する心算だったらしい。
もう一回、同じことをしたら、対処してやろうと決めながら、僕はやっぱり姿勢を変えなかった。
どれくらいが過ぎたか、エリアの気が揺れる。
下段の剣が正眼へ戻ろうとする。
僕は気を放って、一歩、踏み込んだ。
切っ先が翻る。
エリアの剣が天井に向けられ、揺れる。振り上げたまま、動けない。
僕の剣はエリアの首筋に差し込まれている。皮膚一枚、切りそうな危うい隙間しかない。
一歩、僕は体を引く。
疲れに押しつぶされるように、エリアが座り込み、息を吐いた。
「悪くないけど、受けの技だよ、誘って逆襲っていうのは」
僕がそう指摘すると、「あなたが隙を見せないからじゃない」と言われてしまった。
「とにかく、自分から踏み込めるようにならなくちゃ、誰の相手もできないよ」
「サクほどの使い手なんて、そうそういないよ」
「王都に行けば、大勢いるけどね。ましてや、武挙に受かるような連中は、平然とやると思う」
武挙という言葉に、エリアが顔を上げた。
「誰にも言っていないわよね」
「まあ、夢物語だと思っているから」
ムッとした様子で、エリアが立ち上がる。
「それは武挙に合格する女が少ないから?」
「剣術や体術には、男女の差はあまりないよ。体力や経験値を埋めるための技こそが剣術や体術なんだから。でも、女性の合格者は、珍しい」
「私がその珍しいうちの一人になってみせる」
剣を構えて、エリアが僕の前に立つ。
エリアが武挙について話したのは、数週間前だった。
私でも武挙に受かるかな、と言ったのだ。思わず口にしたようで、慌てて誰にも言わないように、懇願してきた。
髪飾りなんて、嘘だったのだ。
本当は武挙に受かるような技を、僕に教えて欲しいのである。
その話を僕は誰にもしなかった。そのかわり、同意の上で、稽古の程度をより濃密なものにした。
それにもエリアは、必死でついてくる。
僕にもこういう時があった。そう、僕だって、最年少で武挙に受かるんだ、と意気込んでいた時があった。
あの時から、全てが始まって、周りのことをゆっくりと吟味する間もなく、走り続けた。
剣聖候補生にもなって、剣聖剣技も習得して、でも疎まれた。
何か、大事なものを見落としていたのかもしれないな。
目の前で正眼に剣を構えるエリアから圧倒的な気が発せられる。
「そうそう、それだよ」
思わず口に出したところで、エリアの剣が突き出される。
僕は剣を立ててそれを逸らす。二本の剣の間で盛大に火花が散る。
こちらからも前進してすれ違う一瞬に足を払い、肩をぶつけ、膝をつかせる。ほぼ同時に剣をやはり斬りつける寸前で止める。
刃はエリアの首筋にあった。
実戦だったら首をはねただろう。
「そういうことをしていて面白い?」
こちらを睨みつけるエリアに僕は思わず失笑していた。
「面白くはないけど、姉上は何度も殺されそうになって、面白い?」
自分の怒りと、自分の言葉がただの負け惜しみだと気付いたのだろう、エリアはすぐに表情を改め、もう一度、立ち上がった。
剣を構えて、二人が向かい合う。
どちらも動こうとしない。
僕は少しずつ心を研ぎ澄ませた。
人間は集中を長い時間、維持することができない。それよりは瞬間的に、極端な集中の高まりを作る方が、容易い。
踏み込める、という確信があった。
そう思った時には、足が動いている。
エリアの剣を絡め取るようにして、その手元に刃を滑らせる。
呆然として、エリアは自分の両手首を切り落とす寸前の僕の剣を見ている。
「あと半月、だよね?」
そう確認すると、頬を朱に染めて、目元を怒らせたけど、エリアは無言で距離を取り、また剣を構えた。
絶対に見返してやる。認めさせてやる。そんな言葉が心から漏れてくるような雰囲気だ。
僕はそれが嫌じゃなかった。
むしろまだこれから成長すると思えば、楽しみでさえある。
僕はもう一度、集中を高めようとした。
こういうことで僕もまた、自分を鍛えることができる。
それに僕も、エリアが僕に勝とうとするように、シュバルトさんに勝ちたいという強い思いがあった。
お互いの呼吸の音だけが、道場の空気を揺らしている。
(続く)
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