第22話 雑談

     ◆


 棒使いの方の男性はシザーリオ、槍使いの方の男性はロジャースと名乗った。

 酒場は賑やかになり、片方の中心は伯爵だ。

「向こうは政治向きの話、こちらは武術の話だ」

 葡萄酒を瓶から直接、煽りながらシザーリオがいう。ロジャースも頷きながら、透明な液体を飲んでいる。こちらは東方の島国の酒らしかった。

 僕の想像の通り、シザーリオとロジャースは元は剣聖候補生になると言われた使い手だったらしい。

 シザーリオは白虎の剣聖、ロジャースは黒玄の剣聖を目指したものの、それぞれ雪舞いと雷招きの段階でふるい落とされたと話していた。

「別に誰も恨んじゃいないんだ。剣聖になれないだけで、だいぶいい思いもした」

 そんな風にロジャースが笑う。

「王国軍でも出世は早いし、任意除隊の後も傭兵としてやっていける。いいことづくめさ」

 シザーリオの言葉は本音だと感じさせる説得力がある。

 二人共が王国軍でそれぞれの場所で上級将校になり、それから南部の駐屯軍に配属され、そこで伯爵と出会ったらしい。

 それももう十年以上前だと、言葉を総合すると導き出せる。

「伯爵は粘り強い方だ。ちょっとしつこいがね」

 口元で笑いながら、ロジャースは真剣だ。

「国の中がスカスカになって、国が倒れることを防ごうとされておられる。忠国、と言えばいいのかな。そのためには秘密裏にこうして、俺たちのようなものとも通じておくということさ」

 イーストエンド王国では貴族は原則として私兵を囲えない。雇えるとしても届出を出して受理される必要があり、受理される上限はほんの五人程度と僕の耳にも入っている。

 貴族が国を乗っ取ることが本気で懸念された時代の名残だと思うけど、現在では貴族よりも政治家や財閥の方が力を持ちつつあるのは、僕も王都で実感したことだった。

 財閥の私兵など、練度はそれほどではないにしても、数だけはあるというもっぱらの噂だし、それに合わせて軍を引退した連中が、その私兵を鍛えるために傭兵会社を作ったり、財閥に取り込まれているというから、事態はあるいは、僕が考えているより深刻なのかもしれない。

「朱雀の剣聖も、抜かりのないことだ」

 瓶を傾けてから、シザーリオがいう。

「自分の愛弟子を、ちゃんと守ろうとするんだからな」

 愛弟子、というのが僕を示しているんだろうけど、僕自身はそこまでの自覚はない。

 むしろ立ち回りが下手で、手に負えなかったじゃないか。そんなことを繰り返し、思ったりもしたのだけど、真相はわからない。

「南はやはり、朱雀の剣聖の威光が強い」

 シザーリオに応じるようにロジャースが言う。

 剣聖は四人いて、それぞれに王国の四方を担当している。担当していると言っても、今は直轄領もないし、形だけだ。

 朱雀様は、王国南部が担当である。

 その関係で、朱雀様は年に一度ほど、南部を巡回されるけど、僕はそれに数年前に一度だけ、随行して、記憶の中ではのどかな景色の中をのんびりと馬車で進んだ、というくらいしか残っていない。

「それより、例の坊やはまだ屋敷にいるのかい?」

 シザーリオがそういうので、僕は少し混乱した。

「坊や、はいないと思いますけど。いるのはエリアとシュバルトさんです」

「そのシュバルトだよ!」

 急にロジャースが声を上げた。

「あの虚剣の使い手は、もっとペラペラと喋るようなら親しみも持てるが。黙ってじっとこちらを見ている。あの油断のない視線、落ち着かないったらない」

 ほとんど絶句して、思考が巡りに巡った。

 同時に複数の情報を受け取って混乱したが、一つずつ解決することにした。

「シュバルトさんがここへ来たのですか?」

「この前までは伯爵の供をしてきていた。今日はその代わりにお前ってことさ、サク」

 そうだったのか。じゃあ、シュバルトさんもこの集まりや、伯爵の密やかな活動も知っていることになる。

「虚剣、というのは、あの虚剣ですか?」

 こちらの方が、重要だった。

 この単語が、こんな田舎で人の口に上がるものとは、僕は想像もしていなかった。

 王都にいた時、人づてに聞いたことがある。

 その技は剣と呼ばれているけど、実際にはもっと万能で、格闘の全てに及ぶという話だった。

 虚剣は、触れたくても触れられない。こちらが打ち込んでも、まるで打った手応えがない。

 それが何を意味するのか、僕は武挙に受かってから、何度も思い描いたものだ。

 どれだけ強く切りつけても、平然としていられるということだろうか、と思っていた。それでも受ける必要はあるし、受ければ動きは制限されるだろう。だから押しつぶすようにすれば勝てるはずだ、と空想していた。

 でも、実際の虚剣の使い手に会ったことはなかった。

 剣術とも魔術とも違う、不思議な力で、もう消滅したと判断している学者も多かった。

 それがまさか、すぐ身近に使い手がいるなんて。

「あの坊やを殴り倒せた奴はいない。体術をかなりやるが、それ以上のものがあるんだな」

 シザーリオがそう言って、顔をしかめる。

 僕は答えることもできず、じっと目の前のミルクの入ったジョッキを見ながら、シュバルトさんのことを考えていた。

 あの体術にある、巧みな圧力の逃がし方は、虚剣だろうか、それとも、体術の延長か。

 あるいは二つは、分かち難く融合しているか。

 それから一時間ほどの話し合いの後、伯爵は僕を連れて外へ出た。

 昼過ぎのクラスナンの街は、秘密の集会など知らぬ様子で、平凡な田舎の町そのものだった。



(続く)

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