第19話 食事

     ◆


 食事の間、少女の魔術人形はお茶を注ぎ足したりしただけで、あとはゆっくりとした口調で喋っていた。

「門番が二体ほど、死んでしまったのだけど、その程度には使えると思っていました」

「門番? あの下級悪魔ですか?」

「そう、私が召喚したのよ」

 へぇ、と答える僕に、魔術人形が本当の人間さながらに、不思議そうな眼差しを向ける。

「魔獣召喚に慣れているの?」

「王都では、ままありましたね。秘密裏の、魔獣同士を戦わせる遊びとか」

 その秘密の闘技場は、朱雀様に連れられて入ったのだけど、あまり気分のいいものじゃない。

 とりあえずはイーストエンド王国では、幾つかの例を除いて、生きるか死ぬかの決闘は禁じられている。国王陛下が御前試合などで剣術家を競わせても、それは死を意味しない。

 なんだけど、この秘密の闘技場では、魔獣同士はもちろん、魔獣と人間が戦うこともある。

 魔獣というのは魔術師が召喚する異界の生物とされているけど、そのあたりは通説以外、僕には知る術がない。

 特別な方式で魔力を大量に行使すれば、その異界との間に門を開くことができるというのだけど、どういう感覚なんだろうか。

 少なくとも、目の前にいる魔術人形の中の人は、それができるらしい。

「慣れている様子からすると、あなたたち剣士は訓練で魔獣を切ることもあるのかしら」

 そう言われると、僕としては笑うしかない。

「猛獣相手の剣術は、世間一般の剣術とは少し違いますけど、まぁ、あるいはそういう訓練をする人はいるかもしれません。その時は魔獣ではなく、大概は野生の虎や熊を相手にやるんでしょう」

「それもそうね、魔獣を簡単に倒す使い手は、少ないわ」

 そういった魔術人形が、お弁当を食べているエリアを見たので、僕もそちらを見た。

 話は聞いていたんだろう、彼女は僕を睨みつけ「まだ約束まで二ヶ月はある」とボソッと言った。

「約束?」

 魔術人形がこちらを見るので、「僕と姉上の約束です」と答えておいた。

 スイハさんの様子では、エリアを必要以上にからかいそうだったし、エリアは今、かなり機嫌が悪いように見えた。

「スイハさんはどうやってその、栄養を? 食料はどうやって手に入れているのですか? どなたかが届けているのでしょうか?」

 エリアが急にこちらをものすごい目で見たけど、僕にはよくわからない。

 昨日のエリアとの話を総括すると、肉体の維持に興味がないほどの人格破綻者で、超高位の魔術を行使して、人と接するのは嫌いで、伯爵とは一方的に折り合いが悪く、シュバルトさんとはいがみ合っている、という感じだった。

 その時、肉体の維持に関して、エリアに訊ねたけど、気持ち悪いから言えない、と言われたのだった。

 今もその、気持ち悪い、という状況なんだろうけど、この家には特に不審なところはない。

 魔術人形がニコニコと笑う。

「私はね、魔獣を食べて生きているのよ」

 魔獣を食べている?

 反射的にあのガリガリに痩せているスイハさんが、魔獣の生肉にかじりつき、生き血をすする場面を想像してしまった。

 それは相当に怖いな。夢に見そうとかそういうレベルじゃない。

「肉をですか?」

 念のために確認すると、エリアが顔をしかめるのとは対照的に、魔術人形は笑い出した。

「魔獣の血肉を摂取する魔術師はいるけど、私は違うかな」

 肉じゃないのか。

 それならおおよその状況はわかる。

「魔力を吸い取っているんですか。それは興味がありますね」

 やめてよぉ、とエリアが呻く。

「お二人の食事が終わったら、お見せしますよ」

 そう請け負ってくれたので、僕はさっさと食事を済ませたけど、エリアは遅々として食事を進めようとしない。

「エリアは放っておいて、行きましょう」

 そう魔術人形に促されて、僕は空になった弁当を片付けて、席を立った。

「嘔吐しても知らないわよ」

 部屋を出る前に、エリアがそんなことを言った。

 嘔吐するほど、凄惨なのかな。

 魔術人形に招かれて建物を出て、山の斜面を上っていく。

「この上に牧が作ってあってね、魔獣を飼育しているの」

「へぇ。農民には重宝されそうですね」

 魔獣を馬や牛の代わりにする試みは、おおよそ成功して、魔術師が安全装置を組み込むことで魔獣を農作業に使う農民は一定数、いる。ただ暴走しての事故や脱走事件は後を絶たない。

 この辺りでもそういう、魔獣の利用、活用があるのかもしれない、と思ったけど、魔術人形は「あまり普及してはいないわね」と答えている。

「ほとんどが私の食事よ」

 それをこれから見せてくれるんだろう。

 実は、楽しみでもある。

 開けた場所へ出ると、緩やかな斜面の一角だけ木が切り倒され、木製だけど頑丈そうな柵が巡らされている。

 ひょいと魔術人形がその中に入るので、僕も続く。

 いた。魔獣だ。

 魔獣の種類は多岐に渡っていて、未だに新種が確認されたりする。

 目の前に今、見えているのはサイのような魔獣だ。大きさは僕の背丈より高いところに背があり、鼻先から尻尾までは僕が横になっても足りないほどはある。

 その魔獣に向けて、魔術人形が手を伸ばす。

 何が起こるか、と思うと、魔獣が急に座り込み、動かなくなる。

 その皮膚から、煙が上がり始めた。

 同時に光が立ち上り、その燐光が瞬きながら魔術人形の周囲を漂い、回り始め、より強い光を放つ。

 その時には、僕もさすがに気づいていた。

 急速に、魔獣の体が腐敗を始めていた。



(続く)

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