第18話 山奥の家

      ◆


 昼前にそこにたどり着いたけど、初めに見えたのは門柱だった。

 正確には、門柱のように並んで立つ石像だ。

 見るからに魔獣を模していて、下級悪魔などと呼ばれる類だ。

 それにエリアが近づこうとしないのが、僕には可笑しかった。

「この先なんでしょ? 進まないの?」

 緊張した面持ちで、エリアは腰の剣の柄に手をかけ、ジリジリっと、間合いを確認している。

「何が怖いわけ?」

 からかうつもりになり、僕は石像に歩み寄り、触ってみた。

 ひんやりとしている。石だしね。

「や、やめなさい!」

 エリアが悲鳴をあげるので、いよいよ笑うのが止められない。

 瞬間、石像が動いた。

「え?」

 下級悪魔が石の割に滑らかに動き、僕の手首を掴んでいる。

 口が開き、牙が並んでいるのが見えた。

 咆哮、そして噛みつかれる。

「よっと」

 思わず声に出しながら、急に動き始めた石像を、こちらの手に触れているところを支点にして、投げていた。

 石像に見えたけど、重さは石のそれじゃないな。

 襲われた、という意識があったせいか、僕は殺人的に石像を投げてしまった。

 こういう手加減ができないあたりに、まだ修行が不足している感じがあるなぁ。

 首筋から地面に悪魔が墜落し、鈍い音を立てて首がへし折れた。

 こうなると、もう一体の石像も動くのかな?

 そちらを見ると、案の定、下級悪魔が戦闘態勢で、そこにいる。

「サクのバカ! なんで手出ししたり、殺したりするのよ!」

「だって襲われたし」

 そう返事をした呼吸を読んだように、下級悪魔が突っ込んでくる。

 でもそこは下級悪魔なので、がむしゃらな、勢い任せの突撃だ。

 掴みかかる爪が光る手をかわしざまに足を払い、無様に倒れた下級悪魔の首筋を蹴りつける。

 足の下で首の骨が砕けるのがわかる。

「ああ、二体とも殺しちゃって……」

 エリアが恐る恐るというように、近づいてくる。悪魔は二体とも、もう動く気配はない。

「じゃ、行こうか」

「非常識人め」

 ボソッとそんなことを言って、エリアがさっさとその場を離れたいようで道を先へ進む。

 道の所々に石像が立っている。

 エリアは警戒しているけど、僕としてはそれほどではない。

 大柄な悪魔の石像もあれば、頭が二つある魔獣とか、象のようなものもある。

 倒せるか、倒せないか、といえば、倒せるという算段だった。

 でも結局、石像は動かなかった。

「あそこよ」

 山の斜面に建物があった。変則的な二階建てである。

 石積みの階段があり、そこをエリアが上がり、建物のドアをいきなり断りもなく、開いた。

 鍵をかけていないのか、と思ったけど、こんな山の奥まで来る人は少ないだろうし、あれだけ異形の石像が並んでいれば、恐れをなして近づかないだろう。

 僕も中に入った。

 シンとしている。ずかずかとエリアは奥へ行ってしまう。

 生活感があるようでない。例えば調度品は一通り揃っているけど、まるで使われているようではない。埃が積もっているようではないけど、それが掃除されている、という連想にたどり着かないのだ。

 屋敷の奥へ行くと、エリアの声が聞こえた。

(あなたもこっちへいらっしゃい)

 急に頭の中で声が響いた。

 驚かないで済んだのは、魔術師たちが秘密裏の会話に使う思念だと知っているからだけど、慣れることはない。どことなく、頭の中を覗かれるような錯覚がある。

 その部屋に入ると、エリアは突っ立ってベッドの上の人物を見ていた。

 僕もすぐ横に進み出て、今度はさすがに驚いた。

 女性なんだけど、あまりにも痩せている。

 美しい女性だが、真っ白い肌をして、頬骨が突き出している。布団が掛けてあるけれど、その体のふくらみはあまりにも頼りないように見える。

 そもそも、気配のようなものが希薄なのだ。

「また何も食べていないみたいね、お姉様」

 そうエリアが話しかけると、思念が僕にも聞こえた。

(どうしてもできないわねぇ。でも生きていくことはできるわ)

 女性が目を閉じているので、僕はどこを見ていればいいか、考えた。エリアはじっと女性の顔を見ている。

「それで、こちらが新しい養子の、サク・オリバン」

「よろしくお願いします、スイハさん」

(こちらこそ、よろしく。朱雀の剣聖は元気にしている?)

「え? お会いになったことがあるのですか?」

 女性の身体がぴくりともしないので、何を考えているか、察するのが極端に難しい。

(何度か、お話をしたわね。直接は会ってはいないのだけど)

 話はしたけど、会っていない?

「いつのことですか?」

(十年ほど前ね。王都で)

 王都? 十年前?

「私たちは食事にするけど、どうする?」

 エリアが割り込むようにそういうと、お好きにどうぞ、と頭の中で声がする。

「お茶くらいは出しましょう」

 急に背後で声がして、僕は素早く振り返った。

 少女が立っていて、しかし、人間じゃない。

 魔術人形だ。

「お茶っぱはまだ、使えるのか知らないのだけど」

 少女がそう言って、リビングの方へ行ってしまう。自然とエリアもそれについていった。

 僕はまだ状況がよく飲み込めず、ただ、動くことのない女性のすぐそばにいるのもどこか落ち着かず、結局、リビングの方へそっと踏み出した。

 思念が語りかけてくることはない。

 魔術人形に意識を載せているのかな。

 リビングに入ると、エリアが椅子の一つに腰掛け、持参したお弁当を広げ始めていた。

 森の奥深くにあるせいか、不自然なほど静かで、どうしても居心地の悪さが伴っている。

 それにしても、スイハさんはここで何をしているんだ?



(続く)

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