第8話 剣は何のためにあるのか

     ◆


 倒れこんだエリアは白目を剥いていて、呼吸もほとんど止まっている。

 無理矢理に活を入れると、意識を取り戻し、道場の隅に用意してある水の入った大きな瓶の方へよろよろと頼りなく進んでいく。

 彼女が水を盛大にこぼしながら飲みくだし、大きく呼吸するのを前に、僕は棒を構えて、ただ立っていた。

「面白いものを見せてあげよう」

 僕は反射的にそう言っていた。エリアがぼんやりとこちらを見ている。

 見せてあげる、と言った直後には後悔したけど、まぁ、一回くらいはいいだろう。

 棒を握りしめ、気を集中させる。

 軽く目をつむり、フゥっと息を吐く。

 気が高まり、弾ける。

 息を詰めて、気を放った。

 盛大な音を上げて僕が握っている棒が爆ぜた。

 さすがのエリアも目を丸くして、こちらを見ている。

「まぁ、こういうことができるのが、剣聖候補生、ってことかな」

 僕は半ばからちぎれ飛んでいる棒をどうするべきか、ちょっと迷って、壁際に置いた。新しい棒を手に取る。

「今のは、手品か何か、そういう、仕掛けのあるいたずらなの?」

 やっぱりエリアの理解を超えているようだ。

「剣術家には、気という表現を使う人が多いけど、これは魔術師たちが魔力と呼ぶものに似ているんだ。だから、極端に気の扱いに長けたり、強い気を持つ剣術家が、剣聖候補生になれる」

「やっぱり、剣聖っていうのは、魔術師に近いんだ!」

 勢いよくエリアが跳ね起き、こちらに駆け寄ってくる。

 キラキラした目が、まっすぐにこちらを見た。

「あなた、朱雀の剣聖の弟子なんでしょ? 何か、剣聖剣技を使って見せて! お願い!」

「剣聖剣技は見世物じゃないよ」

 と言っても、絶対に披露してはいけないわけではないんだけど。

 それ以前に、僕は朱雀様から技を教わったけど、朱雀様自身が本気で技を使うところは見ていない。

 剣聖はイーストエンド王国にただの四人しかいない。この数は増えることはない。

 前任者が何らかの理由で倒れた時に、次の剣聖が選ばれる。

 師でもある朱雀様もまた、前任者の後を継いだわけで、その時には大勢の候補生が去って行ったという。

 いずれは僕もそうなるかもしれなかったけど、こうして地方に飛ばされているのでは、競争からは脱落、ということで間違いないだろう。

 剣聖剣技も、披露する場面はないかもしれない。

 それこそ、手品程度にしか使い道がないかもしれなかった。

 そう思うと血の滲むような、というか、血反吐を吐くような努力がなんだったのか、悩みそうな自分もいるのだけど。

 剣はなんのためにあるのか。

 誰かを倒すためか。

 しかし今の平和な時代には、それは必要ない。

 この疑問と迷いは、いつの頃からか、心にあった。

 重すぎる苦悩と比べれば、剣聖剣技の使い道なんて、簡単なものだ。

「いいじゃないの、サク、少し、ほんの少しだけ」

 仕方ないなぁ、などと言いながら、僕はちょっとだけ、気を放った。

 その気が、剣聖剣技の最初の一歩である、意識変質、と呼ばれるちょっとした意識の集中のようなもので、ただの見えない存在から、目に見える存在に変わる。

 火炎を司る、朱雀の剣聖に連なる技。

 気が、火に変わる。

 エリアの周囲で何もないところから火花が舞い散り、消える。

「わぁ!」

 エリアが周囲を見る。

 微笑ましい様子に思わず口元が緩んでしまう。

 と、いきなり、地面が揺れ始めた。わわ、とエリアも声を上げている。

 地震か?

 震動はしばらく続き、自然と弱くなった。

「この辺りは地震がよくあるの?」

 イーストエンド王国では東部では地震が多いと聞くけど、南部はどうだっただろう。

「久しぶりかな。たまにあるけど」

 そんなエリアの答えがあり、彼女はすぐに剣聖剣技のことを思い出したようだ。

 色々と聞かれるけど、一度でも棒を僕に当てられたら、などとやり過ごすことになった。不服そうだけど、エリアはよりやる気を出したようだった。

 その日はそれから二度、エリアは気を失い、僕は無理矢理に回復させた。最後にはもう立ち上がれずに、道場に大の字になって苦しそうに呼吸していた。

 ただ、これももう二週間は続けている。絶息した後の苦しそうな様子も変化してきた。

 実は剣聖剣技を見せたのは、そこにも理由がある。

 エリアはこの二週間でびっくりするほどの速さで、桜花流の技を覚えつつある。

 剣聖剣技を使うには特殊な素質が必要だけど、剣聖剣技を見れば、それを発奮材料にして、より集中し、熱中できると思ったのだ。

 夕食を告げる下女がやってきて、やっぱり怯えた顔で道場の中を覗いている。中へ入ろうとしない。本当に怯えているらしい。

 ちょっと傷つくなぁ。

 エリアが返事をして起き上がろうとするのに、手を貸す。

「私も剣聖候補生になれるかしら」

 道場を出る時、エリアがそっとささやかな口調でそう言った。

「え? 剣聖になりたいの? 姉上は」

「それは、まぁ、剣士の憧れではあるし」

 剣聖だってそんなに楽じゃないよ、と言おうかと思った。

 朱雀様を間近で見ていて、剣聖というものが、ただ剣を極め、さらに高みを目指すだけではないことを、僕はよく知っていた。

 結局、国や組織、社会に対する必要があり、そんなものの中で立場を守り、自分を守ることに腐心せざるをえないのだ。

 剣聖も人だし、そもそも剣聖という位、称号は、人間が決めただけのことなのだ。

 朱雀様は何度かおっしゃっていたものだ。

 本当に剣が強いものが、剣聖になどなるものか。

 こうして王都を離れてみると、その言葉ははっきりとした意味を持ち始めていた。

「どうしたの?」

 エリアに声をかけられ、思考が現実に戻った。

「夢は大事だよ、姉上」

 他人事だと思って。エリアはそう言って、話を打ち切った。



(続く)

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